■理科も社会も「暗記だけ」では太刀打ちできない
中学受験では国語と算数が重要科目とされ、理科・社会の勉強は軽視されがちだ。実際、塾の授業も国語と算数に比べてコマ数が少ない。また、これらの科目はテスト前に暗記をすれば何とかなると思われやすい。しかし、昨今の理社入試は単に知識を問うだけの問題はほぼ出題されない。暗記だけで乗り切ってきた親世代は、無責任に「ちゃんと覚えておきなさいよ」と言うが、知識を暗記するだけの学習では太刀打ちできない内容に変わっていることをぜひ知っておいてほしい。
まず、以前よりもテスト用紙の枚数が増大している。例えば理科入試の難しさで知られている渋谷幕張中では、10枚以上ものテスト用紙が配られる。大問1つに対する説明文はとてつもなく長く、大人でも怖じ気づきそうになるレベルだ。さらに各問題にはデータとしての資料や図、説明のイラストなどが入り交じる。
これをたった40分で読み解き、設問に沿った回答を提示しなければならない。しかも、回答は「なぜそうなのか?」という因果関係を書かせる記述であったり、複数の選択肢(しかもそれも長文)の中から、即座に正しい答えを見つけなければいけなかったりする。
つまり、親世代が知っている入試問題とは大きくかけ離れているということだ。もともと麻布中や栄光中などの難関校ではこうした傾向があったが、今は偏差値50レベルの学校(四谷大塚偏差値)でも、問題文の長文化、複数の資料の読み取り、記述回答が主流になりつつある。
■大学入試の変化が中学入試に反映されている
では、なぜ学校はそのような問題にシフトチェンジしているのか?
まず、大学入試の内容がそのように変わってきていることが大きい。知識を記憶しておくことや、素早く解くといった処理能力は、今はAIに勝るものはない。それよりも、人間にしか持つことができない好奇心や創造力、問題解決力を育んでいこう、という流れが、大学入試の中身を変え、中学入試にも反映されつつある。
知識を丸暗記し、入試対策用の問題ばかり解いてきた子はもういらない。それよりも、日頃から世の中で起きていることや自然現象に興味や関心を持ち、自分事として考えようとする子に入ってきてもらいたい。その素地を見極めるために、入試の中身を変えてきているのだ。そのため、塾の授業で習ったことやテキストの内容がそのまま出されることはない。学校によっては、塾では習ったことのない初見の問題が出題されることもある。
■合否の分かれ目は「自分の力を信じられるか」
だが、問題文を読み進めていくと、所々にヒントが隠されていたり、実は塾で似たようなことを学んでいたりすることに気づく。つまり、これまでの学習履歴・生活履歴を駆使すれば解けるように導かれているということだ。
こうして見てみると、入試問題はその学校の最初の授業ともいえるかもしれない。これまでは「あなたはこの知識を知っていますか?」という問題だったのが、「あなたはこの授業についていくことができますか?」「この授業を面白がれる好奇心はありますか?」と問うているように感じる。
■まずは授業の聞き方を変える
では、こうした問題が解けるようになるには、どのような学習をしていけばいいのか?
まず、授業の聞き方を変えることだ。これまでの授業は、先生の話を聞き、大事なポイントを覚えるというものだった。でも、これからはポイントだけ押さえればいいという聞き方ではなく、雑談を含め、先生の話を最初から最後までしっかり聞き、因果関係に意識をおきながら、自分に引き寄せて考え、学ぶという姿勢が大事になってくる。
例えば、先生が素材による熱の伝わり方についての説明をしていたら、「そういえば、夏の暑い日、木製のベンチに座ったときは温かかったけれど、鉄製のベンチに座ったときは、びっくりするほど暑かったな。素材によって熱の伝わり方が違うというのは、ああいうことをいうのかもしれないな」と自分の経験と照らし合わせて考えられる子は、「なるほど、そういうことか!」と納得感のある理解が得られ、自分の知識として定着しやすい。
授業の後は、どの塾でも宿題が出される。テキストの中の演習問題を解くといった内容になりがちだ。多くの子は家に帰ってからすぐ、忘れないうちにその宿題に取り組むだろう。
■人に説明することが復習になる
授業が終わった後に、真っ先にやってほしいのは、宿題ではなく、その日の授業の振り返りだ。振り返りは親子の会話の中でできる。今日はどんなことを習ったのか? 授業中、先生はどんな話をしてくれたか? そのときの周りの子どもたちの様子など、些細なことでもいいから、子どもに話してもらう時間をつくる。そうやって、その日の授業を頭の中で再現させ、人に説明することで、復習ができる。
それから、その単元のテキストをしっかり読む。新しい単元の表紙のページやコラムなどは、一見授業とは関係のないことのように思うが、実はその中に面白い話や大事なポイントが書かれていたりするので、必ず目を通すようにしてほしい。そうやって、テキストを隅々まで読んだ後に、改めて大事なポイントを押さえ、宿題に取り組む。
そうすれば、ポイントとなる大事な知識はもちろんのこと、その周辺の情報に至るまで吸収することができる。塾で習ったことがそのまま出るのではなく、「そういえば、過去に似たようなことを学んだな。その知識を活かせば、解けるかもしれない」と感じさせる今の入試問題は、こうした些細な知識が解くためのヒントになることが多い。
■知識を理解する助けになるのが「身体感覚」
昨今、入試の中身が大きく変わっているにもかかわらず、塾では相変わらず、理社の授業コマ数は少ない。週1回の授業で教えられることなど限られている。そのため、それ以外のことはテキストを読んで補っていく必要がある。
また、理科や社会といった科目は生活がベースになっている。小学生の子どもにとって、生活の中心は学校と家庭だ。子どもに何か新しい知識を与えるとき、理解の助けになるのが身体感覚だ。子どもは自分が経験したことは身体感覚として残り、その経験と知識をつなぎ合わせることで理解を深めていく。この身体感覚がないまま、ただ知識を覚えさせようとしても、しっかり根が張っていない木に実を付けさせようとしているのと同様に、ぽたぽたと知識の実が落ちてしまう。しっかり自分の知識にするには、その土台となる根っこの部分をきちんと育てていく必要があるのだ。
■「ブランコ問題」が出る理由
中学受験の理科入試の定番に、ブランコ問題がある。ブランコを題材にした振り子の問題だ。ブランコを使った振り子の問題はいろいろな切り口があるが、よく出題されるのは、「ブランコを漕ぐときに、どうやったら漕ぎ幅を大きくできるか」というもの。
これは振り子の長さが立つことによって短くなるからだ。一番高いところではふわっと浮いて止まった感覚があり、一番低いところではスピードが速く感じる。あの「感覚」を知っているかがとても大きい。
社会なら、どれだけ日々の暮らしが自分事になっているかが重要になる。例えばスーパーに買い物に行ったとき、ただ親の後をついていくのと、いろいろなことにアンテナを張れる子とでは大きな差を生む。野菜コーナーに行けば、旬の食材を感じられるし、この食材がどこで作られ、どこから運ばれて来たかが分かる。こうしたことを子どもだけで感じ取るのは難しいので、ここは親の声かけが必要になるだろう。
■理科や社会は「毎日の生活」が大切
このように理科や社会は、学校や塾の勉強以前に、毎日の生活そのものが大切になってくる。理科入試でブランコ問題が多く出題されるのも、社会入試で世の中のさまざまな問題が扱われるのも、「あなたはこれまでどんな生活を送ってきましたか?」「どんなことを経験し、どんなことに興味関心を持ち、どんなことを考えましたか?」と、生活履歴を問うているともいえる。
国語と算数に比べて、理科と社会は配点が小さい学校が多く、知識の丸暗記で乗り越えられると思われがちだ。そのため、多くの親は、これらの学習に時間をかけず、「ちゃんと覚えておきなさい」と言っておしまいになりやすい。
しかし、昨今の入試で求められるのは、知識そのものではなく、「なぜそうなのか?」といった原因や因果関係だ。こうしたことに意識を向けるために欠かせないのが興味関心、つまり好奇心だ。それを育んでいくのに家庭の力、すなわち親の関わりが重要なのだ。理科・社会こそ、親がしっかり向き合ってあげてほしい。
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西村 則康(にしむら・のりやす)
中学受験のプロ家庭教師「名門指導会」代表/中学受験情報局 主任相談員
40年以上難関中学受験指導をしてきたカリスマ家庭教師。これまで開成、麻布、桜蔭などの最難関中学に2500人以上を合格させてきた。新著『受験で勝てる子の育て方』(日経BP)。
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(中学受験のプロ家庭教師「名門指導会」代表/中学受験情報局 主任相談員 西村 則康 構成=石渡真由美)