育休や時短取得による人手不足が起きた場合、その負担が向きやすいのは誰か。拓殖大学教授の佐藤一磨さんは「育児による人手不足と仕事満足度について分析したところ、未婚・子どもなしの女性が最も大きい影響を受けていた。
しかし意外なところに、これに次ぐ影響を受ける存在があった」という――。
■「子持ち様」問題の実態を調べた調査はほとんどなかった
いま日本社会は、少子化や人手不足が深刻化する中で、子育て世帯をどう支えるかが大きな課題となっています。
その一方で、職場の現場では子育てに伴う負担のしわ寄せが問題視され、「子持ち様」という言葉が広まりつつあります。「子持ち様」とは、子どもがいることを理由に、職場で“しわ寄せ”を生んでしまう親を指すネットスラングです。
SNSでは「同僚が育休に入ったのに補充がなく、残業が倍増した」「子どもの体調不良で早退した人の仕事が全部こちらに回ってきた」といった声が投稿され、共感や反発を呼んでいます。
この反響を見ると、「子持ち様」問題は、単なるネットスラングではなく、少子化対策・働き方改革・企業の人材確保といった社会的テーマとも密接につながっていると考えられます。
にもかかわらず、その実態をデータで検証した調査はほとんどありません。
誰がどんな影響を受けているのか、実はよく分かっていないのです。
そこで筆者はデータを基に実際に分析を行いました。すると、意外な層が影響を受けていることが明らかになったのです。今回はその驚きの結果を紹介していきます。
■育児による人出不足がわかる貴重なデータを活用
今回の分析に使ったのは、独立行政法人 労働政策研究・研修機構(JILPT)が2019年に行った大規模調査『人手不足等をめぐる現状と働き方等に関する調査』です。
対象はなんと企業4599社と従業員1万6752人。かなりのボリュームです。
この調査の面白いところは、「人手不足が起きた理由」まで聞いている点です。選択肢の中には「育児のための休職や時短勤務の増加」という項目があり、まさに子持ち様問題を考えるうえでピッタリのデータだといえるでしょう。
子持ち様問題の仕組みをざっくり整理すると、①育児事情で一部の人が抜ける→②残ったメンバーに仕事が回る→③負担が増えてストレスがたまる、という流れです。そこで今回は、この①が起きたときに本当に③のストレスが生まれているのかどうかを、「仕事満足度」という指標を使って検証してみました。
■仕事満足度の低下が顕著なのは未婚・子どもなし女性
図表1の検証結果を見てみると、育児による人手不足が職場に起きたとき、誰の仕事満足度が下がりやすいのかが一目でわかります。結果はシンプルで、下がった場合を「マイナス」、そうでなければ「影響なし」と表示しています。
なお、仕事満足度には、「仕事をしていると活力がわく」「働きやすさに満足している」「仕事に自信がある」「人間関係が良好だ」「キャリア展望が描ける」「企業風土に好感を持てる」「楽しくないときでも努力を続けられる」といった7つの指標を用いました。
図表1から特に注目すべきは2点です。まず、女性では未婚で子どもがいない人において、仕事満足度の低下が顕著に見られたことです。育児に起因する人手不足が起きたとき、こうした女性は仕事上の強い不満を抱きやすい傾向にあります。

理由は想像に難くありません。子どもを持つ女性には家庭の事情を考慮して業務を頼みにくい一方、未婚・子どもなしの女性は時間的制約が少ないとみなされ、残業や休日出勤を任されやすいのです。結果として負担が集中し、不満が積み重なり、やがて「子持ち様」批判へとつながっている可能性があります。
■次に仕事満足度の低下が顕著なのは…
2つ目は、男性では既婚・子どもありの場合に仕事満足度の低下が顕著だったという点です。
正直、この結果は少し驚きです。子持ち様問題といえば女性が中心に語られることが多く、しかも「既婚・子どもあり」といえば女性ではむしろ負担を免れる側と考えられがちだからです。
ではなぜ男性では逆の傾向が出たのでしょうか。その理由の一つが管理職という立場にあります。既婚で子どもがいる男性ほど管理職の割合が高く(図表2)、人手不足が起きれば調整役として対応に追われる。その結果、負担感が増し、仕事への満足度が下がってしまった可能性があります。
実際にデータを分けてみると、管理職の男性では非管理職に比べて満足度の低下がより大きいことがわかりました(図表3)。つまり、子持ち様問題は女性だけの話ではなく、男性管理職にも確実に影響を与えているといえるでしょう。

■子持ち様問題が起きるメカニズム
ここからは「子持ち様問題」がどうやって起きるのか、そのメカニズムを見ていきましょう。
ポイントはシンプルで、育児による人手不足が発生すると、その分の仕事が周囲に回り、労働時間や負担がじわじわ増えていく――という流れです。では、本当にデータでも確認できるのでしょうか。
そこで登場するのが図表4です。この調査では、人手不足が起きたときに具体的にどんな問題が発生しているのかを聞いています。育児が原因のケースに絞って見てみると、一番多かったのは「残業時間の増加、休暇取得の減少」。続いて「離職者が増えた」「働きがいや意欲が下がった」といった声も目立ちました。
つまり、育児による人手不足は単なる“残業が増える”にとどまらず、職場のモチベーション低下にまでつながっている。これが積み重なれば、仕事満足度は下がり、「子持ち様批判」という形で不満が噴き出してしまうのも当然だと言えるでしょう。
■慢性的な人出不足が離職者を増やした可能性あり
「育児で人手不足になるとやる気が下がるのはわかる。でも、それで本当に辞める人まで増えるの?」――そう疑問に思う方もいるかもしれません。
この点を補足するために人手不足がいつから始まったのかという点を見ていきたいと思います。

図表5は育児に起因した人手不足がいつから発生しているのかを示しているのですが、最も大きな値を取っているのは、2年超5年以内です。つまり、ちょっと前から始まった一時的な問題ではなく、何年も慢性的に続いているケースが多いということです。
人手不足が長引けば、残業は常態化し、職場の雰囲気も悪化します。その結果、「もう限界」と感じて離職する人が増えていく――そんな悪循環が起きていた可能性が高いでしょう。
■子持ち様問題は職場の構造的問題
今回の分析で見えてきたのは、「子持ち様問題」が単なる職場の愚痴ではない、ということです。
影響を受けているのは未婚・子どもなしの女性だけではなく、既婚で子どもを持つ男性管理職にも及んでいました。背景には、育児による人手不足が長期化し、そのしわ寄せが特定の層に集中している現実があります。残業が当たり前になり、気づけば「負担役」が固定化してしまうのです。
つまり子持ち様問題とは、一部の人が感じる不満の話ではなく、職場全体の働きやすさや人材の定着を左右する「構造的な課題」なのです。放置すれば、やる気の低下や離職の増加といった深刻な問題につながりかねません。
では、どうすればいいのでしょうか。まずは欠員をカバーできるよう短期的な人員補充の仕組みを整えることです。
さらに、テレワークや時差勤務といった柔軟な働き方を広げ、業務分担を見直して負担が一部に集中しない仕組みをつくることが大切です。
子持ち様問題を「子育て世帯 vs 非子育て世帯」の対立構図で終わらせるのではなく、社会全体でどう支え合えるかを模索する。その姿勢こそが、未来の持続可能な働き方を実現するカギになるのではないでしょうか。

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佐藤 一磨(さとう・かずま)

拓殖大学政経学部教授

1982年生まれ。慶応義塾大学商学部、同大学院商学研究科博士課程単位取得退学。博士(商学)。専門は労働経済学・家族の経済学。近年の主な研究成果として、(1)Relationship between marital status and body mass index in Japan. Rev Econ Household (2020). (2)Unhappy and Happy Obesity: A Comparative Study on the United States and China. J Happiness Stud 22, 1259–1285 (2021)、(3)Does marriage improve subjective health in Japan?. JER 71, 247–286 (2020)がある。

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(拓殖大学政経学部教授 佐藤 一磨)
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