6月27日に行われた共同通信社きさらぎ会の大阪例会で、大阪公立大学大学院工学研究科教授の倉方俊輔氏が「建築から見た大阪・関西万博」と題して講演した。「人間について考えるのが、今回の万博」と語り、人を主役に「見たことのない光景」をつくり出す大屋根リング、規制を打ち破る建築家らの新たな挑戦などを解説した。

(以下は講演の要約)

 私は1971年生まれで、70年の大阪万博時は体験していないが、見てきたかのように比較し、2025年の大阪・関西万博がいかに違うのかを話したい。今回の万博の具体的な建築物を通し、それが現代社会や思想をどう映し出しているのかを見ていく。

 会場デザインプロデューサーである藤本壮介さんが設計した大屋根リングは、開幕前にも見学していた。建築は言葉で伝わりづらく、デジタル技術が進歩するほど、実際に行くことで魅力が強まる。大屋根リングも「見たことのない光景」という力で、必ず多くの人が訪れ、(開幕前からの)観念的な批判は立ち消えると思っていたが、その通りだ。

 リングは1周約2キロで、CLT(Cross Laminated Timber)という集成材を使っている。CLTは性質が安定しており、世界的に木造建築復興の動きをけん引しているが、ドイツや米国で(活用が)進み、日本は遅れている。藤本さんは、日本がもともと木造建築の文化を持っていたことを踏まえ、世界最大の木造建築物を作ることで国内の雰囲気を変えたいと、大屋根リングを建設した。

▽日本の伝統から世界一を

 「清水の舞台の懸造(かけづくり)」と言われているが、建築基準法に適合させるため、木を組み合わせる部分に金属が使われている。日本の伝統技術が優れているからできたのでなく、世界の技術で作られたのだが、根本には日本の伝統で世界一のものを生み出せるという考えがある。競うのではなく、西洋とは異なる木の文化、新しい使い方があり得るということだ。

 そして、リングは建築なのかと問われるが、やはり建築だ。

建築とは、自然の変化や中にいる人間に反応して状態を変えたりするもので、光や雨によっても印象が変わる。「人を動かす」ことが建築の力であり、リングにも皆が登る。人には、直感的に楽しそうな場所へ心が引かれ、体が動くという習性がある。

 日本では1970年の大阪万博が基準になっており、その後の日本人が国内志向になって海外の万博を見ていないため、頭の中が55年前で止まっている状態ではないか。異なる形のパビリオンがあって、技術を競い合い、大勢の人が来て、大きな通路があって日陰もないような場所で必死にパビリオンを回る、というイメージだ。

 しかし、今回の万博はそんな要素が全くない。会場の大きさは、前回のドバイ万博の約3分の1。リングの内側には、さまざまな国のパビリオンが並び、約600メートル離れたリングの向こう側の人影も見える。人が思い思いに散策したり、さまざまなことをしたりするのを見る、つまり人間が人間を見ることができる。

 象徴的なのは、開幕初日の「1万人の第九」。指揮者がいて音楽が聞こえてくる時、建築は消え、あるいは支えている。舞台(リング)の上で歌う人がなぜ際立っていたかというと、背後に空しかなかったから。

明らかに、構造物(リング)が人間が主役に見える状態を創り出していた。

 1970年の万博は「技術」、2005年の愛知万博は「環境」がテーマだった。今回の万博では、「環境」は大前提で、作られたものがどこから来て、どこに行くのかを考えるのが、常識の一つ。

 パビリオンの形もさまざまだが、環境は文化に紐づいているというのが、今の世界の認識だからだ。数値で測れる二酸化炭素(CO2)排出量だけでなく、ある国が竹や木、鉄などを材料に使うのは、文化と結びついているため。それぞれの国の伝統により、環境への対応も何が正解とは必ずしも言えず、多様な回答がパビリオンで示されている。

▽AI時代に、人間について考える

 「いのち輝く未来社会のデザイン」というテーマが意味するところは、人工心臓があったり、長寿社会になったりということでなく、(中心は)「いのちって何だろう」ということではないか。人工知能(AI)が一般化した最初の万博でもあり、「人間とAIは何が違うのか」「人間は誤りを犯すが、なぜ存在するのか」など、人間について考えるのが今回の万博ではないか。

 多くのパビリオンを設計した建築家といえば、1970年の万博では黒川紀章さん(3パビリオン)、今回は隈研吾さん(4パビリオン)だ。

 隈さんのマレーシアパビリオンは竹を材料に使い、マレーシアの伝統的な織物をイメージした、人にまとわりつくような、柔らかい建築物だ。

 大航海時代に世界の覇者となったポルトガルのパビリオンも隈さんが手がけた。船のロープを上からわざとだらりと垂らしているので、子供が面白がって登ろうとする。

警備員が注意していたが、先日、短く切られた。ふつうの建築家はこういう部分を最初からきれいに切るが、そうすると人は近寄らなくなる。物のように垂れているから、子どもや人間が、まとわりつく(魅力が生まれる)。AIにはできないことだ。

 小山薫堂さんがプロデュースしたシグネチャーパビリオンの「アースマート」も隈さん。全国5カ所から茅を集め、ブロック状に積み上げた。横から見ると、プレハブの小屋に斜めに鉄骨をかけて乗せているのが丸わかりだ。ふつうはこんな「種明かし」を隠そうとするが、隈さんは建築家やデザイナーがこだわりがちな細部を社会の人が本当に求めているのだろうかと疑い、建築を行っている。

▽想像力で「突き破る」

 伊東豊雄さんが手掛けたEXPOホール・シャインハットは、70年万博の「太陽の塔」のオマージュだ。当時、丹下健三さんが設計したお祭り広場の中をぶち破るように岡本太郎さんが太陽の塔を作ったが、制限や規制を打ち破るエネルギーがあった。

 今回の万博で、各国のパビリオンが一堂に会している光景が見えるのは、各パビリオンに大屋根リングの高さを超えないよう規制がかけられているから。ガンダムも規則を守るため、膝をついている。

(上部の金色のリングを見上げると、下部が反射し、建物がリングより高く上に伸びているように映っている)シャインハットは、藤本壮介さんの頭の中の「規制」を打ち破っているようにも見える。物理的な高さではなく、建物を見る人の想像力で、「(リングを)突き破っている」ように感じさせているのだ。

 従来、「想像力」は建築家の領域でなかった。しかし、どんな独裁者も、人間の想像力や頭の中で考えることは規制できない。伊東さんは84歳だが、変わっていない。こういう建築家たちがいるからこそ、後の世代も脈々と続いていく。

 また、1970年の万博は男性の建築家しかいなかったが、不思議に思う人はいなかっただろう。今回の万博も、日本国籍の建築家しか設計していないので、後世には「閉じた万博」だったと思われるかもしれないが、少なくとも、女性建築家は参加している。

 永山祐子さんが担当したウーマンズパビリオンは、ドバイ万博で日本館を構成していたパーツを再利用した。従来の堂々とした柱張りの建築ではなく、しなやかで、足元は水の中や緑の中から建っている。通常の柱だと、暴力的で水や緑とは合わないが、細い部材が組み合わさり、風などをうまく流している。

 「SDGs」というと(厳しめの)義務のようだが、今回の万博では、リユースだからこそ面白いデザインになったり、全く新しい手法ができたりすることが示されている。

ウーマンズパビリオンは、2027年に横浜で行われる国際園芸博覧会で、もう一度組み替えて使われる。こうしたリユースは、170年余りの万博の歴史でも初めてのことだ。

▽批判だけでは成長も進歩もない

 若手の建築家集団が作ったトイレも、開幕当初は使い方が分からず、列ができたが、最近は使い方が浸透した。なぜ混雑したかというと、入口と出口が違うから。最初の扉から入った人が出てこず、裏側に出口がある。使用した人が出ると扉のランプが消え、次の人が入る。トイレを済ませた人だけが、自然を再生した癒やしの空間で手を洗い、気持ちよく外に出る仕組みだ。

 「それで間違った人がいたらどうするんだ」「倒れたらどうするんだ」など、いくらでも文句が言えるが、批判や文句だけだと成長も進歩もない。

 今回の万博では(そんな場での挑戦を)若手建築家にやらせている。彼らは公共的なものを作った時の反応を身をもって学び、次の建築物をつくっていくだろう。

 ネットで炎上した「残念石」のトイレについても話しておく。大阪城築城のために切り出されたものの、役に立てられず瀬戸内海に残された石を、「使われなくて残念だから残念石」と石垣の研究者が名付けた。

それを万博会場のトイレの部材に使っている。残念石の上にある屋根は、石の形をレーザースキャンした上で、伝統技術を使い、人間では不可能な精度で石に密着、安定させることができた。技術が進歩したからこそ、今まで使えなかった自然の素材が使えるようになった。「今」であり「未来」だといえる例だ。

 今回の万博には、分かりやすい未来ではないけれども、確実に万博会場でしかできないチャレンジや体験があり、これが万博の意義だ。それこそが、世界の今のありようの反映だと思う。

倉方俊輔(くらかた・しゅんすけ)

1971年、東京都生まれ。早稲田大学理工学部建築学科卒、同大学院修了、博士(工学)。2023年、大阪公立大学大学院工学研究科教授。日本最大級の建築イベント「東京建築祭」の実行委員長、「イケフェス大阪」「京都モダン建築祭」の実行委員などを務め、著書に『京都 近現代建築ものがたり』(平凡社新書)、『神戸・大阪・京都レトロ建築さんぽ』(エクスナレッジ)、『伊東忠太建築資料集』(ゆまに書房)ほか。日本建築学会賞(業績)、日本建築学会教育賞(教育貢献)、グッドデザイン賞グッド・デザインベスト100など受賞。

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