晩年を生き生きと過ごす秘訣は何か。マウントサイナイ医科大学病院の山田悠史医師は「90歳、100歳になっても認知症にならない患者さんがいる。
こうした人たちにはある共通点がある」という――。
■認知症になる人と、ならない人
前回(「飲み会前にウコン」は逆効果…認知症専門医が解説「ビールは1日何本までセーフか」の最終結論)は、「認知症リスクを高める生活習慣」として、お酒が脳に与える影響について解説しました。
一方、認知症にならない人には特徴があります。筆頭に挙げられるのは「いくつになっても体を動かす」ことです。
患者さんの中には90歳、100歳になってもまったく認知症にならない方が大勢います。90歳になっても大学で教壇に立っている方もいれば、ボランティア活動に精を出している方もいます。
脳の働きがシャープで、健康を維持している理由を聞くと、ウォーキングや体操をして体を動かし続けていることがよかったと答える人が少なくありません。
運動が認知機能に有益であると考えられる理由は、運動により血液の循環が良くなって、脳の機能を改善することが挙げられます。
ただ、運動が認知症予防に確実に効果があるかというと、エビデンスで証明するのは難しいのです。
しかしながら、私が強調したいのは、運動には認知機能とは別のところでも多くの健康上の利点があるということです。
運動をすることで糖尿病などの生活習慣病、心臓病、がんなど多種多様の病気のリスクを低減することは多くの研究で示されています。筋力の増強や骨密度の維持、ストレス解消などの効果もあります。
さらに、運動を通した人との交流は、認知機能の維持に役立つ可能性があり、間接的に認知症の予防にも寄与していると考えていいと思います。
■一体どんな運動をすればいいのか
よく患者さんから「どんな運動をすればいいですか」と聞かれますが、自分の好きなもので、続けやすい運動を選ぶことが大事です。
ジョギングのような有酸素運動は記憶力や集中力を高めますし、筋トレは認知機能全般の維持に役立つともいわれています。米国では肥満の患者さんが多いので、膝に負担がかからない水泳やエアロバイクなどもすすめています。
このほか、テニスやヨガ、太極拳をみんなで集まって習いに行くと、人とのつながりもできます。楽しみながら体を動かすので、運動との相乗効果が期待できます。
何より、無理のない範囲で続けることが大事です。
もちろん毎日、運動できればいいですが、週3回あるいは週末に1回でも、まったくやらない人よりも健康維持のためにはずっとプラスになりますので、まずは習慣にしてほしいと思います。
■サッカー選手の発症率は3.7倍
ただし、運動する時には特に注意してもらいたいことがあります。それは、「衝撃から頭を守る」ことです。
頭へのダメージは認知症のリスクを高めます。
これまでの研究で、小さな衝撃も含め、頭の怪我を経験した人は、発症リスクが約66%から84%程度高まることが報告されています。

※Livingston G, Huntley J, Liu KY, et al. Dementia prevention, intervention, and care: 2024 report of the Lancet standing Commission. Lancet. 2024; 404(10452):572-628.

※Gardner RC, Bahorik A, Kornblith ES, Allen IE, Plassman BL, Yaffe K. Systematic Review, Meta-Analysis, and Population Attributable Risk of Dementia Associated with Traumatic Brain Injury in Civilians and Veterans. J Neurotrauma. 2023; 40(7-8):620-634.
“小さな衝撃”には、サッカーのヘディングも含まれます。
スコットランドで行われた大規模な研究によれば、元プロサッカー選手は一般の人と比べて認知症になるリスクが約3.7倍高いことがわかっています。※
※Bruno D, Rutherford A. Cognitive ability in former professional football disease risk: A review of potential mechanisms. Alzheimer’s & Dementia.2014; 10(35):S122-145.
とりわけ、ヘディングの頻度が高いディフェンダーや、15年以上の長いキャリアを持つ選手でそのリスクが高まっていたという結果でした。
ヘディング程度で、なぜ? と思われるかもしれませんが、その小さな衝撃で、脳には微細な損傷が残ってしまうことがあります。この損傷が、長期的に認知症のリスクを高める可能性があるのです。
サッカーやラグビー、格闘技といったコンタクトスポーツを好む方は、デキる範囲で頭を守る工夫をしてほしいと思います。
また、サイクリング中の転倒は1度でも大きな損傷を受ける可能性があります。万が一の事故に備えて、ヘルメットの着用をおすすめします。
■頻度よりも続ける長さ
認知症予防は長距離走と一緒で、週1回でもいいから、長く続けられるものを選んで、そのためのスケジュールを立てることが大切です。
「明日死ぬと思って生きなさい。永遠に生きると思って勉強しなさい」。
私が座右の銘にしているインド独立運動の指導者、マハトマ・ガンジーの名言です。

この言葉を、仕事で疲れて気分が萎えそうになった時などに思い返しています。
特にこの言葉の後半部分は、何歳になっても学び続けることが人生を豊かにする、ということを教えてくれています。
「90歳のインフルエンサー」として知られた大崎博子さん(2024年に91歳で他界)は、まさにそのことを実践されていた方でした。
大崎さんとは女性向けのウェブマガジンで対談したのですが、大変多くのことに驚かされました。78歳で始めたXのフォロワーは20万人を超えていましたし、90歳近くなってもユーチューブチャンネルに出演したり、出版したりと、いろいろなことにチャレンジし続けておられたのです。
麻雀も83歳で再開し、大会で4回も優勝したそうです。麻雀のゲームで頭を使いながら、4人で雀卓を囲んで対局相手とおしゃべりを楽しんだといいますから、非常に高いレベルの知的活動だと思います。
■不健康を招く「口癖」がある
特別麻雀をすすめるつもりはありませんが、仕事でも趣味でも、とにかく学ぶことをやめないこと。そして、周囲の人とのコミュニケーションを楽しみながらやるということは、脳の健康にとって正解だと思います。それこそが「最強の認知症予防法」ではないでしょうか。
高齢になると、何でも齢のせいにしてしまいがちです。
若い世代の人たちから年齢差別されることもありますが、それ以前に自分に対して偏見を持ってしまい、「もう齢なんだから……」とできることでも諦めてしまっていることが少なくありません。

それは、何も新しい物事にチャレンジするという能動的な話ばかりではありません。
多くの高齢の患者さんと接していると、治療できる目や耳の病気を「齢のせい」にして放置している、実にもったいないケースが驚くほど多いのです。
80代の女性の患者さんが最近会話の辻褄が合わなくなったことを心配した家族に連れられて、かかりつけ医の診察を受けたといいます。認知機能検査を受けたところ、検査の点数が低く、認知症の疑いがあるということで、老年医学専門医である私のクリニックを訪れました。
■点数が低かった“意外な原因”
私は他の病気の可能性を排除するため、まずはお話を伺うことにしました。問診を始めてすぐに音があまり聞こえていないことに気づきました。
そこで耳の中を覗いてみると耳垢が詰まっていて、両側とも鼓膜が見えないほどでした。
耳垢を溶かす薬を処方し、後日もう一度受診してもらいました。改めて認知機能検査をしたところ、点数は正常範囲内でした。
心配していた家族との会話も、スムーズになったとのことでした。その患者さんは耳が聞こえないのを齢のせいにし、家族に話しかけられても適当な返事をして取り繕っていただけだったのです。
通常の問診や身体検査を行い、丁寧に診察していくと、実は簡単に対処できる問題であることも少なくありません。
この患者さんのケースは最終的には笑い話になりましたが、そのまま放っておかれて認知機能がどんどん悪くなっていたかもしれないと思うと、ぞっとします。
目の水晶体が白く濁ってしまう白内障も治療できる病気なのに、検査を受けようとしない人が多い代表例です。手術を受ければ、視力の回復も見込めます。視力の低下や難聴は認知症のリスクと密接に関わっていますので、定期的な検査を受けて耳と目のメンテナンスを心掛けてほしいですね。

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山田 悠史(やまだ・ゆうじ)

米国老年医学・内科専門医、医学博士

マウントサイナイ医科大学(米ニューヨーク)老年医学・緩和医療科医師。米国老年医学・内科専門医、医学博士。慶應義塾大学医学部を卒業後、日本全国各地の病院の総合診療科で勤務した後、2015年に渡米。現在は高齢者医療を専門に診療や研究に従事している。AIと医療をつなぐ合同会社ishifyの共同代表。米国では、NPO法人FLATの代表理事として在米日本人の健康を支援する活動にも力を入れている。 著書に、『最高の老後 「死ぬまで元気」を実現する5つのM』、『認知症になる人 ならない人 全米トップ病院の医師が教える真実』(共に講談社)などがある。
Podcast: 医者のいらないラジオ

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(米国老年医学・内科専門医、医学博士 山田 悠史 構成=ジャーナリスト・亀井洋志)
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