アメリカの音楽市場で、CDの売り上げが伸びている。スマホで簡単に音楽が聴けるにもかかわらず、CDの売り上げは1999年のピーク以降初めて2年連続で増加した。
1980年代に日本で発祥したCDの価値が今、世界で再び注目されている――。
■右肩下がりのCD市場が2年連続で成長
ストリーミング配信全盛の昨今、CDはいわば「懐かしのメディア」との印象すら強い。だが、CDデッキにディスクを挿入して再生を待つあの興奮が、徐々にではあるが世間に戻りつつある。
アメリカレコード協会(RIAA)が今年発表した年次レポートによると、昨年2024年のCD販売は3290万枚、売上高5億4110万ドル(約800億円)に達し、前年から0.7%増加した。増加幅はわずかではあるものの、1999年に記録したCDのピーク販売期以来、初めて2年連続の成長という極めて稀な動向となった。一昨年の2023年も前年比で1.5%増を記録している。
好調のCDは、急激に落ち込むデジタルダウンロードの販売数と好対照だ。主に聴き放題契約となるストリーミング配信とは異なり、1曲あるいはアルバム単位で購入する買い切り型のデジタルダウンロードは、急速な減少傾向にある。
かつて「CDキラー」と呼ばれたダウンロード販売だが、同協会のデータによると2024年に総額3億6970万ドル(約547億円)となり、前年比14.9%も落ち込んだ。単曲ダウンロードは19%減の1億2210万曲、アルバムは17.7%減の1680万枚。ダウンロード市場と比較すると、CD市場は5割ほど大きい。
■レコードも好調、「CD回帰」がはじまった
物理メディア全体を見ても、潮目は変わった。
2024年の総売上は20億1450万ドル(約2979億円)で、前年比5.4%増。成長の主力はビニールレコード(一般的なレコード盤)で、14億4290万ドル(約2133億円)と全体の7割を占める。CDも5億4110万ドル(約800億円)と無視できない規模だ。
周知の通りCDはコンパクト・ディスクの略であり、日本のソニーとオランダのフィリップスが共同開発。1982年、世界に先駆けて日本で最初に発売された。全米日刊紙のUSAトゥデイは、「クリアで鮮明なデジタル音楽再生」を可能にするCDが、「録音音楽の売上を新たな高みへと押し上げた」と、その革新性を振り返る。
登場から約40年が経った2024年、ストリーミングは148億7770万ドル(約2兆2000億円)と音楽市場全体の84%を占め、有料サブスクリプション数は史上初めて1億件を突破した。一方、好調なデジタル配信と並び、ストリーミング化で失われた古き良き音楽体験を愛する人々が、CDに回帰している。
■「アルゴリズムの押し付け」では得られない魅力
音楽をこよなく愛するファンたちは、具体的にどのような美点をCDに見いだしているのか。
ニューヨーク・タイムズ紙の製品レビュー部門「ワイヤーカッター」で30年以上音響機器をレビューしてきたブレント・バターワース氏は今年7月、「25年ぶりに初めて新品のCDプレーヤーを買った理由」との記事を公開。CDと再会したことで、自分で曲を選ぶ主体性を取り戻せたと語る。
久々にCDプレーヤーを購入した理由について彼は、「レコードショップで(物理的なCDメディアの)新しい音楽を発見する方が、ストリーミングサービスのレコメンド(おすすめ)に従うよりも好きだと気づいたのです」と説明する。

バターワース氏にとって、かつてマンハッタンの中古CDショップで「宝探し」をしていた日々は、自身の意思で好みのアルバムを選りすぐる、音楽との主体的な出会いの場だった。「マンハッタンのセント・マークス・サウンズの中古コーナーが、新しい音楽にアクセスする唯一の手頃な手段だった」という。
店頭へ足を運ぶ日々は不便ではあったが、数あるディスクをかき分けてときめくジャケットに出会う瞬間は、かけがえのないものだったことだろう。時は経ち、ストリーミングへの切替で便利にはなったが、AIが選択する次の曲が無限に垂れ流されるように。選択する喜びが奪われていった、と彼は振り返る。
同様の声は、イギリスでも聞かれる。フリーランスライターのリッチ・ペリー氏は、ストリーミング疲れに辟易していたという。英ガーディアン紙に、「(ストリーミングアプリの)Spotifyはまるで、私よりも音楽についてよく知っていると思い込んでいる音楽スノッブ(他人を見下す人)と話しているようだった」と吐露する。
アルゴリズムによる推薦は最初は便利に感じたが、次第に独善的で押し付けがましさすら感じるように。いつしかリコメンドも、彼の趣味から逸れていったという。
■東京・渋谷に健在のCD文化に米紙が驚いた
このように海外の音楽愛好家たちは、古き良きCDの良さに立ち返りつつある。一方で、日本の音楽市場ももともと、CDへの愛着の強さでは欧米諸国に負けていない。

ビリー・ジョエルの『ニューヨーク52番街』が世界初の商業用CD作品として1982年に日本で発売されて以来、日本市場はCDの可能性を最も深く理解し、その文化を育ててきた。
現在から遡ること11年前の2014年、ニューヨーク・タイムズ紙は、世界第2位の音楽市場である日本において、依然として売上の約85%をCDが占めていると報じていた。他の先進国では当時すでに、CDが占める割合が20%程度まで落ち込んでいたのと好対照だ。
同年、ニューヨーク・タイムズ紙が日本の音楽市場を詳細に取材した時、記者たちが向かったのは渋谷のタワーレコードだった。アメリカでは2006年、同チェーンの全89店舗が閉鎖され、もはや過去の遺物となっていた。日本では2014年当時も、そして現在も盛況だ。渋谷にそびえる旗艦店を訪れた同紙記者は、雨の日曜日の午後だったにもかかわらず、買い物客でごった返していたと驚く。
日本ではまた、アイドルグループAKB48が開拓したような販売戦略も生まれた。握手会などイベントの参加券をCDに封入することで、ファンは同じアルバムを何枚も購入する。新作CDは3000円以上という高価格で販売され、多数の曲を好きに選択できるストリーミングよりも見方によってはかなり割高だが、それでも売れ続ける。デジタルの利便性よりも、物理的な所有の満足感とイベント体験を重視する日本において、CDは支持され続けた。
■テイラー・スウィフトがCDの販売数を伸ばした手法
そして現在、海外でもアーティストたちが再び、CDの販売を強化している。

代表例と言えるのが、「デジタル時代のクイーン」とも呼ばれるテイラー・スウィフトの販売戦略だ。彼女はアーティストとして卓越するだけでなく、自らの楽曲の版権を直接管理するなど、販売・流通戦略に関して先進的な試みを重ねていることで知られる。
USAトゥデイは2023年時点で、彼女の2022年作『Midnights』のCD販売枚数が64万枚に及んでいると報道。ビニール・レコードも94万5000枚売れ、カセットテープは1万4000枚を販売した。Spotifyで1曲をリリースすれば数十億回再生されるアーティストだが、こうして物理メディアへの販売も意欲的に推進している。
物理メディアの販売加速にあたり、スウィフト氏はどのような施策を仕掛けたか。米大手カルチャー誌のバラエティは2024年、スウィフト氏が同一アルバムを複数のジャケットでリリースしていると報道。ケースのカラーやカバー写真が異なるバージョンを用意し、ファンのコレクター心をくすぐった。1人が複数枚を購入するよう仕向ける、巧みな誘導だ。この仕掛けについて同誌は、J-popやK-popが従来得意としてきた施策だと分析している。
一方、スウィフト氏には及ばない無名のアーティストたちにとっても、CDは生命線だ。カンザスシティのインディーバンド「Radkey」のベーシスト、アイザイア・ラドク氏は、USAトゥデイに対し、ツアーの現実を率直に語った。

「ライブ会場でのグッズ販売は、いつも頼みの綱です。(収益で)ガソリン代やホテル代、そういった支出をまかなうことができますから」
ストリーミングの再生回数だけでは生活できない彼らにとって、手売りのCDは創作活動を続けるための貴重な命綱となっている。「CDはまだかなり好調で、ある意味では復活してきています」と彼は実感を語る。
■CDで「1曲1曲に胸躍る時間」を取り戻す
CDを1枚購入すれば、愛着のある音楽を手元に置いておくことができる。こうした原初的な所有欲を満たしてくれることも、ストリーミングにはない強みだ。
需要に応え、CDプレーヤーも進化を遂げている。ニューヨーク・タイムズ紙が紹介した新製品「Syitren R300」は、100ドル(約1万5000円)以下という手頃な価格でありながら、Bluetooth送信機を内蔵。内蔵バッテリーで9時間の連続再生が可能だ。
ストリーミングならば月額1000円程度で数千万曲を視聴できるが、所有している感覚は薄い。サービスが終了すれば、心血を注いで育て上げたプレイリストも消えてしまう。手の込んだアートワークを所有する喜びや、店頭で物理的なメディアを手に取って選ぶ楽しみなど、CDならではの良さはこれからも消えることがないだろう。
CDはかつて、音楽と向き合う独特で心地よい時間をもたらしてくれた。
スロットの奥へとディスクが消え、銀盤が回り始めると、待ちかねたコーラスがデッキから流れ出す。ライナーノーツにしたためられたアーティストコメントを頼りに、歌詞の意味をおぼろげにイメージしながら、楽曲の世界へと没入。忘れた頃に流れ出す隠しトラックも、心を躍らせてくれた。
ストリーミングが捨て去ったこうした原始的な体験が今、静かなCDブームを通じて人々の胸を再び高鳴らせている。

----------

青葉 やまと(あおば・やまと)

フリーライター・翻訳者

1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。

----------

(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)
編集部おすすめ