厚生労働省がまとめた「ハローワークを通じた障害者の職業紹介状況」によると、2024年度の障害者の就職件数は11万5609件と過去最高となった。少子高齢化を背景にした人手不足や障害者の雇用を事業者に義務付ける「法定雇用率の引き上げ」などが影響しているとみられている。
民間企業雇用の障害者は67万7千人(24年6月1日時点、厚労省)。21年連続で増えているが、障害者の法定雇用率を達成する企業の割合は46%と半数以下にとどまっており、障害に関係なく希望や能力に応じて誰もが職業を通じて社会参加できる「共生社会」の実現にはまだ遠く、企業側のさらなる取り組みが求められている。
この共生社会実現に向けた試みの一つとして人工知能(AI)や仮想空間(VR)などの最新技術を活用した障害者就労支援の動きが近年出始めている。AIやVRの特性を生かして障害者の就労を促進しようとする取り組みだ。
■AIの積極活用
障害者の就労支援事業を展開する綜合キャリアトラスト(東京都港区)では、生成AIの力を借りてグループ企業の営業文書(営業提案資料など)を作成する人材に障害者を育成する事業を始めた。
最初から専門的知識がなくても扱えるAI技術や、プログラミング知識がなくてもアプリなどが開発できる「ノーコード」の仕組みを利用して、営業資料を作成する実務能力を身に付けてもらう。最終的には高度な業務内容にも対応できる「AI活用アプリ開発エンジニア」に育成する狙いがあるという。
綜合キャリアトラストが東京都豊島区で今年6月11日開いた、この育成事業を関係者に説明する催しには、障害者2人と障害者支援機関のスタッフ1人が参加し、AIで文書を作成する手順など身に付けるべき業務の内容を聞いた。研修用の動画教材の内容も紹介され、画面に登場するアニメのバーチャル社員の指示に従い順を追ってソフトウェアの操作方法などを分かりやすく学ぶポイントも示された。
すでに研修期間を終え、生成AIを使い営業資料文書を作成している別の精神障害者の男性は「同じ職場で働ける仲間が増えてくれるとうれしい」と話した。
■モデル事業にVR導入
東京都が2023年度から始めた都立高校の数校をモデル校に発達障害のある生徒などを対象にした「就労支援モデル事業」では、25年度からインターシップなどのVR体験プログラムを提供。発達障害のある生徒などコミュニケーションに課題がある生徒に将来の就労定着、社会参加に必要となるコミュニケーション能力などのスキルを身に付けてもらおうと初めてVRを導入した。
このVRを開発した大塚製薬(東京都千代田区)によると、同社が開発した「相手の感情を読み取るスキルを学ぶ感情認知トレーニング」のVRは、発達障害のある生徒を支援する徳島県立みなと高等学園(徳島県小松島市)で活用された例があるという。
モデル事業で利用されているVRは、コミュニケーションがうまく取れない人向けのトレーニングコンテンツとして大塚製薬が開発したもので、70を超えるさまざまな生活場面で生ずるコミュニケーション上の課題を克服する工夫が学べる内容。例えば「仲間との会話に参加する」「相手から頼まれたことを断る」「上司に相談する」などの具体的シーンが用意されているという。
VR活用のメリットについて大塚製薬の担当者は「発達障害の方は過去にコミュニケーションの失敗を経験していることがある。VRでは失敗しても、別人格であるVRキャラクターの失敗になるので、ダメージを受けることなくコミュニケーションの課題が何であったかを事後に第三者的な視点から考えることができる。またVRは体験しながらスキルを覚える過程を繰り返せるので、理解が進みやすいという特長もある」と説明する。
都のモデル事業を所管する都教育委員会は「生徒に興味を持ってもらう工夫の一つとしてVRを導入した」と話している。