■1990年代以来の「物々交換」復活
ウクライナ戦争に全力を傾けるロシア。国際的な経済制裁は2022年から続いており、ロシアの経済的地位は目に見えて低下した。
国際銀行間通信協会(SWIFT)は2022年、一部ロシア銀行を国家間の送金ネットワークから排除。これによりロシア企業の取引に大きな影響が出ている。今や物々交換が頼みの綱となった。
ロイター通信が9月15日に報じた内容によると、ロシア企業は西側の制裁を回避するため、「昔ながらの物々交換」を復活させている。
ある取引では中国車の輸入にあたり、ロシアは小麦を現物で支払っている。中国のパートナー企業が中国国内で人民元を支払って車を購入し、ロシア企業はルーブルでロシア国内から穀物を調達。その後、両企業が小麦と車を交換した。
ほか、亜麻の種が中国製の家電製品や建築資材と交換された例が2件確認されている。
ロシア税関の声明によると、さらに別の取引では、金属を中国に輸出して機械製品と交換したり、中国が提供するサービスに対して原材料を送付して支払いに充てた例がある。さらに、ロシアの輸入業者がアルミニウムを購入して中国企業へ送り、支払いの代わりとした事例が確認されている。
■二次制裁に巻き込まれたくない中国銀行
決済市場の関係者は匿名を条件にロイター通信に対し、「中国の銀行は二次制裁の対象となることを恐れているため、ロシアからの送金を受け付けない」と語った。物々交換のシステムにより、ロシアからの直接的な金銭の受け取りを回避できるという。
ロイター通信が8月18日付で報じた内容では、枠組み構築の経緯が明らかになった。
中国の海南龍盤油田技術有限公司が、制裁を回避する「革新的な協力モデル」を提案。同社のシュー・シンジン氏はカザン・エキスポ・ビジネスフォーラムで、「これは現在の限られた決済条件下で、ロシアとアジア地域の企業に新たな機会を提供する」と主張した。同社は、船舶用エンジンをロシアに送り、引き換えに特殊鋼材やアルミニウム合金を受け取っている。
ロシアは昨年からすでに、中国との物々交換取引について協議していたと、当時の関係者がロイター通信に語った。この人物によると、物々交換は比較的価格設定が容易な金属や農産物の取引を中心に多用されているという。
■ひよこ豆2万トンとコメを交換、政府も物々交換を推奨
ロシアは昨年、すでにパキスタンとの物々交換を行っている。
ブルームバーグが昨年10月に報じた内容によると、ロシア交易企業のアスタルタ・アグロトレーディングは、西側の制裁で越境決済が困難になった対策として、パキスタン企業と物々交換契約を締結した。
ロシア国営のタス通信によると、モスクワで開催されたパキスタン・ロシア貿易投資フォーラムで署名された協定に基づき、ロシア側はパキスタンに2万トンのひよこ豆を供給し、パキスタンのメスケイ&フェムティー・トレーディング・カンパニーは同量のコメをロシア側に提供する。
さらにロシア側は、ミカンなども物々交換で入手したい意向だ。1万5000トンのひよこ豆と1万トンのレンズ豆を供給する代わりに、パキスタンから1万5000トンのミカンと1万トンのジャガイモを受け取る計画としている。
ロイターによると、ロシア経済発展省は2024年に「外国物々交換取引ガイド」と題する14ページの文書を発行している。ロシア企業が制裁を回避する手段として、物々交換を導入する方法を指南する内容だ。
文書は「外国貿易で物々交換取引を用いることで、国際取引を必要とすることなく、外国企業と商品やサービスを交換できる」と述べ、制裁下ではこの方法が有効だと強調している。文書はさらに、物々交換取引所の機能を請け負う取引プラットフォームの創設まで提言している。
ウクライナの独立系英字メディア、キーウ・ポストは、ロシア・アジア産業起業家連合のマクシム・スパスキー事務局長の発言に注目。スパスキー氏は「物々交換が増えているのは、脱ドル化、制裁圧力、パートナー間の流動性に問題があることの兆候だ」と語り、今後物々交換の量はさらに増加する可能性が高いと述べている。
■国際送金システムからの排除が利いている
こうした前時代的な物々交換にロシアが陥った原因に、ロシアの銀行がSWIFT決済システムから切り離されたことが挙げられる。
ロシアの対外貿易で物々交換が導入されるのは、1990年代以来初となる。
ロシアは1990年代、ソ連崩壊後の経済的・政治的混乱の中で、急激なインフレと慢性的な資金不足が進行。広くロシア全土の企業が、現物での支払いを受け入れざるを得なかった。
ロイター通信は、物々交換が当時、経済の混乱に拍車をかけたと指摘。電気や石油から、小麦粉・砂糖・ブーツといった日用品に至るまで、あらゆるものについて膨大なパターンの“交換価格表”が出現。価値設定が複雑化する一方、混乱につけ込んだ一部の人々に莫大な富が集中したという。
■財政赤字は8月までに年間目標を超過した
物々交換と並んでロシア経済に混乱をもたらしているのが、景気の冷え込みだ。
ロシア経済は国際的な制裁にもかかわらず、政府が支出する戦費を原動力とし、2年以上にわたり急成長を続けてきた。しかし今、その成長は急速に鈍化している。
米議会が出資するラジオ・フリー・ヨーロッパ/ラジオ・リバティが取りあげるデータによると、今年の第1四半期、GDPは前四半期比0.6%縮小した。2022年にロシアが侵攻を開始し、西側の制裁と外国企業の撤退により経済が1.4%縮小して以来、初めての縮小傾向となる。
ロシアのアントン・シルアノフ財務相はプーチン大統領に対し、経済成長率はわずか1.5%に留まると警告。
財政赤字は8月末までに4兆1900億ルーブル(約7兆3000億円)に達し、すでに政府の年間目標を超えている。制裁、石油価格の低下、ルーブル高が重荷となった。
ロイター通信は8月、匿名の関係者の話として、増税は避けられないと報道。ロシアのビジネス誌『ザ・ベル』によると、官僚らは国の付加価値税(消費税に相当)を2ポイント引き上げ、22%とする案を検討しているという。
■ガソリン価格30%上昇、市民生活を直撃
経済状況の悪化は、ロシアで暮らす市民の生活を直撃している。
モスクワ地域に住むタジク人移民のサイードさんは、タクシー運転手として生計を立てている。ラジオ・フリー・ヨーロッパの取材に対し、「ガソリン価格が最近数週間で30%以上跳ね上がりました。1リットル45ルーブルから、60ルーブルになったのです」と語った。
結果として、日々の手取り収入は以前の4分の3にまで減少。「働いて、家賃を払って、ガソリン代を払う。そうするともう、何も残りません」と嘆く。
モスクワだけでなく、多くの地域で燃料不足と価格高騰が広がっている。
同メディアはモスクワの大手タブロイド紙の8月の報道を引用し、「ロシアは本格的な燃料危機の瀬戸際にあるようだ」と報じた。ウクライナ軍が石油関連施設に標的を絞ったドローン攻撃を展開しており、これ受けてロシアの精製能力は、最大17%が失われた。
■立場逆転、中国の「経済衛星」と化したロシア
ロシア経済の弱みは、石油関連に留まらない。対外貿易で中国依存が強まった結果、かつて中国を技術でリードしていた立場はすっかり反転した。
ニューヨーク・タイムズ紙が今年7月に報じた内容によると、中国・内モンゴル自治区の国境都市・満州里市では、シベリアの木材を積んだ列車が次々と中国側に入ってきている。家具の部品や箸に加工するためだ。
ロシアから運ばれてくるのは、建設用の松材、箸用の白樺、コンクリート枠組み用のアスペン、炭鉱支柱用の頑丈なニレなど。また、トラックで運ばれてきたロシア産の菜種は、キャノーラ油に加工される。
こうした状況を踏まえ同紙は、ロシアが「機能的には中国の経済衛星」に成り下がったと指摘。ロシアは完成品の輸入元を中国に強く依存する一方で、中国がロシアから輸入している材料は、他国へと調達先を容易に切り替えることが可能だ。実際、ロシアの全経済の約6%が対中輸出で占められており、これはイランなど制裁下にある国と同じく高い水準となっている。
中ロ間の貿易額は昨年2400億ドル(約35兆5000億円)を超え、ロシアがウクライナに侵攻した2022年2月と比べて3分の2も増加した。中国はロシアの石油、木材、石炭の最大の買い手となり、間もなく天然ガスでも最大の買い手になる見込みだ。一方、ロシアは衣料品、電子機器、さらには自動車まで中国に依存している。中国からロシアへの輸出は、ウクライナ戦争開始以来71%も増加した。
満州里市は公式の経済戦略として、「ロシアが供給し、中国が加工する」の方針を掲げる。これはロシアが、中国の巨大な製造業セクターに原材料を供給する立場に成り下がったことを如実に示している。
■戦費増大と制裁の二重苦、プーチン政権のジレンマ
ウクライナ戦争をあくまで続けるロシアだが、綻びは徐々に拡大しつつある。
2月、英フィナンシャル・タイムズ紙は戦費が前年比42%増の13兆1000億ルーブル(約23兆1000億円)に達したと報じており、国民の負担は増すばかりだ。これに加えて国際取引の制限が企業の痛手となっているが、侵攻を正当化してきたプーチン政権だけに、容易な撤退は選択肢に挙げづらい。
物々交換という前時代的な取引手法への回帰は、ロシア経済の苦境を象徴的に示している。小麦と中国車、ひよこ豆とコメといった原始的な交換取引は、世界第2位の軍事大国としての威信とはあまりにもかけ離れた惨状だ。
中国への経済的依存もまた、ロシアの地位低下を物語る。かつてソ連が技術援助を行った中国に、今や原材料供給国として従属する立場となった。ニューヨーク・タイムズ紙が指摘するように、世界の製造品の32%を生産する中国に対し、ロシアのシェアはわずか1.33%に過ぎない。この圧倒的な差は、力関係で下位に立ったロシアの「今」を象徴している。
制裁回避の試みは一定の成功を収めているものの、それは根本的な解決にはならない。物々交換への依存は、むしろロシア経済の脆弱性を浮き彫りにしている。正常な国際金融システムから切り離された国の末路を、我々は目の当たりにしている。
プーチン政権は「経済より戦争」という選択をした。しかし、その代償は想像以上に大きい。民間経済は疲弊し、国民の生活は困窮している。戦争の長期化とともに、状況はさらに深刻化するだろう。ロシアが直面しているのは、国際社会からの経済的孤立と国力衰退という、避けがたい現実である。
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青葉 やまと(あおば・やまと)
フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。
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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)