「働き方改革」の趣旨に逆行する。健康と命を守る取り組みを後退させることがあってはならない。

 高市早苗首相が打ち出した労働時間の規制緩和検討に、働く人や労働組合などから懸念の声が上がっている。
 首相就任直後の全閣僚への指示の中で、上野賢一郎厚生労働相に求めた。上野氏は会見で、働き方改革関連法(関連法)を巡る労働政策審議会で議論を進めるとした。
 背景には、7月の参院選で自民党が掲げた公約がある。人手不足に苦しむ中小企業など経営側の意向を受け党は「働きたい改革を推進する」と規制緩和の方針を示している。
 首相自身の意向も強いのではないか。総裁就任のあいさつで「ワークライフバランスを捨てる」と発言したことは記憶に新しい。
 だが、日本では、残業が自己申告制の職場は依然として多い。休日取得を言い出しにくい雰囲気も強く残っている。経営側の意向に沿った規制緩和は、再び長時間労働の横行を招きかねない。
 こうした労働環境を改善しようと2019年に施行されたのが関連法だ。残業時間の上限を初めて規定。
最大でも月100時間、年720時間以内とし罰則を導入した。
 残業時間の上限は「過労死ライン」にもなっている。24年度の過労死などに関する労災補償請求件数は4810件で過去最多を更新した。
 改革は道半ばであり、緩和されればさらに増加する危険がある。
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 緩和検討に際し首相は上野氏に「心身の健康維持と従業者の選択を前提」とするよう指示しているという。
 「裁量労働制」を念頭に置いているのではないか。
 関連法では高収入の一部専門職を労働時間の規制から外す「高度プロフェッショナル制度」が創設された。政府が裁量労働制の対象拡大を断念し、代わりに織り込まれた経緯がある。
 実際の労働時間にかかわらず、あらかじめ決めた賃金を支払うこれらの制度は、長時間労働の温床となっている。
 25年版の過労死白書によると、精神障害による労災保険給付の請求件数が10~24年度で3倍以上に増加した。特に医療現場で労災認定件数が大きく増えている。緩和検討の前に、現行の改革の功罪についての検証が求められよう。

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 厚労省の試算では「就業時間を増やしたい」人は就業者全体の6・4%にとどまり、そのうちの半分は年収200万円未満となっている。
 規制が緩和されれば、望まない長時間労働を強いられる労働者が増加しかねない。家事や育児の負担が女性に重い現状では、いま以上に女性が働きにくくなる可能性もある。
 日本の労働生産性が低いと言われる理由の一つに長時間労働がある。長時間労働を是正し生産性を向上させる改革こそが求められる。
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