北朝鮮の朝鮮中央テレビで4月16日から6月24日まで22回にわたり放送された連続ドラマ「白鶴平野の新春」が爆発的な人気で、話題になっている。北朝鮮のこれまでのドラマは、当局のプロパガンダや住民啓蒙(けいもう)のような内容だったが、このドラマは農村生活の細部や、住民間の葛藤(かっとう)、ラブストーリー、党の活動家の腐敗や官僚主義など北朝鮮の現実を描き、共感を呼んだ。

 携帯電話にもこのドラマが提供されると、昼休みや移動中のバスなどで人々がドラマに釘(くぎ)付けになっている。在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)の機関紙「朝鮮新報」の平壌駐在、金淑美記者は「休日に訪れた公衆浴場でも、岩盤浴にスマホを持ち込み、このドラマを視聴する人がいるほどの熱狂ぶりだ」と報じた。

 北朝鮮の穀倉地帯である黄海南道信川郡の「白鶴」という架空の農村を舞台にしたドラマで、道内で最も立ち遅れた農場に派遣された里党書記がさまざまな困難を乗り越えながら穀物生産計画を成し遂げていくストーリーだ。「里」は北朝鮮の行政単位で「郡」の下にある最末端だ。「里党書記」は党組織では末端だが、里では最高責任者だ。

 ドラマの最初に、農村家庭で男性がエプロンを着けて食事の準備をする光景が何げなく描かれる。男尊女卑の強い北朝鮮のこれまでのドラマではこんな光景は出てこなかった。

 農村に赴任した主人公の里党書記は住民から家族も連れて来ないで誰が党書記を信じるかとなじられる。党書記は妻に農村へ一緒に行ってくれと頼む。妻は同意するが受験前の息子を連れて行くことには大反対する。都市と農村の学力格差が大きく、農村の学校に行くと受験に失敗するからだ。農村の校長から優秀な教員は農村には来ないと言われ、農村問題は教育の問題でもあることを知る。

 里党書記は住民に、農業がうまくいかないのは農業の仕事も知らない幹部のためだと批判される。耕作地を個人や集団に割り当て、その生産に責任を持たせる圃田担当制を実施する時、生産目標以上の生産があれば農民のものになると言いながら、秋になれば、なんだかんだと言って農民の取り分は残らない。そんな農民をだますようなことをしていては農業がうまくいくはずはないと党幹部を批判する。こんな批判が北朝鮮のテレビドラマに登場するのも異例だ。

 このドラマ製作チームは信川郡の白石農場に行き、実際に農作業などをしながら、素材を探していったという。

 また主人公の里党書記役をはじめ新人俳優を多数起用しながら、ベテランの人民俳優、リュ・グムヒなどを配し、新鮮さと重厚さをうまく醸し出した。

 しかし、筆者は、現実の農村でこんなに多くの住民が携帯電話を使っているのか、農村の食糧事情がこんなに良いのかなどの疑問も抱いた。ドラマとしては面白いが、結局は当局の政策遂行をサポートする内容になっているとも感じた。

 北朝鮮では金正恩党総書記が2021年12月の党中央委員会第8期第4回総会で「農村革命綱領」とされる演説を行ってから「農村革命」と呼ばれる農村の改革が進行している。

 党機関紙「労働新聞」は5月26日付で「『白鶴里党書記』の姿に自分を照らしてみて」という記事を掲載した。各地の農村の党書記がこのドラマを見て、どう考えたかをまとめた記事だ。こういう記事を見れば、このドラマは、金正恩党総書記の政策を忠実に実行したともいえる。

 党や国家の規制が強い北朝鮮の映画やドラマが、どう変化、発展していくか注目したい。

【KyodoWeekly(株式会社共同通信社発行)No. 32からの転載】

平井久志(ひらい・ひさし) 共同通信客員論説委員。2002年、瀋陽事件報道で新聞協会賞、朝鮮問題報道でボーン・上田賞を受賞。著書に「ソウル打令 反日と嫌韓の谷間で」(徳間文庫)、「北朝鮮の指導体制と後継 金正日から金正恩へ」(岩波現代文庫)など。

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