なぜ中国企業が日本の火葬場の経営に参画しようとするのか。元警視庁公安部外事課の勝丸円覚さんは「単に値上げして儲けるためだけではない。
諜報活動の一環として故人の情報などを狙っている可能性が高く、安全保障の観点で極めて深刻な問題だ」という――。(第1回)
※本稿は、勝丸円覚『スパイは日本の「何を」狙っているのか』(青春出版社)の一部を再編集したものです。
■外見上は日本企業に見える「中国資本のフロント企業」
表向きは日本企業に見えるものの、実際には中国資本が背後に存在する「フロント企業」が近年、急増しています。これは、日本国内の水源地や観光地、離島、ウォーターフロントのマンションなどの不動産を買収するための工作の一環であり、土地や企業資産が静かに侵食されているともいえる状況です。
この中国の動きに対しては、一部の政治家やマスコミもようやく警戒を強め始めており、不動産業界にもその影響が及んでいます。中には、中国資本との取引を控える不動産会社も出てきました。
一方で、「中国色」を消した巧妙な取引手法が用いられるようにもなってきました。たとえば、日本に帰化した中国出身者が社長や役員を務める企業であれば、帝国データバンクや東京商工リサーチといった企業情報データベース上では「日本企業」として表示されます。そのため、出資元が中国であったとしても、外見上は完全に日本企業のように見えてしまいます。
さらに巧妙な手口として、日本人を「雇われ社長」として表に立て、中国からの資金を複数の小口出資者名義に分散させる方法もあります。最初は中国資本が40%を保有し、残りを日本人名義にしておいて、買収後に段階的に資本比率や役員構成を変え、最終的に完全な中国資本の企業とするケースも確認されています。
■火葬場は「情報が集まる交差点」
こうした“仮面企業”の多くは不動産業に集中しており、土地やホテル、観光施設などの所有権を獲得しています。
中には、すでに「火葬場」までもがそのターゲットとなっている事例もあり、これは極めて深刻な問題です。
火葬場がなぜ狙われるのか。理由は明確です。火葬場というのは、故人の戸籍情報や死亡確認に関する重要なデータが集まる場所であり、同時に行政、病院、警察などの各機関と密接に関わる情報の交差点でもあるからです。ここで得た情報は、他のスパイ活動にも容易に転用できる可能性があります。
その象徴ともいえる事例が、複数の火葬場を運営する、ある企業をめぐる一件です。報道によれば、中国資本が関与する企業が、この企業を子会社化している事実が確認されています。
この動きは、ある日本企業との合弁事業という形式を取りながら進められていました。つまり、表面上は日本の企業連携に見せかけつつ、実質的には中国資本の参入を狙うものだったのです。
この件に関して、私が取材した関係者によれば、実際には水面下で火葬場の経営権をめぐる攻防があり、その過程では多くの圧力や工作があったようです。つまり、これは単なる買収ではなく、諜報活動を目的としたであろう「日本の生活インフラの中枢」が標的にされた、極めて深刻な安全保障の問題だったというべきでしょう。
■経済ではなく安全保障の問題である
中国資本の関与が疑われる企業は、サービス料金の値上げなど、すでにビジネス面でも動きを見せているようです。
しかし、本質的には、単に利益を追求しているのではなく、情報や影響力を獲得するという意図が背後にあると見たほうが自然です。火葬場を押さえることで、行政とのパイプ、地域コミュニティーの信頼、さらには故人に関する情報まで手にすることができる。これは諜報活動としては非常に効率の良い拠点になるのです。
全国にはまだ多くの民間火葬場が存在し、今後も同様に中国による企業買収が繰り返される危険性は高いと考えています。特に、財政的に苦しい自治体では、外資系企業からの投資話に飛びついてしまうリスクもあります。
残念ながら、日本の法制度はこうした“静かなる侵略”に対して十分な防波堤を築いているとはいい難いのが現状です。私たちはもっと早い段階で気づき、未然に防ぐ手立てを講じなければなりません。
火葬場を狙うという発想は、日本人にとっては異様に映るかもしれません。しかし、そこに国家ぐるみで動く情報工作の意図があるとすれば、これはもはや経済問題ではなく、安全保障の問題なのです。
■ホームレスと結婚して“帰化を狙う”
火葬場を所有、または管理することで、身元不明者の火葬手続きや登録情報へのアクセス権限を事実上、掌握することが可能になります。これは次項で述べる背乗(はいの)りだけでなく、より広範な情報工作にもつながる恐れがあり、決して放置すべき事態ではありません。
繰り返しになりますが、火葬場は単なるインフラ施設ではなく、極めて重要な情報の中枢です。
そして、そこを狙うスパイの存在は、すでに現実のものとなっています。金銭的利益のみならず、情報面での優位性を確保するための拠点として、火葬場が戦略的に位置づけられていると考えるべきです。
中国のスパイ戦略において、注目すべきもう一つの手口が「配偶者ビザの悪用」です。これは、日本人と結婚することで合法的に日本に長期滞在できるビザを取得し、諜報活動の拠点を築くというものです。
私が公安で得た情報の中にも、いくつものケースがありました。たとえば、中国人が日本に不法滞在したり、長期的なビザを取得する手段として、戸籍を“買う”というケースです。河原(かわら)などにいる日本人のホームレスに声をかけて「結婚したことにしてくれ」と頼み、50万円や100万円で入籍手続きを済ませてしまう。
こうして“日本人の配偶者”という立場を得ると配偶者ビザを取得でき、それによって永住権や将来的な帰化の道が開けるのです。中国籍の方が日本国籍に帰化するのは、そう簡単ではありません。一定の条件や年数、言語能力、生活の安定など、さまざまな要件をクリアする必要があります。
■「死亡者」「行方不明者」の戸籍を乗っ取る
日本国内における火葬場の買収が進んでいるという話は非常に衝撃的ですが、それに加えて、「背乗り」と呼ばれる手口もまた、深刻な脅威として私たちが認識すべき事案です。
まず、「背乗り」とは、すでに死亡した人物や行方不明者の戸籍を第三者が乗っ取ることを指します。
これは一部の国家によって、諜報活動の一環として用いられてきた、れっきとしたスパイ技術の一つです。
北朝鮮やロシアはこの手法に長けており、過去にも日本国内で実際に発覚した事例があります。そして、現在では中国系の工作員も同様の手段を使って日本社会に潜入している可能性が指摘されています。
ある中年の男性が身寄りもなく、路上生活をしていた末に亡くなったとします。このようなケースでは、行政が火葬を手配し、戸籍不明のまま無縁墓地に葬られます。しかし、もし、この人の戸籍情報を誰かが持っていたとしたら──その戸籍が第三者、つまり、スパイによって悪用される可能性があるのです。
過去には、実際に行方不明になった男性の戸籍が数年後に都内の区役所に転入届として再登場したという事件もありました。これは、いわゆる「黒羽・ウドヴィン事件」として知られており、ロシアによるスパイ工作の一環とされています。
■“真面目な恋愛結婚”もスパイ活動かもしれない
このケースでは、もともといた人物は突然、姿を消し、別人がその戸籍を用いて日本で生活を始めていたのです。彼はビジネスマンとして30年以上にわたり活動し、日本人女性と結婚していました。
このように、ひとたび戸籍を乗っ取れば、当該人物はまったくの別人として社会生活を営むことができてしまいます。こうした事例は“スパイ”としての行動を円滑にするための土台として、古くから行われてきました。

背乗りの際は、実際には一度も会ったことがない相手と婚姻関係を結ぶこともあります。
一方で、中国のスパイ活動においては、「真面目に」見える形での結婚もあります。たとえば、日本人の技術者や研究者に近づき、恋愛関係を築いてから結婚に至る。そして、その後の生活を通じて対象の情報、人脈、勤務先へのアクセス権などを取得していく──このような手口もあります。
これは余談ですが、過去に私が聞き取りを行った案件では、バーやクラブなどに中国人女性ばかりが在籍していた店がありました。その場でのハニートラップ的な活動はもちろん、日本人との結婚を狙った動きも見られました。
■「結婚」「配偶者ビザ」がスパイのツールになっている
ただ、これはかつて中国がまだ貧しかった時代の話です。たとえば、天安門事件以前、中国の地方では生活が困難だったこともあり、「日本人と結婚して日本に定住したい」という中国人女性が少なからずいました。
しかし、現在では、中国の経済水準が上がり、事情が変化しています。最近では、バーで働く女性に対し、国家情報法のもと、「国に協力せよ」「男性に接近しろ」と命じられるようなケースも見られます。つまり、もはや“自発的な結婚希望”というよりも、“国家命令に基づいた接触任務”の色合いが強くなっているのです。
このように、結婚や配偶者ビザという制度そのものが、スパイ活動にとって極めて有利なツールとして機能している現実があります。

ビザの更新を頻繁に行う必要がなくなれば、長期的な活動や日本での拠点構築が格段にしやすくなるのです。

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勝丸 円覚(かつまる・えんかく)

元公安警察

1990年代半ばに警視庁に入庁し、2000年代はじめから公安・外事分野での経験を積んだ。数年前に退職し、現在は国内外でセキュリティコンサルタントとして活動している。TBS系日曜劇場「VIVANT」では公安監修を務めている。著書に、『警視庁公安部外事課』(光文社)がある。

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(元公安警察 勝丸 円覚)
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