オソロシドコロ。そう呼ばれる禁足地が、国境の島・長崎県の対馬にある。

 日本には、各地に足を踏み入れてはならない禁足地が存在する。多くの場合、「畏れ多い聖域」として脈々と地域で語り継がれ、厳格に守られてきた掟(おきて)と言える。

 対馬最南部の豆酘(つつ)と浅藻(あざも)という地区に、太陽信仰とされる対馬独自の天道信仰が存在する。約1300年前に、太陽を父に持つ天道法師が豆酘で生まれ、神様として崇敬されてきた。不思議な神通力でさまざまな奇跡を起こしたと伝わる。両地区にまたがる霊峰・龍良山(たてらやま)が聖地だ。

 龍良山の南北の麓に「八丁角(はっちょうかく)」があり、南側は天道法師の墓所、北側は法師の母の墓所とされる。そして、多久頭魂(たくずたま)神社の境内にある「イラヌツボ(不入坪)」と合わせて、オソロシドコロと呼ばれている。いずれも、龍良山へ入るべからずといった結界を示す「磐境(いわさか)」だという。

 私は、対馬観光物産協会の西護(にし・まもる)さんに案内をしていただき、八丁角へ行ってみることにした。「もともと龍良山全体が畏れ多いオソロシドコロと考えられてきました。だから、近隣の山々は植林が多く、木の高さも葉の色も均一ですが、龍良山は今も原始の自然が残っています」と山々を指差しながら教えてくれた。

 浅藻川の奥、木漏れ日が差し込む森の中へ足を踏み入れる。西さんから事前に、「オソロシドコロには石積みの塔があり、もし見てしまったら、靴を頭に乗せながら、インノコ(犬の子)インノコと言って、塔が見えなくなるまで後ずさりしなくてはなりません。自分は人間ではないと伝え、〝見なかったことにする〟おまじないです」と教えられた。

 気持ちがキュッと引き締まる。道なき道を進み、やがて正面に石の塔を見た時、その存在感に畏れを抱いた。頭を下げ、手を合わせ、「インノコ、インノコ」と後ずさり。とても、その奥へと足を踏み入れたいとは思えなかった。これが、「恐れ」ではなく「畏れ」というもの。こうして畏怖の心が脈々と自然を守ってきたのだろう。

 豆酘には、日本でほぼ消滅してしまった亀卜(きぼく)神事(亀の甲羅を焼いて吉凶を占う)や赤米神事(古代米の赤米を使った神事)も存続している。しかし、人口減や高齢化によってその存続が危ぶまれている。

 信仰や神事は、人が神や自然を畏れ、崇敬してきた証しだ。

むやみに観光資源にしてはならないが、どのように古代の伝統を残していくのか。地域を超え、日本人として向き合っていきたい課題だと感じる。

【KyodoWeekly(株式会社共同通信社発行)No. 24からの転載】


KOBAYASHI Nozomi 1982年生まれ。出版社を退社し2011年末から世界放浪の旅を始め、14年作家デビュー。香川県の離島「広島」で住民たちと「島プロジェクト」を立ち上げ、古民家を再生しゲストハウスをつくるなど、島の活性化にも取り組む。19年日本旅客船協会の船旅アンバサダー、22年島の宝観光連盟の島旅アンバサダー、本州四国連絡高速道路会社主催のせとうちアンバサダー。新刊「もっと!週末海外」(ワニブックス)など著書多数。

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