浦添市のサンエーマチナトシティ(旧マチナトショッピングセンター)が10月31日、40年間の営業を終えた。閉店時間の午後8時前には600人以上の人が訪れ、それぞれの思い出に浸りながら、愛着のある店舗の最後に寄り添った。
終業後も客から店や店員へ、店員から客への「ありがとう」の声がやまない中、沖縄で一つの時代をつくった商業施設がその明かりを消した。
 沖縄の人たちに愛され、親しまれたマチナト。感謝を込めて、閉店まで「最後の1日」をタイムライン形式でお伝えします。(又吉嘉例、滝口信之、大川藍)
午後8時17分 閉店後なお別れを惜しむ人たち
 閉店後、いったん外に出た人たちも敷地内に留まり、マチナトとの別れを惜しんでいます。「寂しいね」「いい店だったね」とつぶやく声があちこちで聞こえます。
 
 サンエーはコメントを発表。「1985年の開店以来、約40年間にわたり、地域の皆様に温かいご支援とご愛顧を賜り、心より感謝申し上げます。弊社にとってもマチナトシティは、多くの社員が育ち、歴史を共にした大切な店舗です。閉店となり、お客さまにはご不便をおかけいたしますが、何卒ご理解いただきますよう、よろしくお願い申し上げます」
 マチナトシティの入り口前には、午後8時半を過ぎても、スマホを手にたたずむ客がちらほら。店員の男性が何かを察したのか、「すいません、うちの店舗、シャッターはないんです」と声かけしていました。
午後8時 ついに閉店 40年の歴史に幕
 閉店時間を過ぎたマチナトシティでは店員が並び、「ありがとうございました」と、最後のお客を見送っています。それに応えるように、お客も「ありがとうございました」と店員に声をかけています。


午後7時50分 最後はテダコートで
 午後7時50分 閉店を目前に、國仲義広店長のあいさつが始まりました。テダコートは閉店を惜しむ人たちであふれています。
 
午後7時45分 閉店セレモニー始まる
 マチナトシティの閉店セレモニーが始まりました。恐らくこの瞬間、県内で最も人口密度が高い場所になりました。
 店内は閉店を待つ人でごったがえしています。テダコートには、店長のあいさつを見ようと人だかりができています。
 
午後7時40分 「心にぽっかり穴があく」
 金武良浩さん(64)は仕事後、マチナトの最後を一目見ようとうるま市から駆けつけました。長年近所に住み、よく利用したという金武さん。「久々に来てみると懐かしい。子ども達が育った場所がなくなるのは寂しい」と話しました。夏は涼みに来ることも多かったそう。マチナト閉店後も「住民の癒やしの場になれば」と願いました。

 高校生の頃、マクドナルドでアルバイトをしていた狩俣則仁さん(45)。「昔のマチナトはとてもにぎわっていた」と当時を振り返りました。高校野球の時期には1階中央の「テダコート」にテレビが置かれ、大勢の人がパブリックビューイングを楽しんでいたのが印象に残っているそう。マチナト閉店の知らせを聞いてとても驚いたといいます。閉店後は「しばらくは心にぽっかりと穴があくだろう」と寂しげに話しました。
午後7時 「その時」を待つ人たち
 午後7時過ぎ、マチナトシティ1階中央の「テダコート」。 吹き抜けを見下ろす2階部分を、市民がぐるりと取り囲んでいます。 みな、「その時」を待っているようです。

 
 午後7時過ぎ 2階のあそびパークでは、ひと足先に営業を終えた従業員たちが記念撮影。とても和やかな雰囲気だったので、記者も写真を撮らせてもらいました。あそびパークでの勤務は「楽しかった!」と口を揃えていました。
 午後7時過ぎ マチナトシティの和風亭店頭には「今までありがとうございました」のメッセージが掲げられました。
「またどこかの和風亭でお会いしましょう」

 

午後6時20分 タリーズコーヒーに行列
 タリーズコーヒーでは、午後6時半のラストオーダーを前に、店の前に行列ができていました。店員が列に並ぶ客へにこやかに声をかけ、メニュー表を手渡していました。
 
午後5時10分 食料品売り場にぎわう
 閉店まで3時間を切り、食料品売り場には多くの人が足を運び、値引きシールが貼られた生鮮食品などを買い求めていました。 
午後5時 何を買うわけでもないけれど
 名古屋出身の永吉眞弓さん(56)は、36年前に結婚で来沖した際、初めて訪れたスーパーがマチナトだったといいます。以来、マチナトで食料品を毎日のように購入し、娘5人を育ててきました。「私は下の子を抱っこして、牛乳と米は娘たちに持ってもらった」と当時を振り返ります。今では孫4人にも恵まれました。今日は「何を買うわけでもないけど、最後だからこの場に来たいと思った」。一緒に来た娘たちと「40年間ありがとう」の垂れ幕の前で記念撮影をし、笑顔で売り場に向かいました。
 近隣の港川小学校で野球チームのキャプテンを務める大城優和(ひろかず)さん(11)は、小学校の友達と3人で来店。「取材して~!」と笑顔で記者に駆け寄ってくれました。マチナトには、学童帰りに母親と毎日のように買い物に来たといいます。
思い出を聞くと、「カゴにこっそりお菓子を入れて、レジで母親に気づかれた」と照れくさそう。マチナトがなくなったらどこで買い物をするのか尋ねると、「(近くの)かねひでじゃない?でもマチナトがなくなるのは寂しい」と話してくれました。
午後4時50分 落ち着ける空間「大事な存在」
 1階の「タリーズコーヒー」前には行列ができていました。並んでいた浦添工業高校3年の上原優織さん(18)は半年ほど前から、月3回ほど、学校帰りにタリーズコーヒーに寄っているそうです。学校から歩いてくることができ、落ち着いてくつろいだり勉強したりできる空間で、「大事な存在」だったそうです。「お世話になったので、無くなるのは名残惜しい」と話しました。来週からは、新しい喫茶店を探すそうです。

 

午後4時半 マチナトのOB・OGも大集合
 1階の入口付近で記念撮影していたのは、マチナト勤務経験のあるOB・OGら。最終日だからと、声を掛け合って来店したといいます。1985年のマチナトオープン時に与那原から家族とタクシーに乗って訪れた50代女性は「噴水やシースルーエレベーターがあり、与那原にはないキラキラした都会感を感じた」。高校を卒業してすぐサンエーに入社し、マチナトでも勤務したそうです。
 「お客さんも家族みたいなアットホーム感があった。
愛されたからこそ、この地域で40年も残ったんじゃないかな」としみじみ語りました。元従業員の立場から「マチナトのようにお年寄りが安心してゆっくり買い物できる店が必要だ」との提言も寄せてくれました。
午後4時 思い出もかごいっぱいに詰めて
 精肉コーナーでは商品の値引きが始まり、来店客も増えてきました。米にも値引きシールが貼られています。浦添市宮城に住む上原彩貴さん(36)は8カ月の子どもと来店。肉やお菓子などの食品を買い物かごいっぱいに詰め込んでいました。
 幼少期は母や祖母と訪れ、マクドナルドに連れていってもらったそう。外が見えるシースルーエレベーターに乗ったのはマチナトが初めてだったといいます。「近くにもスーパーはあるけど、マチナトは銀行ATMがあるし、混んでいなくて買い物がしやすかった。小さな頃から来ていたから、なくなると寂しい」と振り返りました。
 
午後2時半 「親子二代でお世話になった場所」に別れ
 サンエーマチナトシティ2階にあるゲームセンター「あそびタウン」には、老若男女問わず多くの人が訪れていました。その中の一人、浦添市の兼島千莉さん(6)は、従業員の女性と話を終えると、名残惜しそうに「今までありがとう」と伝え、従業員の姿が見えなくなるまで手を振りながら、店を後にしました。

 千莉さんがこのゲームセンターに通うようになったのは2歳の頃から。夏の時期は熱中症にならないようにと、母の千夏さん(34)が連れてきたのがきっかけでした。千夏さんは「ゲームセンターでも従業員との距離が近くて、これがマチナトシティの良さだった」と振り返ります。
 閉店が発表されると、千莉さんはカレンダーに閉店日を書き込んだといいます。「いっぱい楽しかったので、さみしい。ここは次、何になるのかな」と話しました。
 千夏さんにとっても、サンエーマチナトシティは思い出の場所です。近くの高校に通っていたため、高校時代の集合場所といえばマチナトでした。「親子二代でお世話になった場所で、そういう場所がなくなるのは寂しい」と話し、「来年の夏は子どもをどこで遊ばせよう」と頭を悩ませています。

 

午後1時半 お気に入りのエレベーターで
 東京から帰省中の川満喜生さん(26)は、サンエーマチナトシティ店内にあるエレベーターのボタンを押しました。ボタンを押す時の「カチ」と鳴る音が、子どもの頃からのお気に入りだったそうです。
 「最後にお気に入りのエレベーターのボタンを押せてよかった」と笑顔。幼い頃は祖母に連れられてよく遊びに、服飾の専門学校生時代は2階の手芸店によく買い物に訪れたといいます。「いろいろな思い出が詰まった場所。なくなるのは残念」と閉店を惜しみました。
 一緒に来店していた母綾さん(58)にとっても思い出の場所でした。開業当初はバスに乗って友達と訪れ、宜野湾市に住む今も、買い物はわざわざマチナトシティに通っていたそうです。「当時では珍しい大型店で、活気があった。最後に思い出のある場所に来ることができてよかった」と話しました。
午後1時 宝くじ売り場で最後の運試し
 サンエーマチナトシティの出入り口前にある宝くじ売り場「チャンスセンター」には5、6人の列ができていました。
 きょう31日は、「始めたことが何倍にも膨らみ、お金を出すことや何事を始めるにも良い日」とされる「一粒万倍日(いちりゅうまんばいび)」で、多くの人が最後の運試しに挑戦していました。
 浦添市の女性(70)は、この売り場で過去に1万円を当てたこともあるそうです。「買い物ついでによく宝くじを買っていた場所。ここ(マチナトシティ)に来ればなんでも揃っていたので、非常に残念」と話しました。

 

午後0時半 別れを惜しみ記念撮影する人たちも
 サンエーマチナトシティで息子(6)の写真を撮っていた浦添市の親富祖みなみさん(29)は「この子が抱っこ紐の時から連れてきていた場所。立体駐車場があって雨の日といえばここだった。これから雨の日はどうしよう」と話しました。
 息子の晴大さんを連れてよく2階にある「あそびパーク」に来ていたという親富祖さん。「家の近くに雨の日でも遊ばせることができる場所があり、ありがたかった」と感謝していました。市内にあるパルコシティはなんでも物が揃うが、「子ども連れだと大きすぎて、気合を入れていかないといけない。その点、マチナトはちょっと買い物したい時にでも、立ち寄りやすい場所だったので、閉店は残念」と別れを惜しみます。

 

正午過ぎ 家族の思い出詰まった和風亭
 サンエーマチナトシティ2階の和風レストラン「和風亭」では、ランチを求める人たちで順番待ちができていました。那覇市から両親と訪れた男性(24)は、幼い頃から家族で和風亭をよく利用していたといい、「最後だから」とこの日も来店しました。今は周辺に同様のショッピングセンターができ、訪れる機会は減っていたそう。「昔よく訪れていた場所は、ふとした瞬間に来たくなる。その場所が一つなくなると、思い出が一つ減っちゃうな」と残念がっていました。

 

正午 周辺は渋滞でなかなかたどり着けず
 那覇からタクシーで国道58号を北上し、マチナトシティに向かっている記者。周辺は渋滞していて、なかなかたどり着けません。タクシー運転手の男性は「普段、この時間は混まないんだけどな」とこぼし「サンエー渋滞でしょ。最後だし」と話します。マチナトがオープンした当時は、那覇市から子どもを連れてよく買い物に来ていたという男性。「那覇にはジャスコもなく、当時はここが大きなショッピングセンターだった。今見ると、どこにでもあるショッピングセンターなのに、当時じゃ珍しかったよ」と閉店を惜しんでいます。
午前9時49分 途切れぬ車列、1階駐車場は満車に
 営業最終日とあって、開店後も途切れることなく車が入っています。すでに1階駐車場は満車です。
 
午前9時40分 20年通い詰めたタクシー運転手「明日は…」
 サンエーマチナトシティ前では個人タクシーが1台客待ちをしていました。運転手の男性(67)はこの20年、個人営業を始める前から毎日最初にここに来ています。2008年に「サンエー経塚シティ(浦添市)」が開業する前はタクシーが常時8台、乗り場後方の国道58号まで車列をつくっていたそう。「あの頃は経塚や首里までお客さんを運んでいたけど、経塚シティができてお客さんが減ったね」と振り返ります。明日からどこで客待ちするかを問うと「経塚シティ、かな」と笑いました。

 

午前9時37分 閉店セールで100円ショップは70%オフに
 サンエーマチナトシティ2階の100円ショップ「キャンドゥ」では、閉店セールで雑貨が全品70%オフに。棚はすでに空きが目立ちますが、女性客が多く訪れ、商品の品定めをしていました。

 

午前9時15分 元バイト「温かかったなあ」
 サンエーマチナトシティ1階中央の「テダコート」を撮影していたのは近隣に住む銘苅晴加さん(43)。20年前にマチナト内のパン屋で働いていたといいます。「マチナトは店の雰囲気が温かかった。バイトで出会った人とのつながりは今も続いている。マチナトは長く勤める人が多い気がする」と振り返りました。同世代の間でも、閉店を惜しむ声が多く上がっているそう。「(閉店する)夜に来られないので、朝一で来た」と別れを惜しみました。
午前9時 最終日の営業開始 40年の感謝伝えに来た客も
 午前9時、最終日の営業が始まりました。職員が入口に立ち、来店客を笑顔で迎えています。
 店内には「今日も一日、当店でのお買い物をごゆっくりお楽しみ下さい」のアナウンス。オープンと同時に入店した沖縄サントリーの男性社員は「40年間の感謝を伝えに行きます」と食料品コーナーへ。店内のあちこちに掲げられた「40年間ありがとうございました」の横断幕は、「マチナトシティ」ではなく、施設開業時の「マチナトショッピングセンター」の表記になっています。
 
午前8時45分 別れ惜しむ常連客が開店待ち
 営業最終日を迎えた浦添市のサンエーマチナトシティ。入り口前や駐車場の車内に15人ほどの客がいて、最後のオープンを待っています。41年前に大阪から沖縄に移住してきた70代の女性も40年来の常連。開業当時は毎日来ていたそう。「子どももまだ小さくて、国道58号の長い横断歩道を青信号のうちに渡れず、抱えて走った」と懐かしみました。同じくサンエーが運営する浦添西海岸パルコシティは「若い子たちのところ」と苦笑い。「ここはコンパクトで衣料品から寝具まで何でもそろって良かった」と惜しみました。
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