アメリカのトランプ大統領は、なぜ強い支持を集められるのか。ジャーナリストの池上彰さんは「トランプ氏の予測不能な言動に世界が戦々恐々としているが、平気でうそをつく姿勢こそ計算された策略だ。
背景には、反知性主義というアメリカの“伝統”がある」という――。(第1回)
※本稿は、池上彰『ぼくはこんなふうに本を読んできた』(SBクリエイティブ)の一部を再編集したものです。
■トランプ大統領は“何を言い出すかわからない”
アメリカ大統領に返り咲いたドナルド・トランプ氏は、次から次へとあっと驚くような政策や方針を打ち出して、アメリカ国内のみならず世界に衝撃を与えました。
2025年1月20日に大統領に就任して以来、最初の1カ月でトランプ氏が署名した大統領令は約70本にも上ります。主なものは、
・地球温暖化対策の国際的枠組み「パリ協定」からの離脱

・不法移民流入阻止のための軍隊派遣や国境の壁建設

・多様性を尊重する政府の取り組みの廃止

・世界中の国からの輸入品に関税をかける
などで、他にも議論を呼ぶ大統領令がたくさんありました。
また「ガザ地区をアメリカが所有して開発し、住民はよそへ移す」「グリーンランド(デンマークの自治領)を購入する」「パナマ運河を取り返す」といった一連の発言も、関係する国々を驚愕(きょうがく)あるいは困惑させています。
これらの発言を聞いて「本気なのか?」と首をかしげた人も多かったのではないでしょうか。でも、トランプ大統領は本気です。グリーンランドを購入する意欲は1期目にも表明していて、2019年にデンマークの首相に拒否されたときは、怒って予定されていたデンマーク訪問を取り止めたほどです。
世界は今、超大国アメリカの頂点に立ったトランプ大統領に振り回され、次は何を言い出すかわからないと戦々恐々としているように見えます。
■対抗馬ハリス氏の“風”は長続きしなかった
もっとも、そのトランプ氏も、2024年11月の大統領選挙で勝利を約束されていたわけではありません。
共和党の大統領候補だったトランプ氏は、はじめは民主党の現職大統領ジョー・バイデン氏よりも優位に立っていました。
バイデン氏は81歳と高齢で健康不安が取り沙汰されていたからです。ところが、民主党内で危機感が高まった結果、投票日まであと3カ月半という時にバイデン氏が選挙戦から撤退し、59歳の若いカマラ・ハリス副大統領が民主党の大統領候補に指名されました。
この前代未聞とも言える候補差し替えで形勢は逆転。アメリカ初の女性大統領誕生への期待感から、全米の世論調査でハリス氏の支持率がトランプ氏を上回るようになります。ただ、ハリス氏に吹いた“風”は長続きしませんでした。選挙戦最終盤には両候補の支持率が拮抗(きっこう)し、アメリカのマスコミの多くが「どちらが勝ってもおかしくない大接戦になる」と予想したのです。
こうして11月5日の投票日を迎えたわけですが、フタを開けて見ればトランプ氏の圧勝、ハリス氏の完敗でした。勝敗を左右すると言われたペンシルベニア州、ジョージア州など7つの激戦州のすべてでトランプ氏が勝利。最終的に選挙人538人のうち312人をトランプ氏が獲得し、ハリス氏は226人にとどまりました。
■「不倫」「改竄」「差別発言」、それでも選挙は圧勝した
接戦と伝えられていただけに、この結果には多くの人が驚いたことでしょう。トランプ氏は大統領経験者としてアメリカ史上初めて有罪評決を受けた人物です。
選挙戦真っ只中の2024年5月30日、ニューヨーク州地裁の陪審団は、トランプ氏が不倫の口止め料を払うにあたり自身が経営する会社の業務記録を改竄(かいざん)したと認め、計34件の罪状のすべてで有罪の判断を下しました。

これがもし日本だったらどうでしょうか。選挙戦を継続することは難しかったはずです。ところが、トランプ氏の支持率に大きな変化は見られませんでした。それどころか、「民主党による司法機関を使った選挙妨害だ」と反発する声さえ上がったのです。
この件に限らず、トランプ氏といえば、平気で差別的な発言をしたり、敵対的な人物やメディアを口汚く罵(ののし)ったりするなど、とても大統領の器ではないと批判されてきました。そういう人が一度ならず二度も大統領選に勝利したということで、啞然(あぜん)とした人も多いと思います。
■“いくらウソを言っても、みんなが楽しんでくれればいい”
なぜこういうことになったのでしょうか? 実は、アメリカには反知性主義といわれる伝統があるのです。知性主義は、たくさんの本を読んでいろいろなことをよく知った上で行動することを良しとしますが、この種の知性に反感を持つ人がアメリカには大勢います。トランプ氏がまさにこのタイプであり、トランプ氏の支持者の中にも反知性主義の人が多かったように思います。
トランプ氏は本を読まないことで有名です。なんと自伝さえ読んでいないとか。トランプ氏が書いたとされる自伝が刊行されているのに、トランプ氏はこれを読んでいないそうです。
つまり、自分の成功体験や考え方などを話して、それをプロの作家が本人が書いたようにまとめたということです。
その本の中でトランプ氏はこう言っています。
「人は自分では大きく考えないかもしれないが、大きく考える人を見ると興奮する。だからある程度の誇張は望ましい。(中略)これを真実の誇張と呼ぶ。これは罪のないホラであり、きわめて効果的な宣伝方法である」(ドナルド・J・トランプ、トニー・シュウォーツ著『トランプ自伝』枝松真一訳、早川書房)
ここで言うホラとは要するにウソのこと。いくらウソを言っても、みんなが楽しんでくれればいいというのです。
■「トランプのウソ」を熱烈に支持する人たちがいる
実際、大統領になってからのトランプ氏がウソの発言を繰り返してきたことは周知の通りです。たとえば、2017年1月の大統領就任式に集まった群衆を「100万人か150万人くらい」と言ったときは、メディアが会場の後方が閑散としている写真を公開して反証しました。
また2024年6月の第1回テレビ討論会でトランプ氏は、長引くロシアとウクライナの戦争について、「私なら次期大統領に就任する前にこの戦争に決着をつけさせる」と豪語して波紋を広げました。前年の5月に「私が大統領になったら24時間以内に終わらせる」と語っていただけに、就任後24時間以内の決着ですら無理難題なのに、大統領への正式就任前にどうしてそんな芸当ができるのかと多くの人が呆れたのです。
案の定、「大統領就任前の決着」も「就任後24時間以内の終戦(停戦)」も実現しませんでした。
つまり、2つの発言はいずれも話題づくりのためのホラであり、はっきり言えばウソでした。
一方で、トランプ氏のウソを熱烈に支持する人も大勢います。アメリカの中西部や南部へ行ってわかったことがあります。見渡す限り小麦畑が広がっていたり、トウモロコシやジャガイモの畑が延々と続いていたりして、その近くに書店はありません。住民の移動手段は車ですから、運転中に本を読むわけにもいかず、本を読む人が本当に少ないのです。
■「頑張ったってどうにもならない」が勝利の要因
これに対してニューヨークやサンフランシスコなどの都市部に行くと、公共交通機関が発達していて地下鉄もあります。そういうところでは本が読めます。もちろん書店も多くあるので本を読む人は多い。
こうして、アメリカ社会は本を読む人たちとそうでない人たちに分断され、都市部と農村部の間に溝ができてしまいました。
あなたはオバマ元大統領の選挙戦でのキャッチフレーズを覚えていますか? 「Yes, we can.」(やればできる)でしたね。みんなで頑張れば何とかなるんだと。このフレーズが大いに受けて初の黒人大統領誕生につながったのですが、トランプ氏を支持する人たちにしてみると、これが実にそらぞらしく聞こえるのです。

貧困にあえぐ人や農業の従事者、工場で汗みずくになって働いている人たちは、「頑張れば何とかなる」と言われても、「いや、ならないだろう。そんなのは絵空ごとだ」と反発するわけです。
「世の中は不条理に満ちていて、頑張ったってどうにもならない」
こう思っている人がそこら中にいるということです。オバマ氏の「Yes, we can.」に反感を持つ人たちがいて、トランプ氏は彼らの心をつかみました。これがトランプ氏躍進の大きな要因になったと私は考えています。

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池上 彰(いけがみ・あきら)

ジャーナリスト

1950年長野県生まれ。慶應義塾大学卒業後、NHK入局。報道記者として事件、災害、教育問題を担当し、94年から「週刊こどもニュース」で活躍。2005年からフリーになり、テレビ出演や書籍執筆など幅広く活躍。現在、名城大学教授・東京科学大学特命教授など。6大学で教える。『池上彰のやさしい経済学』『池上彰の18歳からの教養講座』『これが日本の正体! 池上彰への42の質問』『新聞は考える武器になる  池上流新聞の読み方』『池上彰のこれからの小学生に必要な教養』など著書多数。


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(ジャーナリスト 池上 彰)
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