自宅で大好きな蝶を育てている宮嶺の、小さな水槽をじっと見つめるその表情は、柔らかで、どこか無防備。
教室でのカットは、クラスで一人お弁当を食べている時、景(山田)の声が聞こえてきて思わず振り返る様子を切り取ったもの。内気な性格の宮嶺も、好きな人が話している内容はしっかり聞いている姿がほほ笑ましく、一瞬の反応からも、少し不器用な性格が伝わってくる。
景と向き合うカットは、「君は、僕のために人を殺したの?」という疑念と、「僕は君が好きだ。たとえ殺人犯だとしても。」という恋心が揺れ動く、複雑な感情が一瞬にして宿る、息をのむような目力が印象的なカットとなっている。どこまでも純粋な宮嶺の性格を象徴するような瞬間が多く切り取られ、視線だけで感情が伝わる長尾の繊細な演技に注目だ。
長尾は、今年だけでも『室町無頼』への出演や『おいしくて泣くとき』での劇場用映画初主演、9月公開『俺ではない炎上』など話題作への出演が続き、年間を通してスクリーンで大躍進。W主演の山田とも共演した映画『HOMESTAY』(2021年)では、初主演で難役に挑み、みずみずしい透明感のある演技で高く評価された。2度目の共演となる本作でも宮嶺と景という正反対なキャラクターだが、長尾と山田が演じることによって息の合った引き込まれる演技を披露している。
そんな2人に対して本作のプロデューサー陣は「長尾さんの持つ“翳(かげ)り"にはリアリティがある。本作は良い意味で“痛みを伴う物語”になったらいいなと思っていたので、その表現に説得力がある2人だった」とキャスティングを振り返っている。
今作の監督を務めた廣木隆一監督は「2人は良いバランスだった」と振り返り、長尾については「自転車に乗っている時の彼の漕ぎ方が一生懸命で、その一生懸命さが純愛映画としては必要だった」とピュアなラブストーリーに抜群の演技を披露した長尾を絶賛している。
セリフではなく“沈黙”や“視線”で感情を表現するという、これまで以上に映画的な表現力を求められる役に挑戦した長尾の演技は観る者の心に残るはず。“信じることの怖さ”と“好きという心の痛み”を、眼差し一つで観客に伝えていく役者として確かな進化を遂げた演技に注目だ。