子どもの言語発達に関して悩む親は少なくない。健診で「様子を見ましょう」と言われたら、本当に様子見でいいのか。
言語障害学博士の田中裕美子氏は「ことばの遅れが見られる『レイトトーカー』なのか、今後言語発達障害になるリスクが大きいのか、評価してもらったほうがよい」という——。
※本稿は、田中裕美子(編著)、遠藤俊介・金屋麻衣(著)『ことばの遅れがある子ども レイトトーカー(LT)の理解と支援』(学苑社)の一部を再編集したものです。
■レイトトーカーをみるポイント
「LT(レイトトーカー)」は、全般的な運動や認知の発達が良好であり、自閉スペクトラム症(ASD)に特徴的な社会性発達の問題がないことが前提となります。そのため、言語表出や言語理解の問題を評価することはもちろんですが、運動・認知発達や社会性発達もしっかり捉えることが重要です。
ここでは、2人の2歳児でLTと評価された例を紹介しましょう。
■例1:単語がなかなか増えないFちゃん
Fちゃんは2歳1カ月の女の子です。2歳を過ぎたのに、単語がなかなか増えないことを保護者が心配して病院を受診し、ST(言語聴覚士。「話す、聞く、食べる」に関する専門職)の相談につながりました。
Fちゃんは日常の簡単なことばは理解できているようですが、言える単語は「まま」「わんわん」など数語だけです。欲しいものは指さしと「ん」という発声で要求できるので生活に困らないそうですが、保護者は何か発達に問題があるのではないかと、とても心配していました。
初回来室時、Fちゃんが慣れてきたところで、STが動物や食べ物の絵を見せながら「これはなに?」と聞いても、母親の顔を見るだけでことばは全く発しませんでした。一方で、絵が複数並んだシートを見せて、「車はどれ」「ぞうさんはどれ」と聞くと、上手に指さしで答えることができました。

母親との遊び場面を観察すると、ごっこ遊びで母親にお料理をつくったり、人形にご飯を食べさせてあげたりと、上手にやりとり遊びをしています。母親を呼ぶ際には「まま」と呼びますが、それ以外に意味のあることばは全く発しませんでした。その代わり、指さしで欲しいものを要求したり、簡単な身ぶりで母親とやりとりする姿が見られました。
STは、より詳しい評価と母親からの経過確認を実施することにしました。
■単語を38個しか話せていなかった
STが「乳幼児発達スケール(KIDS、乳幼児の自然な行動全般から発達を捉える評価方法のひとつ)」で検査したところ、全体的な発達指数は96でした。しかし他の領域に比べて、表出言語が落ち込んでいることがわかりました。母親に「日本語マッカーサー乳幼児言語発達質問紙(MCDI、保護者の記入に基づいて乳幼児の言語発達を評価する方法のひとつ)」をつけてもらうと、表出語彙は38語で、非常に少ないことがわかりました。
■兄に比べて物静かで口数も少なかった
保護者への聞き取りも実施しました。Fちゃんは父、母、兄(5歳年中)の4人家族です。2508gの満期産であり、産科で受けた新生児聴覚スクリーニングは両側とも問題ありませんでした。産後の発育も問題なく、母と一緒に退院しました。
乳児期は、両親や兄の顔をよく注視し、相手からの関わりに対し笑顔で反応することがよく見られました。
6カ月ころ座位がとれるようになり、8カ月ころには、はいはいであちこち移動できるようになりました。10カ月ころには人見知りと後追いが盛んに見られ、1歳前には「パチパチパチ」と拍手の真似をして母親に微笑んでみたり、兄のブロックをもって電話を耳にあてる真似をしたりするようになりました。しかし、母親は、兄にくらべて物静かで口数が少ないことが気になっていました。
■「ママ」とは言ったが、ことばは少ないまま
1歳の誕生日前に1人で歩けるようになり、誕生日に祖父母の前で歩いてみせ、褒められてニコニコと得意げに家族の顔を見回していたそうです。同じ頃、買ってもらったぬいぐるみに、おままごとでご飯をあげたり、おふとんをかけてあげたりする姿が見られました。声を出しながらごっこ遊びする様子はありましたが、なかなか意味のあることばの表出が見られませんでした。
1歳半近くになり、母親のことを「ママ」と呼ぶようになり、両親は一安心しました。健診で保健師から「ことばは出ていますか?」と聞かれ、「『ママ』と呼んでくれるようになった」と回答したそうです。生育も順調であったため、特に何の指摘もされませんでした。ことばが出始めたため、両親はさらに表出が増えることを期待しましたが、その後も一向にことばは増えませんでした。
■発達相談では「様子見でいい」と言われたが
2歳間近になってやっと、近所の犬を見て「ワンワン」と言ったり、大好きな「アンパンマン」を「ぱんまん」と言うようになりましたが、それ以上はやはりことばが増えません。
「お兄ちゃんどこに行ったの」と聞けば兄が遊んでいる隣の部屋を指さし、「お茶碗おかたづけできるかな」といえば、食べ終わった自分の食器を台所に持っていくなど、ことばの理解はできているように感じます。
絵本を読みながら「ぞうさんは?」「きりんさんは?」と聞けば指さしで応答することもできます。大人の言うことを理解していそうなのに、ことばが増えないことが心配になってきました。
2歳になっても変わらないため、保健センターの発達相談に行ってみましたが、「理解が伸びているから心配しなくても大丈夫。様子を見ましょう」と言われたのみでした。
■Fちゃんは「レイトトーカー」に当てはまる
ここまでの情報から、Fちゃんの発達状況を整理すると以下のようになります。
運動発達:発達歴の聞き取りから、遅れは認めませんでした。

認知発達:ごっこ遊びの様子や、日常生活の理解の様子から、認知発達にも大きな遅れはないと考えられます。

社会性発達:1歳前から他者の真似をしており、かつ、そのことを「他者と一緒に楽しむ」ことができていたようです。ごっこ遊びに母親を巻き込む様子が見られ、遊びのストーリーを自ら他者と共有しようとする様子が見られます。これらから社会性発達に問題はないと推測できます。

言語理解 :日常生活での指示理解、身近な物の名称の理解は年齢相応に伸びているようです。

言語表出:表出できる語彙の数も明らかに少ないようです。
観察や聞き取りに加え、KIDS、MCDIでも同様の結果でした。
Fちゃんのプロフィールは、このようなレーダーチャートで表すことができます。
■将来的に言語発達障害のリスクがある
子どもの観察、保護者からの聞き取りに加え、掘り下げ評価から、Fちゃんはレイトトーカーであると考えられました。母親にはレイトトーカーという状態像であることを伝え、追いつく子も多いものの、言語発達障害のリスクがあること、なるべく早めにできることをしていくことを説明しました。
STは保護者に対して基本的なことばかけの方法について助言し、家庭で取り組んでもらうこととしました。月に1回程度、関わり方について相談に乗りながら、保護者指導を継続しました。Fちゃんは2カ月を過ぎたころからことばが増え始め、2歳半には単語と単語をつなげて話すようになりました。そこでSTは、「トイトーク(子どもの言語発達を促す言葉のかけ方)」について説明し、さらに家庭での取り組みに付け加えてもらいました。
初回面接から8カ月後、2歳8カ月には、文でのおしゃべりが増えてきました。3歳で「LCスケール(幼児の言語発達を評価する方法のひとつ)」を実施したところ、言語表出はまだ低めではありますが、総合言語発達年齢は概ね正常域まで近づいてきました。保護者の心配はなくなり、Fちゃんとのおしゃべりを楽しむようになりました。
■例2:2語文がなかなか出ないGくん
Gくんは2歳6カ月の男の子です。
言いたいことは単語で伝えており、2語文はまだ出ていません。日常的なやりとりには困りませんが、両親は保育所の友達が文でおしゃべりしている様子を見て不安になり、病院で相談することにしました。
医師の診察では、「口開けて」「お腹見せて」といった指示に嫌がらずに応じ、診察室に置いてあった玩具の乗り物や動物の名前を聞かれて答えることもできました。しかし、やりとりをしていても文で話す様子は見られず、単語も時々不明瞭なことがありました。
医師と両親が話している間は大人の様子を見ながら、座っておとなしく待っています。医師が紙とクレヨンを渡すと、線や丸のような形をたくさん描き、自慢げに見せてくれました。最後は笑顔で「バイバイ」と手を振り、ハイタッチをして帰っていきました。
全体的な知的発達や社会性の発達に遅れはなさそうですが、やはり両親の言う通り言語面の遅れがあると考えられたので、詳しく調べるためにSTが評価を行うことになりました。
■特に「動詞の数」が少なかった
STが「新版K式発達検査2020(0~17歳を対象とした発達検査)」を実施したところ、運動面や認知面に遅れはなく、言語面のみ遅れているという結果でした。言語面は表出だけでなく、理解にも遅れがあることがわかりました。理解にも遅れがあったことから、難聴の可能性を考えて聴力検査を実施しましたが、聴力は正常でした。
表出について詳しく評価するためにMCDIを実施すると、言えることばの数も少ないことがわかりました。
特に、動詞の数が少ないという結果でした。
遊び場面の観察では、両親の言うことをよく聞いていますが、2回言われないとわからないことや、言われたことと違う行動をすることがあり、理解ができていない様子が度々見られました。また、物の名前はよく言っていますが、動作はオノマトペや身ぶりで表現していることが多いようでした。
STが遊び場面に入っていくと、最初は少しはにかみながら様子をうかがっていましたが、慣れてくると笑顔も増え、自分からSTを遊びに誘って楽しんでいました。
■大人の言うことは分かっているようだが……
保護者にも聞き取りを行いました。Gくんは両親と祖父母の5人家族です。38週2日、2550gで生まれました。出生後の経過も順調で、新生児聴覚スクリーニングも問題ありませんでした。3か月で首が座った後、お座りは8カ月、つかまり立ちは11カ月でできるようになりました。家族は発達が少し遅いのではないかと心配していましたが、1歳3か月で無事に歩けるようになり、家族は安心しました。
このころは、散歩に行って犬や猫を見つけると笑顔で大人を見て知らせたり、紙に何か描いては自慢げに大人を見ていました。家にはさまざまな玩具があり、大人がやっているのを見て覚え、1人でできることもどんどん増えていきました。
「ゴミ、ぽいしてきて」と言えば捨ててきてくれるし、「ないない(お片付け)して」と言えばやってくれるので、大人の言っていることは伝わっているように感じていました。それなのに、ことばがまだ全く出ていないことが気がかりでした。
1歳6カ月になってもことばは出ていませんでした。言いたいことは主に目線や表情や発声で大人に伝えていました。時々、遊んでいる時に「見て」というように大人におもちゃを見せたり、持ってきたりすることがありました。
日常的な声かけにはすぐに反応しますが、おままごとで「リンゴちょうだい」と言われてバナナを渡すことや、「バスどれ?」と聞かれて飛行機を指さすといったことが時々あり、理解の曖昧さも少し気になっていました。
■活発に運動するなど、ことば以外は順調
2歳ころになると、「○○どれ?」と聞かれて、自分が好きな物や身近な物であれば間違えずに指さしたり、選んで取ることができるようになりました。表出面は、大人のことばを少し真似しようとする様子が見られ始めました。でも、「りんご」の「ご」のように、ことばの一部分しか言えないことや、他の人にはわからないGくん語のようなことばが中心です。
ことば以外の発達は、公園で友達と遊んでいる様子を見ていても、近くの友達をよく見たり真似して活発に動いており、気になることは何もありませんでした。
2歳6カ月になった最近では、身近なものであれば、「○○どれ?」に間違えて応答することはほとんどなくなりました。一方で、ままごとで「洗って」とお願いすると、切る真似をしてみたり、車で遊んでいる時に「うさぎさんも乗せて」と人形を渡すと、「いいよ」と近くにあった布をかけて寝かせたりといった間違いがよくあります。
しかし、言えることばは増えてきて、いろいろなことをことばで伝えようとするようになりました。ジェスチャーを使って言いたいことばを思い出しながら話す様子が見られます。まだ文にはならず、単語もゴニョゴニョしていることがあります。
■GくんはFちゃんより深刻な状態だった
ここまでの情報から、Gくんの発達状況を整理すると以下のようになります。
運動発達:発達は決して早くはありませんが、明らかといえるほどの遅れは認めません。

認知発達:生活の中で、大人の真似をしながらできることがどんどん増えてきている様子から、認知発達に遅れはなさそうです。

社会性発達:小さいころから大人に関わりを求めることや、共有しようとする様子があります。また、対人的な関わりが家族以外に同年齢の友達や先生にも広がってきており、社会性の発達は順調と思われます。

言語理解:物の名前が理解できるようになるのが遅く、動詞の理解は今でも曖昧なようです。検査の結果からも、理解の発達に遅れがあると考えられます。

言語表出:1歳半になっても単語が出ず、その後少しずつ増えてきていますが、語彙数はまだ少なく、時々不明瞭で、文にもなりません。検査の結果も同様に、遅れを認めます。また、言いたいことばが思い浮かばない時に、ジェスチャーを使って伝えようとする様子が見られます。
Gくんのプロフィールは、このようなレーダーチャートで表すことができます。
ことばの表出だけでなく、理解にも遅れがあり、年齢的にも後の言語発達障害のリスクが高いLLT(Low Language Talker)の状態にあると考えられます。
■言語発達障害になるリスクが高い子への対応
STは、母親にレイトトーカーという状態像と、言語発達障害のリスクが高いことを説明し、家庭での取り組みと病院での個別指導を開始することを提案しました。
家庭でのトイトークの取り組みと個別指導を開始してから3か月経ったころ、単語をつなげた文で話すことが少し出てきました。理解面も、動詞の理解が確実になり、動詞の入った文も正しく理解できるようになってきました。それから半年経つころには文で話すことが増え、ことばでのやりとりを楽しめるようになりました。
保護者の「文が言えない」という不安はなくなりましたが、今でもことばの言い間違いや、適切なことばがとっさに出てこないことが多く、言語発達障害の可能性が考えられるため、今後も指導は継続する予定です。
■「ことばが遅いだけなのか」を見るのも重要
ここまで2人のLTのお子さんを見てきました。
レイトトーカーの15~20%は言語発達障害に至ることが分かっているので、発達健診でことばの遅れがある場合は「そのうち追いつくだろう」「話し出したから大丈夫」という安易な捉え方ではなく、「4~5歳までの経過観察は必要」という認識が必要です。
また、実際の評価場面では、運動・認知の発達が全般的に遅れていたり、社会性発達の弱さがあり、ASDのリスクを疑う子どもも一定数おり、その区別はとても重要です。

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田中 裕美子(たなか・ゆみこ)

NPO法人どこでもことばドア代表

大阪公立大学生活科学部児童学科卒業。大阪教育大学言語聴覚障害児教育学科修士課程修了。米国コロラド大学Speech Language Hearing Science学部大学院博士課程終了Ph.D(博士号)取得。米国コロラド大学Speech Language Hearing Science学部研究員、米国カンサス大学Child Language Postdoctoral研究員、国際医療福祉大学言語聴覚学科准教授、大阪芸術大学初等芸術教育学科教授を経て、現在、大阪芸術大学通信教育学部特任教授。特異的言語発達障害(SLI)、発達性言語症(DLD)、レイトトーカー、学習障害(LD)の調査・研究・執筆に加え、園や学校での教育相談を行う。日本コミュニケーション障害学会言語発達障害研究分科会代表。

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(NPO法人どこでもことばドア代表 田中 裕美子)
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