今年で上演45周年を迎える、ミュージカル『ピーター・パン』を見た。子どもの頃に見たそれとは印象は全く違った。
でも、印象の違いとは、その演出進化ではなく、私の内容の受け取り方の違いだった。子どもの頃の私が感じたピーター・パンは、ハツラツとして英雄のような存在。それが、ちょっとイラッとする男にしか見えなくなっていたのだ。こういう男居るよねーという具合。
ウェンディが、ピーター・パンへの淡い恋心を告白するシーン。ピーター・パンは〝どピュア〟を発動し、お母さんになってくれる以外の女性はいらないみたいなことを言う。それをウェンディは快諾して、ネバーランドの子どもたちのお母さんになる。他人に尽くすことを喜びとするような行動。私にはできないよという尊敬の気持ちと、それ以上にそれで良いのかウェンディ、と止めたい気持ちがムクムクと大きくなり心の中で彼女に問いかける。
そして、そんなみんなから必要とされるウェンディに、めちゃくちゃヤキモチを焼くティンカーベル。
えーっと、シンプルに地獄絵図じゃん。
そして話の終盤、ネバーランドから戻り大人になる決意をしたウェンディや子どもたち。ラストシーン、ウェンディは結婚をして子どもを産んで育てていた。そこへ、まだ子どものままのピーター・パンがやってくる。一緒にネバーランドに行こうと言うが、私は大人になったから行けないと伝え顔を見せるシーン。舞台が暗くなり、それを見たピーター・パンは、本当だとストレートに感情を出す。
私はてっきり、大人になったみんなとの違いに、何かを感じるような教訓めいたシーンになると想像していたけれど、全く違った。
君は老けたんだから来ないでというような拒絶をし、ウェンディの娘を連れてネバーランドへ飛んでいく。なんか、素敵(すてき)なラスト感出してるけど、いやいやいや、ピーター・パンかなり感じ悪めだよと、ツッコミを入れてた。「こういう男は本当に無理だ、気をつけないと」と強く思った。
でもこんな斜めの見方しかできない私が、一番の汚れた大人になってしまったのかな。
【KyodoWeekly(株式会社共同通信社発行)No. 32からの転載】
蝶花楼桃花(ちょうかろう・ももか) 東京都出身。