AIは介護現場の人手不足を解決できるのか。『AIに看取られる日 2035年の「医療と介護」』(朝日新書)を書いた医師の奥真也さんは「要介護認定だけをとっても平均40.2日かかる。
政府の規制改革会議で『AIを活用した迅速な認定プロセス』への転換が提言されている」という――。
■人手不足で破綻寸前の訪問介護
介護業界の人手不足は、特に「訪問介護」の現場において深刻さを極めています。
2023年、施設職員の有効求人倍率が3.2倍だったのに対し、訪問介護のヘルパーは15.5倍。これは、求職者一人に対して15件以上の求人があるということを意味します。人手不足というレベル感ではもはやなく、業界として破綻寸前といっても過言ではないのです。
なぜ、訪問介護がこれほどまでに敬遠されるのか。
その理由は単純で、肉体的な過酷さと、「精神的なプレッシャー」だと思われます。ヘルパーは利用者の自宅で、そして多くの場合、家族の目の前でケアを提供しなければならないことになります。その結果、「もっとやってほしい」「そこまでやるのが当然」といった家族からの過剰な期待──いわば介護現場におけるカスタマーハラスメントを受けることも少なくない、というわけです。
■高齢化する訪問介護のヘルパーたち
さらに、訪問介護を担うヘルパー自身が高齢化しているという問題もあります。2023年の調査では、訪問介護員の平均年齢は54.4歳、65歳以上が全体の25%を占めます(*1)。なかには70代で現役のヘルパーも少なくない実情があります。
ここにもDX/ICT化が進まない直接的原因があるのです。
私自身も子どものころ、祖母が介護を受ける姿を間近で見ていました。床ずれを防ぐため、夜中でも数時間おきに寝返りを打たせる体位変換は、大人でもかなりの体力を要する作業でした。これを高齢のヘルパーが担う現実に、誰が見ても「いつかは破綻する」と思えてしまいます。
人手不足の介護現場を救う切り札として、国が旗を振って進めてきたのが「介護ICT化」です。
2024年4月、厚生労働省は介護報酬改定で「生産性向上推進体制加算」を新設し、ICT機器を導入した介護施設には月ごとに報酬を加算する制度を設けました。対象は「見守り機器」「介護記録の電子化」「職員間のインカム」──いわゆる「介護ICT三種の神器」です。
■介護ICT機器を現場で使えているか
制度上は、導入すれば報酬が上がる。でも、現場でそれを使えるかどうかは別問題です。
たとえば「見守り機器」。安価なカメラ式機器が多く導入されましたが、視野が限られたり、アラートが頻発して対応業務が激増したり、結局使い物にならなかった例は多く、実際には倉庫に眠っているという話は複数聞いたことがあります。
記録アプリも、「高齢の訪問ヘルパーには操作が難しく、入力せず紙に戻った」などの声があとを絶ちません。

インカムについてはもっと極端で、ある施設ではWi-Fi環境すら整っていないのにインカムだけが先に導入され、スタッフは常時身につけさせられたものの、実際の連絡はこれまで通りPHS──という笑うに笑えない事例もありました。
もちろん、技術が悪いわけではないのです。ただ、「制度のための導入」が先行し、「現場で使える設計」が追いついていない。本当に現場に役立てるには、導入後の教育やフォローアップ、そして高齢の職員にも使える圧倒的にシンプルな設計思想が不可欠だと思われます。でなければ、どれだけ機器を導入しても、それは倉庫に眠る宝の持ち腐れになってしまいます。
■改正が重なり複雑すぎる介護保険制度
技術の活用がままならない一方で、介護制度そのものの「わかりにくさ」が現場と利用者の両方を疲弊させています。
介護保険制度が始まったのは2000年。以降、制度は何度も手が加えられてきましたが、その過程は問題が出るたびに追加、改正が繰り返され、まるで建て増しの古い病院のような複雑な構造になってしまいました。
制度を構成するサービスは多岐にわたり、それぞれが異なる法律を根拠としています。さらに、要介護度によって利用できるサービスが細かく分かれていて、一般の人にはわかりにくい。
それどころか医師だって、ろくにわかっていません。特別養護老人ホーム(特養)ひとつとっても、「要介護3以上でないと入れない」といった制限があったりするのです。

一方で、2000年代以降に急増した「サービス付き高齢者向け住宅(サ高住)」のように、国が器(建物)だけを整備し、中のサービスは民間にお任せという形も生まれました。
結果として、富裕層向けの施設は増えても、一般高齢者の受け皿は不足する一方になっています。全体像が見えないほど複雑で、誰も使いこなせない制度は早急に改善が求められます。
介護現場に必要なのは、新しい仕組みより、まず「わかりやすい制度」だと思うのです。制度の混乱は、テクノロジー導入の障壁にもなる。事業者側にしてみれば、「この機器を入れればどのサービス区分に該当するのか」がわかりづらく、加算条件すら読み解けません。
■バイアスだらけの要介護認定
介護サービスを受けるためには、まず「要介護認定」という手続きを経ることになります。この認定によって、対象者は「要支援1、2」および「要介護1~5」の7段階に分類され、どんなサービスをどこまで利用できるかが決まります。合理的に見える仕組みですが、現実にはさまざまなバイアスや遅延を生んでいます。
介護度の認定は、市区町村の調査員が訪問して行う聞き取り調査(74項目)と、コンピューターによる一次判定、さらに介護認定審査会による二次判定によって決定されます。
しかしこのプロセスには、利用者や家族が症状を「重く」申告したくなるインセンティブが潜んでいるのです。軽度の判定では使えるサービスが限られ、日常生活に支障をきたすからです。
逆に、施設側が高い介護度を望む理由もあります。介護報酬が増えるからです。
近年では、認定までの期間が長期化。法律では「30日以内」と定められているものの、2022年度の実際の平均は40.2日、最長では78日以上かかったケースもあるとされています。この遅延は、必要な介護が受けられない空白期間を生み出すことになっています。
■AI化で改善できる要介護認定のプロセス
こうした問題を受けて、政府の規制改革会議では「AIを活用した迅速な認定プロセス」への転換が提言されています。
私もこの点に複雑な問題の解決の糸口があると認識しています。実際、すでに一部の自治体では、認定調査票の矛盾チェックや簡易判定にAIを導入する実証が始まっていて、将来的に人間による認定を省略する方向も検討されています。これは好ましい方向だと思います。
AIが過去のデータベースを参照し、日々の状態をモニタリングしたうえでいまの本人に合った支援をリアルタイムに提案する。つまり認定に動的要素を持ち込む(極端にいうと、今日と明日で異なる決定になる)ということです。
こうした仕組みが定着すれば、制度全体を支えるコストも、現場の負担や利用者のストレスも大きく軽減されるはずです。
私はそれが理に適っていると思います。
現行制度のように、一度決まった要介護度が「固定された属性」、下手したら「固定した権利」として扱われかねないやり方はまずいと思うのです。
*1 厚生労働省「第220回社会保障審議会介護給付費分科会(web会議)資料」

----------

奥 真也(おく・しんや)

医師・医療未来学者

1962年、大阪府生まれ。大阪府立北野高校、東京大学医学部卒業。英レスター大学経営大学院修了。医師、医学博士、経営学修士(MBA)。専門は医療未来学、放射線医学、核医学、医療情報学。東京大学医学部附属病院22世紀医療センター准教授、会津大学教授を経てビジネスの世界に身を転じ、製薬会社、医療機器メーカー、薬事コンサルティング会社などに勤務。現在、東京科学大学医療・創薬イノベーション教育開発機構特任教授。著書に『Die革命』(大和書房)、『未来の医療年表』(講談社現代新書)、『世界最先端の健康戦略』(KADOKAWA)、『未来の医療で働くあなたへ』(河出書房新社)、『医療貧国ニッポン』(PHP新書)、『人は死ねない』(晶文社)、共著書に『死に方のダンドリ』(ポプラ新書)などがある。

----------

(医師・医療未来学者 奥 真也)
編集部おすすめ