俳優の西島秀俊が、全編ニューヨークロケ、セリフの90%以上が英語という新たな挑戦をしたことで話題の映画『ディア・ストレンジャー』(9月12日公開)の完成報告会見が、5日に行われた。会見には、西島とともに共演の台湾出身俳優グイ・ルンメイ、真利子哲也監督が登壇した。


 西島が本作で演じるのは、ニューヨークの大学で建築を研究する日本人助教授。震災の記憶や破滅願望から、最新建築よりも「廃墟」という存在にひかれている人物だ。作品内でも「廃墟」が重要なモチーフとして描かれており、それにちなんで会見の会場には、7月27日をもって閉館した東京・銀座の「丸の内TOEI」が選ばれた。スクリーンは外され、スピーカーがむき出しとなったステージには瓦礫が積まれ、廃墟を模した演出が施された。

 英語での演技について、西島は次のように語った。「研究者として評価されて招かれた役なので、必ずしもネイティブのように話す必要はありませんでした。それも、この作品に挑戦できた理由のひとつです。本当にルンメイさんが自然な感情を見せてくれたおかげで、思っていたよりも演技に集中することができました。最初のオンラインの本読みのときから、彼女の存在は大きな支えでした」と、夫婦役をともに演じたルンメイへの感謝を述べた。

 近年、海外作品への出演が続く西島だが、「今回はアート映画、インディペンデント映画ということで、撮影前は不安もありました。しかし現場に入ると、その不安はすぐに消えました。『映画を撮る』という共通の目的があり、手法も世界中でそれほど変わりません。
真利子監督の作品が好きで集まったスタッフやキャストは、同じ感性と方向性を持っていて、ストレスや衝突は一切ありませんでした。国境を越えて集まった人たちと過ごす時間が、想像以上に豊かで、分かり合えるものになると改めて実感しました」と、充実した表情。

 ルンメイも、英語での演技となったが、「監督とは、脚本の表現について多く話し合いました。日本語から翻訳された英語の台本だったため、一部のせりふの意味が曖昧で、監督にその意図を確認しながら演じました。日本語は非常に繊細なニュアンスを持ち、行間も重視される言語です。そのニュアンスを英語のせりふにうまく取り入れるように努めました」と振り返った。さらに、「英語での演技は本当に難しく、この場を借りて、英語の指導をしてくださった先生に心から感謝したいです。先生のおかげで、せりふを自然に話せるようになりました」と述べると、西島も深くうなずいていた。

 真利子監督は、物語をほぼ英語で展開した理由について、「思いやりがあるからこそ、すれ違ってしまう――そんな夫婦の姿を描きたかったんです。英語という共通語を使うことで、言いたいことは伝えているのに、どこかズレが生じる。その構造が、この物語にとってとても効果的だと感じました。今回はアメリカで暮らすアジア人夫婦を描いていますが、どの言語でも起こり得る関係性だと思います」と話した。


 本作は、西島演じる賢治とルンメイ演じる台湾系アメリカ人のジェーンの息子が突然、行方不明となり、夫婦が向き合わざるを得なくなるというストーリー。ジェーンは、人形演劇をライフワークとしており、「廃墟」と並んで「人形劇」も物語の重要な要素として登場する。

 会場には、西島よりも大きな劇中の人形も登場。真利子監督は「1年ほどアメリカに滞在していたとき、大人向けの大きな人形を使ったパペットショーにカルチャーショックを受けました。日本では小さなマリオネットの印象が強かったので。その身体表現の豊かさを、ルンメイさんなら生かせると思い、人形劇の要素を取り入れました」と説明していた。

 そんな真利子監督の作家性が光る本作について、西島は「過去にとらわれて前に進めない人、大切なものが周囲に理解されない人、やりたいことと現実のバランスに悩んでいる――そんな“今を懸命に生きている方”にこそ観ていただきたい映画です。登場人物たちの姿を通じて、観る方の心に何かが届くことを願っています」と呼び掛けていた。
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