内閣府は、沖縄戦の前年に米潜水艦の魚雷攻撃を受け撃沈された疎開船「対馬丸」の水中調査の結果を公表した。
1997年に初めて実施して以降28年ぶり。対馬丸記念会の要請を受け、昨年11月下旬から12月中旬にかけて行われた。
前回調査では沈没の正確な位置が判明した。今回もほぼ同地点となる鹿児島県悪石島沖の北西約10キロ地点で、水深870メートルの海底に確認された。
映像では左舷中央付近に魚雷のものとみられる穴が初めて見つかった。右舷はほぼ無傷だった。船首部分は大きく破損し、マストは船外に倒れていた。
調査では3Dモデルも作成された。左側に傾くように沈む対馬丸の全体像が確認できる。上部の構造物はほぼ崩落しているものの、船体自体はおおかた残っていることが分かる。
船体周辺に散らばる木片や金属片も収集された。
一方、遺骨は見つからなかった。遺品が限られる中で、船の近くにあった物を収集・展示できたことは調査の成果だ。観覧した人の中には、収集物を魂の乗り移った遺骨のように見ている人もいたという。
沈没から今年で82年になる。語り部がますます少なくなる中、過去を検証し、教訓を後世に語り継ぐためにもこれら「試料」の存在は大きい。
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対馬丸は1944年8月21日夕、疎開学童や一般の疎開者などを乗せて那覇港を出航した。翌22日夜、トカラ列島悪石島付近で魚雷攻撃を受け沈没した。
これにより乗船者1788人のうち1484人が犠牲に。犠牲者のうち15歳以下の子どもは1040人に上ったとされる。
ただしこれらは名前が判明しただけで、現在もなお不明な部分は残る。
当時、沖縄周辺の制海権は失われていた。
対馬丸以外にも戦時中、米軍に攻撃された戦時撃沈船舶は多い。そのほとんどで実態解明が進んでいない。
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悲劇はなぜ起き、どうすれば避けられたのか。米軍側の資料も最大限収集するなどして全容解明を進めてほしい。
昨年、政府は台湾有事などを想定し、宮古・八重山諸島の5市町村から住民、観光客合わせて12万人を避難させる計画をまとめ、公表した。
だが、ひとたび戦争が起きれば真っ先に子どもが犠牲になる。それが対馬丸の教訓だ。
二度と悲劇が繰り返されないよう、海底のその姿を現代への警鐘と受け止めたい。

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