これからの医療はどう変わっていくのか。『AIに看取られる日 2035年の「医療と介護」』(朝日新書)を出した医師の奥真也さんは「医療分野はAIとの相性が特にいい。
いまこそ診療にAIを使い始めないと“時代に取り残される”という現実を、医者も患者も直視したほうがいい」という――。
■AI時代の医師に求められるもの
AI時代の「名医」とはなんでしょうか。
患者さんの経済的境遇に配慮したり、終末期医療において患者さんの支えになったり、といったことは、そもそも人間的に厚みのない人には難しいでしょう。
そう考えると、AI時代の医師は膨大な知識は必要でない代わりに、医学倫理や生命観など、医師という仕事におけるより本質的な素養が必要とされるのだと思います。
昭和から平成までの医学教育は、ガイドライン通りの診察ができる人をなるべく多く育てることを目標に置いて行われていて、そのためほかの学部では考えられないほどに「定石」や「手順」を教えることにおびただしい時間を費やしてきました。
詰め込みを経て実際にガイドライン通りの診察ができるようになれば、医師として優秀な部類になる。つまりは、人間としての幅がまったくない人が「名医」になってしまうこともあったのです。
翻って、AI時代の医療では、ガイドライン通りの診療はAIがやってくれるわけですから、もはやガイドラインは前提でしかありません。
AI医療の時代には、AIは使いこなしたうえで、AIにはできない患者さんの心に寄り添う仕事ができる人だけが医師として一段階上のステージにたどりつけるのであり、そうした人がカギカッコつきではない、本当の名医と呼ばれるに値するでしょう。
■「病院=儲かる」は過去のハナシ
さらに本稿では、AI時代における病院経営について考えたいと思います。
一般の人にとって「病院=儲かる」ものであり、「医者=高収入」というイメージがまだまだ根強いのかもしれません。ただ実際は、近年診療報酬が急激に下げられていることもあって、医療機関は決して儲かるビジネスではなくなっています。

クリニックも、美容外科などの自由診療を行うところは別ですが、保険診療を行い、診療報酬を主要な収入源にしている一般的なクリニックだと、人件費などの負担がかさんで経営が火の車ということは珍しくありません。
病院も、公的なお金で運営されている大病院は別として、病床数200床に満たない小さな病院の経営事情はクリニックと同様に大変です。病院もクリニックも、医療機関としての使命を真面目に果たそうとするところほど利益は出ず、儲からない時代になっています。
東京商工リサーチによれば、2024年における「病院・クリニック」の倒産件数は64件(前年比56%増)で、過去20年で最多件数でした(*1)。
倒産理由としては、熾烈な競争や経営者の高齢化、後継者不足、そしてコロナ禍後に急上昇した電気代や人件費など複合的な要因によるもので、先行きの見通しが立たないまま倒産に至る病院やクリニックは今後も増加基調をたどる可能性が高いと指摘されています。
■医療業務全体をDX化する必要性
私は、AI診療時代が到来することが、経営難に悩む病院やクリニックにとって希望になると思います。
ただそのためには、単にこれまで人間医師が行っていた処方をAIに任せることで医療のAI化を終わりにするのではなく、事務作業なども含めて病院やクリニックの業務全体をDX化する必要があります。大幅、大胆な意識変革が必要なのです。
たとえば現在の一般的なクリニックの場合、事務職員はそれぞれのクリニックに雇用され、それぞれの場所に勤務しています。しかし受付業務がIT化され、患者さんのカルテもクラウドを介して全国の医療機関に共有されるようになれば、事務員をすべてのクリニックに配置する必要はなくなり、どうしても個別に事務作業を行う必要がある場合だけ誰かが行うようにすることで必要な人件費は大幅に削減できます。
このDX化のモデルが広く採用されるようになれば、開業医は「雇用主」としての苦労の大部分から解放され、医療そのものに集中できるようになるはずです。このことは、若い医師が将来開業する際の心理的ハードルを下げることにもつながるでしょう。

これまでのクリニック開業は、高価な医療機器や電子カルテやレセプトなどのシステムの導入が必要で、特に若い医師には大きな負担となっていました。
でも、これからは違います。ミニマムDX(最小限のデジタル活用)、少ない設備投資で、やさしく質の高い医療が提供できるようになります。
■ミニマムDXによる未来のクリニック
たとえば次のような仕組みです。
①声だけでカルテを書く技術が進んでいます。医師はキーボードを使わず、患者さんと自然に話しながらカルテを完成できます。記録ミスも減り、診察に集中できるので、皆さんが受診する際にも、より丁寧に話を聞いてもらえるはずです。臨床現場にジャストミートする仕組みです。
②健康情報を自分で持ち歩く時代です。あらゆるデータは自分の手元にあり、必要に応じてスマホで確認し、必要な情報だけクリニックと安全に共有できます。皆さん自身が自分の身体の状態を把握しやすくなり、医師もそれを活かして診療します。
③AIチャット(MyChatGPTのようなもの)が普通になります。
たとえば「この病気ってどういうもの?」「この薬は何のため?」といった疑問にAIがわかりやすく答えてくれます。病気に対する理解が深まり、医師の説明を深く納得でき、治療にも前向きに取り組めます。
④予約・受付・処方・会計がスムーズになります。オンライン予約時に事前問診を入力すれば、来院後は待たずに診察へ。会計もキャッシュレスです。
⑤薬の情報がデジタルで管理されます。皆さんが処方された薬や副作用の情報もスマホで確認でき、薬局との情報共有により、重複や飲み合わせの心配も減ります。
⑥地域との連携が進みます。クリニックが中心となって、介護施設とも、病院とも情報をつなぎ、在宅療養や慢性疾患の支援がスムーズになります。これは国が目指す「地域包括ケアシステム」と一致するものです。

これらのさまざまな仕組みは月額制(サブスク)で導入できるため、医師にとっても開業のハードルが下がります。結果として、地域に新しいクリニックが増え、医療の選択肢が再び広がります。

■医療のかたちを変えるAGIの普及
汎用人工知能(AGI)が医療にもたらす未来は、もはや夢物語ではなく、すぐそこに迫っています。AIの進化は目覚ましく、数年前まで「研修医レベル」といわれたAIが、いまや「上級医」に近づいているといわれるほどです。
いや、人間の上級医だってうかうかしていられないでしょう。特に、生成AIがさらに進化した形であるAGIの普及は、私たちの暮らしや医療のあり方を大きく変えていくでしょう。
AIを「怖いもの」として避けるのではなく、いかに賢く活用していくかが、これからの重要な課題です。現在、さまざまな業界でAIの活用が始まっていますが、医療分野は特にAIとの相性がいいのです。「使わないと時代に取り残される」という現実を直視し、手遅れになる前に、いまできることから積極的に始める姿勢でいましょう。
■求められる日々の小さなDX改革
その第一歩は、決して大きくなくてもかまわないのです。たとえば、院内の情報共有方法を見直したり、音声入力による記録補助ツールを試してみたり、オンライン予約システムを導入したりするなど、日々の業務のなかで小さなDX改革を続けることが大切です。
変化を恐れずに新しいものを取り入れ、試行錯誤を繰り返しながら、医療機関ごとの最適な形を見つけ出していくことが、未来の医療へとつながります。
また、医療従事者一人ひとりの意識改革に加え、新しい医療の形に対する患者さんの理解と積極的な協力も欠かせません。医療者同士が経験を共有する場を設け、成功事例や失敗事例を共有し合うことで、変革はさらに加速するでしょう。

国や行政には、こうした先進的な取り組みを支援する柔軟な規制緩和や、データ利活用に関する明確な実務ガイドラインの策定、そして未来の医療を担う人材育成への投資が求められます。明るい未来の医療は、誰かが与えてくれるものではなく、私たち自身の選択と日々の具体的な行動の積み重ねによって築かれるのです。
*1「2024年の医療機関の倒産が過去20年で最多 クリニック、歯科医院が押し上げ、病院も3.5倍増」東京商工リサーチ、2025年2月25日

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奥 真也(おく・しんや)

医師・医療未来学者

1962年、大阪府生まれ。大阪府立北野高校、東京大学医学部卒業。英レスター大学経営大学院修了。医師、医学博士、経営学修士(MBA)。専門は医療未来学、放射線医学、核医学、医療情報学。東京大学医学部附属病院22世紀医療センター准教授、会津大学教授を経てビジネスの世界に身を転じ、製薬会社、医療機器メーカー、薬事コンサルティング会社などに勤務。現在、東京科学大学医療・創薬イノベーション教育開発機構特任教授。著書に『Die革命』(大和書房)、『未来の医療年表』(講談社現代新書)、『世界最先端の健康戦略』(KADOKAWA)、『未来の医療で働くあなたへ』(河出書房新社)、『医療貧国ニッポン』(PHP新書)、『人は死ねない』(晶文社)、共著書に『死に方のダンドリ』(ポプラ新書)などがある。

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(医師・医療未来学者 奥 真也)
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