※本稿は、井出洋介『教養としての麻雀』(祥伝社)の一部を再編集したものです。
■絶対的な正しさがないから決断力が磨かれる
麻雀は「偶然」に大きく左右されるゲームです。囲碁や将棋などの「完全情報ゲーム」とは違い、卓上でこれまで何が起きたのか、ここから何が起こるのか、それが完全には把握できない仕組みになっています。配牌(ハイパイ)から自摸(ツモ)の流れまで、他家(ターチャ)の手牌がどのように変化してきたかは見られませんし、牌山(ヤマ)に何が積んであるかは事前にわかりません。
とはいえ、他家の捨て牌などを参考にしながら、その手の中、山にある牌を推測することはできます。それが麻雀にとっての「読む」ということですね。さらにいえば、麻雀には様々な数学的な要素も関係してきます。点数計算も必要ですし、自分の持ち点、他家の持ち点に応じて、場面場面での振る舞い方も変わってきます。
上級者になるほど、自分の「読み」に「数学的な要素」を頭に入れながら「AとBとでどちらが得か」という打牌選択をしていくわけです。
麻雀は不完全情報ゲームですから、「絶対にこれが正しい」という選択はまずありません。常にいくつかの選択肢があり、状況に応じてそこから「こちらのほうが正しいのではないか」という道を選んでいくことになります。「決断力」が常に要求されているのです。
■決断の良さが「協調性」を育てる
麻雀では決断するための時間はあまり与えられていません。囲碁や将棋のような一対一の勝負だったら待たせる相手は1人だけですが、麻雀は4人でやるものですからね。長考すれば3人に迷惑がかかる。プレーのリズムも悪くなり、ゲームが面白くなくなってしまいます。難しそうな手牌の時もほんの数秒で決断しなければなりません。決断が遅い打ち手は、自然と周りから嫌がられるようになり、卓を囲む機会も減っていくことでしょう。
さらにいえば、「決断よく早く打つ」という麻雀のマナーは、「協調性」を育成することにも役立ちます。麻雀は基本的には4人揃わないと成立しないので(3人麻雀もないわけではないのですが)、4人の息が合わないとゲームとして成立しませんからね。ましてや、ゲーム途中で抜けるなんて論外ですよね。
親子4人で卓を囲んでいた小学4年生くらいの時のことです。
絶好調だった私は他家を大きく引き離してトップに立っていたのですが、オーラスで姉に国士無双(コクシムソウ)を振り込んでしまったのです。国士無双は麻雀ではもっとも点数が高い「役満」のひとつ。
■麻雀仲間同士をつなぐコミュニケーション
そうしたらゲームが終わったあと、父から「洋介も成長したな」とほめられたんです。「前だったら、わんわん泣き出してゲームセットだったのに」。子どもながらに気づきました。「同卓者に、不愉快な思いをさせてはいけないんだな」と。
他のスポーツやゲームと同様、麻雀は勝ち負けを争うものです。だから時に勝負事なので、熱くなって我を忘れてしまう瞬間もあるでしょう。でも、一緒にゲームを楽しむためには、勝っても負けても「いい時間を過ごしたな」と思えることが重要ですよね。
「麻雀仲間」は基本的には仲良しグループなのですから。3人の相手と「勝負」をしているとはいっても、決して喧嘩をしているわけではない。最低限のエチケットは守らなければいけません。
■麻雀による脳の活性化
とにかく麻雀は、アタマを使うゲームなのです。両手の指先を動かしながらリズミカルにゲームを進め、そこでは日本語でも中国語でもない専門用語が飛び交います。ルール、役、点数計算など、覚えなければいけないこともたくさんあります。他人の動きを見ながら確率論的な情報処理をして、短時間の中で自ら決断をしなければならない――。
これだけアタマを使っているのだから、脳の活性化に役立つのではないか、認知症の予防に役立つのではないか。高齢化の進む社会に貢献できるツールになるのではないか。そんなことを考えながら推し進めてきたのが、健康マージャンのプログラムです。
そもそもは「賭けなくても麻雀を楽しむ」人口を増やし、「それまでの不健康なイメージを脱却する」ことを目的に始めたものです。麻雀を打つ際に「(お金を)賭けない、(タバコを)吸わない、(お酒を)飲まない」をスローガンとしていたのですが、日本健康麻将協会の「健康麻将が脳活動に与える影響調査プロジェクト」(2007)では、次のようなことがわかりました。それは、運動に携わってきた私たちにとっても、予想を超えたことでした。
・麻雀を楽しんでいる方の脳年齢は平均より約3歳若い
・麻雀は脳の様々な部位を活動させ、いわゆる脳トレ効果がある
一般財団法人・長寿社会開発センターの補助金を受け、諏訪東京理科大学の篠原菊紀教授の協力で進めた調査の結果、科学の「お墨付き」が得られたわけです。
■高齢者の引きこもり対策にもなる
そして今は、こういう認知症予防の効果だけでなく。人と人とが触れ合うコミュニケーションツールとして、高齢者の引きこもり対策にもなるのでは、とも期待されています。アウトサイダー的な娯楽、ダーティなイメージの固まりだった40年前とは比べ物にならない扱いです。
高齢者になっても新たなことにチャレンジする気持ち、向上心を持って真摯に物事に取り組む気持ち――私の知る限り、そういう気持ちを持っている方は、認知症にはなっていません。新たに取り組む対象は別になんでもいいのかもしれませんが、いろいろな人たちと知り合って、和気あいあいと、それでいて真摯に勝負を楽しめる。そういう特徴のある麻雀は、新たなチャレンジには魅力的なものではないか、とも思うのです。
■注目されている「フレイル予防」の効果
そして近年、行政とタイアップした麻雀教室や健康マージャンのイベントの中で、よく使われるようになったのが、「フレイル予防」という言葉です。
「フレイル」は、健康と要介護の中間的な段階を指す言葉です。筋力が衰えて疲れやすくなる、心の活力が失われてきて家の外に出たくなくなる――加齢による様々な衰えで、高齢者は社会事象に対する意欲を失いがちです。
今は病気ではないけれど、何かのきっかけで「要介護」に突入してしまいそうな状態。身体的問題のみならず、認知機能障害やうつなどの精神的・心理的問題、さらに一人住まいや経済的困窮といった社会的問題までも含む多面的な概念なのです。
高齢者がフレイル状態に陥らないようにするためには、「栄養」「運動」「社会参加」の3つの柱が重要だといわれています。中でも「社会とのつながり」を失うことが「フレイルへの最初の入り口」と言われています。
■麻雀を通じて「社会参加」を促進
そこで注目されるようになったのが、健康マージャンなのです。初対面の人とも気軽にコミュニケーションを持つことができ、アタマを使いながら楽しい時間を過ごせる麻雀は、高齢者が「社会参加」するのにもってこいのツールと思われるようになってきているのです。
「ねんりんピック」や「国民文化祭」といったイベントに健康マージャンが取り入れられ、東京都主催の「東京都シニア・コミュニティ交流大会TOKYO縁ジョイ!」でも囲碁、将棋、カラオケ、ダンススポーツといった種目と並んで取り上げられています。
2023年には、松本市と市の健康マージャンサークルが共催した「健康マージャン交流大会」が開催され、臥雲義尚市長をはじめ、市役所の幹部の方々も参加してくれました。行政側も本腰を入れて取り組み始めた、という印象です。私にとっても、今後の活動のかなりの部分が「フレイル予防」としての麻雀普及になっていく気がしています。
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井出 洋介(いで・ようすけ)
麻雀プロ
1956年2月15日、東京生まれ。1979年3月、東京大学文学部社会学科を卒業。卒論のテーマは「麻雀の社会学」。大学在学中に麻雀にはまり、卒業後はそのまま麻雀プロの道へ。
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(麻雀プロ 井出 洋介)