■内見だけでは見抜けない「隣人ガチャ」
新しい賃貸物件に引越しをしたものの「思っていたのと違う」と困った経験はないだろうか。契約前に内見をするのが一般的だが、短い時間で住み心地を完全に知ることは難しい。そのため、暮らし始めてから思わぬギャップに気づくことも少なくない。しかも多くの賃貸契約には短期解約の違約金が設けられており、不満を抱えながらも住み続ける人は多い。
最近では、隣人の当たり外れをカプセルトイに例えた「隣人ガチャ」なる言葉まで登場している。生活音や騒音であれば、管理会社に掛け合う方法もあるが、直接注意すると無用なトラブルを生みかねない。良好な関係を築ける隣人であるかどうかは穏やかな生活を送るにあたり不可欠な要素の一つだ。
■隣人の騒音に悩む女性を救った「お守り」
愛知県在住の会社員・松葉さん(20代女性)は、暮らしていた物件で隣室の話し声に悩まされ、入居して間もなく解約、違約金を支払った苦い経験がある。学生の多いエリアだったため、夕方から夜にかけて友人を招いた飲み会などの声が響き渡り、リモートワークで在宅時間の長い松葉さんには大きな負担となった。ノイズキャンセリングイヤホンで対処を試みたものの、期待する効果は得られなかった。
次の転居先選びでは角部屋を第一候補とし、間取りもリビング同士が隣接し生活音が伝わりやすい物件は避けるなど、細かくチェックした。とはいえ、本当に暮らしやすいかどうかは住んでみないとわからない。
松葉さんの悪い予感は的中した。できる手立ては尽くしたものの、再び隣室の騒音に悩まされることになった。ひどい時には午前4時ごろまで音が漏れ伝わり、睡眠にも支障をきたすようになった。
また引越すとなると、払った初期費用が無駄になる――。普通の人であれば引越しに二の足を踏む状況だが、松葉さんにはもしもの時の「お守り」があった。
■20万円が補填された「CHINTAI安心パック」
以前の引越しで一度失敗を経験していた松葉さんは、今回の物件探しで、不動産サイトに載っていたとあるサービスを見つけていた。「CHINTAI安心パック」と名付けられたこのサービスは、たとえどのような理由であっても、引越し後3カ月以内に再び引越しをした場合、一定の金額を補助するというものだった。松葉さんは、20万円が補助される1万1000円のプランに加入した。
20万円が無事に支払われると知った松葉さんは、連続した引越しにもかかわらず転居費用を心配せずに次の住まい探しができたのだという。「もし加入していなければ、お金のことが気になって我慢して住み続けていたと思います。補助金があるとわかったからこそ、早めに決断できました」と振り返る。
さらに松葉さんは、「特に女性は、防犯の観点からも安心パックは有益」と語る。
「隣にどんな人が住んでいるかは、実際に暮らしてみないとわかりません。不安を抱えながら生活するのはつらいですよね。いざとなれば別の部屋に移れる選択肢があるのは安心です」
■「引越しで後悔」を救うアフターサービス
松葉さんが加入した「安心パック」を提供する株式会社CHINTAIの中山大之さんは「入居後に物件や環境に不満を抱えている人は意外と多い」とサービス開始の理由を語る。
CHINTAIの調査によると、入居者の約7割が引越しに「何らかの後悔がある」と回答したという。
「部屋を紹介したら終わり、契約したらサヨナラの状況は何か違うと思っていました。入居後のアフターケアの必要性を感じていました」(中山さん)
前身となるサービスでは「転勤・療養・介護」の理由に限っていたが、「補償が限定的すぎる」という声が多く、改善の必要性に迫られていた。そこで、理由の条項を取っ払ってどんな理由であっても適用可能にし、プランも20万円を補填するプラン(加入金:1万1000円)と30万円のプラン(同3万800円)の2つにした。すると、サービスの本格開始から3カ月で500件以上の申し込みがあった。
「近年は『何を不満に思うか』が多様化しています。私の経験でも、部屋にゴキブリが1匹出ただけで引っ越した人を知っています。他の人が『そんなことで』と思うことでも、深刻に捉える人はいるのです」
■内見もできなかった男性がはまった「落とし穴」
実際にCHINTAI安心パックを利用した人をもう一人紹介しよう。
東京都内に住む会社員の中根さん(30代男性)は、建物の老朽化を理由に神奈川県相模原市のシェアハウスからの退去を求められていた。告知から退去まで時間があったものの、居心地の良さや仕事の忙しさで部屋探しをつい先延ばしにしてしまい、気づけば退去日が目前に迫っていた。
急いで不動産サイトで探し始めたが、時期は3月。新生活を控えた人たちの部屋探しが集中していたため、希望条件に合う物件を見つけるのは困難だった。
何とか希望としていた駅近の物件を探し出したが、入居者が居住中だったため内見ができず、やむなく「部屋を見ないまま」契約した。
友人に手伝ってもらい引越しができたのもつかの間、中根さんは入居後すぐに違和感を抱いた。新しい部屋は約20平米で、16平米だった前の部屋よりも数値上は部屋が広いはずが、どうも荷物の納まりが悪いのだ。
■部屋は広いが収納がほとんどない物件だった
それもそのはず、新しい部屋は収納がほとんどなかったのだ。多趣味で物を捨てられない性分の中根さんは、大谷翔平の直筆サインボールなどのコレクションを飾るスペースがどうしても必要だった。床に物を置かざるをえず、積み上がった段ボールが生活動線を悪化させた。部屋の収納不足に対して中根さんは強いストレスを感じ、引越し当日に転居を決意した。
その時に思い出したのが、不動産仲介の店頭で見た「安心パック」のポップだった。
引越しにかかった費用は1回目が25万円、2回目が約40万円だったが、安心パックで30万円の補助を受けられたため、結果として2回目の自己負担を10万円前後に抑えられた。
「安心パックがなければ、違約金や引越し代を考えて転居を諦めていたかもしれません。負担が軽くなったことで、迷わず行動できました」と中根さんは振り返った。
■「入居ハードルが下がる」物件オーナーにもメリット
筆者は過去に木造3階建て物件のオーナーをしたことがある。その立場から見ると、安心パックは部屋を探す借主だけでなく、貸す側にとっても空室リスクの軽減に役立つと感じる。内見をしても「住んでみないとわからない」ことはある。
実際に筆者の物件でも、入居後1カ月程度で騒音を理由に退去した入居者がいた。隣室住民のマナーが特段悪いことはなかったが、1フロアに3部屋あるうちの真ん中の部屋だったことから、両隣から生活音が聞こえる環境に不快感を抱いたのではないかと思っている。このような場面で、転居費用や違約金の一部を補填してくれるサービスがあると、賃借人が我慢をして住む必要がないので、無用なトラブルを回避できるはずだ。
また、いざとなれば解約して転居しやすい安心感があると、入居そのもののハードルが下がる。オーナーからすると、空室リスクの軽減になるのではないか。
一方で、手放しに喜べない面もある。まず、入居後すぐの退去が増えるリスクだ。入居者の募集には手間と費用がかかるため、入居後3カ月以内で出ていかれると収益が不安定になる。加えて、退去が頻繁になるとクリーニングなどの原状回復の頻度も上がり、募集時の広告費を含めるとオーナーの持ち出しが増える懸念がある。
ただ、安心パックの補償額を見ると、転居に伴う費用の一部はユーザーが自己負担する設計にも感じる。そのため、どうしても我慢できないときの備えとしての位置付けであり、オーナー側にとっての「入居してすぐ退去」が頻発するリスクは抑えられているように思う。
■可能なら「昼夜2回以上の内見」を
CHINTAI安心パックは、入居後に「思っていたのと違った」と感じたときの心強い味方だ。経済的な補填があることで、住み替えを現実的な選択肢にしてくれる。ただし理想は、そもそも利用せずに済むこと。補填があっても、不快な思いや転居の手間を完全に避けられるわけではないからだ。
だからこそ、契約前の内見を丁寧に行うことが欠かせない。
■ゴミ捨て場は「住民の質」を知る貴重なポイント
たとえば、便利だと思って選んだコンビニ近くの物件が夜には若者のたまり場になっていた、大通りから離れて静かに見えた住宅街が、街灯の少なさから夜歩く際に不安になるほど暗かった、といったケースはある。
隣人の生活習慣を内見で把握するのは難しいものの、「この物件に住んだら、どんな暮らしを送るか」を想像することはできる。また、共用部の掲示板や清掃状況を見れば管理の質を推し量れるほか、ごみ捨てや駐輪マナーを見れば、「住民の質」も予想できる。ぜひともチェックしたいポイントだ。
安心パックは「もしものときの備え」として暮らしを支えてくれる。しかし頼り切るのではなく、事前の工夫で失敗を減らすことは大切だ。備えと予防、その両方があってこそ、納得のいく住まい選びにつながる。
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薗部 雄一(そのべ・ゆういち)
ライター
1984年生まれ。神奈川県綾瀬市出身。語学系専門学校でスペイン語を専攻後、貿易会社にて輸出入通関営業を担当。不動産仲介会社に転職し、国内マーケットレポートや販促物制作を担当した。2015年7月から個人でライティングを始め、グルメ、働き方、時事ネタ、不動産、育児、イベントレポートなど幅広いテーマで記事を執筆。
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(ライター 薗部 雄一)