■“毎日、どうやって通うのか”をイメージする
こども家庭庁によれば、保育所や幼稚園、学童保育などで子どもが大けがなどをした事故が、2024年の1年間で3190件にのぼった。これは事故の報告が義務化された2015年以降、過去最悪の数字だ。
『』(幻冬舎)などの著書を持つ社会福祉法人みなみ福祉会理事長・近藤敏矢さんに、保護者が確認すべき“こんな保育園なら安心”という基準を聞いた。
6つの保育施設を運営している近藤さんは、名古屋大学大学院情報工学専攻修士課程修了後、研究者としてNTTにて5年間、業務に従事した。その後、家業である保育園を継ぐことになった近藤さんが着手したのは、ペーパーレス化、経理システムの独自開発など業務のデジタル化だった。また、経営コンサルタントを活用して積極的な改革を推し進めるなど、その敏腕ぶりで知られる。
近藤さんはまず、保育園という業態の特殊性についてこう話す。
「いま、いろいろな情報が溢れていて、『あそこの保育園はやばい』『あそこの教育はいいらしい』という声を耳にすることがあると思います。
実際に保護者が入園を検討するとき、施設見学をすることもあるが、過度な“見学主義”に対して近藤さんは首を傾げる。
■保育園をいくつも見学する余裕はない
「自治体によっては、入園希望の施設を5つまで記入できる場合があります。待機児童問題以降、保活(保育園探し、入園活動)などと呼ばれて激化しているからかもしれません。ただ、率直に言って本当にそんなに見るのだろうか、とは思います。そもそも子どもを保育園に入れるご家庭は、共働きであるなど、ご家庭で長時間みるのが難しいさまざまな理由があるはずです。そうした忙しい人たちに対して、5つ希望を出させて比較させること自体、不親切だと私は感じるんです」
とはいえ保護者の目線に立てば、不適切保育が行われている施設にわが子を預けたくないのは言うまでもない。見学を重ねる気持ちも理解できよう。だが近藤さんは「保育における適切/不適切の基準は、時代によって異なる」と指摘する。
「不朽の名作『おしいれのぼうけん』は、子どもが先生に叱られて押入れに入れられるところから話が始まるわけですが、現代では不適切保育でしょう。時代の流れにくわえて、保護者個人の背景――たとえば夫婦関係がうまくいっていない、産後うつの問題を抱えている――がある場合も多く、あるいは保護者と保育士の関係性によっても大きく異なります。
現代において“殴る、蹴る、逆さ吊りにする”などの行為はいかなる理由があっても不適切保育であるといえますが、実際のところ、保育士のなかにそれを行う人間が多いかといわれれば、かなり少数の異分子だと言わざるを得ません。基本的に、保育士になる人は若いときからこの職業を目指して勉強した、熱心な人たちです」
■「見守りカメラ」があるかどうかをチェックする
実際、近藤さんの運営する園においても、“不適切保育”の烙印(らくいん)を押して詰め寄る保護者が過去にいたと話す。
「保護者とともに遠足へ行き、広い公園につきました。保護者と子どもの時間を設けたのですが、そこで保護者同士が話し込んでしまい、そのすきに子どもが高い場所から落ちて骨折してしまったことがあったのです。『不適切保育ではないか』と激怒されていましたが、当日の状況や事故には保険が下りることなどを説明すると、納得されました。
このように、保護者が何を不適切保育とするかは、恣意(しい)的な部分が強いともいえます。もちろん、すべての保護者が保育園に不当なレッテルと貼っているはずもなく、正当な訴えもあります。大切なことは、それらを可視化できる設備があることです」
この“可視化できる設備”こそ、保育園見学の際に見逃してはいけない注目ポイントだという。
「園庭に見守りカメラが設置してあるかどうかは、一定の基準になり得ます。まず単純に、園児同士のトラブルや保育士からの不適切保育があったかどうかを検証しやすいわけです。
■“死角をなくす姿勢”の保育園は期待していい
ニュースになるような不適切保育がおこなわれている場合には証拠映像を検証することができる。だが他にも、こんな使い方があるという。
「保護者の保育園に対する信頼はとても大切です。しかし園児が必ずしも本当のことだけを話すとは限りません。なかには、保護者からの気を引くために、事実と違うことを口走ってしまう子もいるんです。弊法人の施設でも、過去に『先生にぶたれた』『先生に無理やり給食を口に突っ込まれた』という訴えをした園児の保護者から相談を受けた経験があります。そうした行き違いをなくすためにも、見守りカメラは重要な役割を果たすのではないかと私は考えます」
利便性は理解できる一方で、子どもをカメラで“見守り”することに一定の抵抗を示す保護者もいるのではないか。それに対して、近藤さんは極めて論理的に話す。
「もちろん、そうした抵抗感を示す人はいます。ただ、何よりも重要なことは安全管理も含めた子どもの保育にリソースを割けるかという点です。保育士ひとりで見渡せる範囲にはどうしても限界がありますし、不適切保育や保育事故などのほとんどは死角で発生します。
■「手書きの連絡帳=愛情」をうたう保育園には注意
「似た話ですが、連絡帳の問題もあります。たとえば『連絡は絶対に電話か連絡帳で』という方針の園には疑問を感じます。『手書きによる愛情』という美点が盛んにクローズアップされますが、保護者と保育士という大人同士のやり取りにおいてICT化をしない理由は何でしょうか。
手書きは時間的コストが非常にかかる手段であり、膨大な業務時間になります。その時間を短縮して保育に充てるほうがよほど子どもに対する『愛情』だと私は思います。またデバイスでの連絡が不可であれば、日曜日の夕方に子どもが発熱してしまった場合、保護者が月曜日の朝に連絡をすることになります。デバイスならばすぐに連絡できて情報共有が可能なのに、結果的に不便を強いていることにもなりかねないですよね」
■“明るく溌剌で、現場が好きな園長”も問題
着目すべき設備以外にも、“意外とこんな保育園は眉唾”というポイントがあるのだという。その知られざる点について、近藤さんに教えてもらった。
「園長が現場に出ずっぱりで、非常に明るく溌剌として……みたいな保育園がありますよね。保護者から好意的に思われがちなのですが、これも懐疑的にみたほうがいいかもしれません。というのは、園長にはマネジメントという重要な業務があるんです。その園長が本来の仕事に十分な時間をかけず、現場に出ているのだとしたら、問題です。
説明会などの場で、現場の職員がきちんと責任を果たすプロフェッショナルかどうか、試すことのできる一言があるようだ。
「保育は業務ですから、権限と責任が明確に決まっていないといけません。それがあやふやだと、無責任な職員が増えてしまいます。そんな場所に、大切なお子様を預けられるでしょうか?
もしも保護者説明会などで質問の機会があったら、『この保育園の組織図や役割分掌はどのようになっていますか』と聞いてみるのもよいかもしれません。責任の所在を明らかにして保育に取り組んでいるかどうか、すぐにわかります。現場からは煙たがられるので、“嫌われる保護者”になるかもしれませんが……」
■「ヒヤリハットがあったかどうか」あえて聞くといい
また、日常業務についてこんな誘導をしてみるのも効果的なようだ。
「説明会で園長ばかりにしゃべらせるのではなく、現場の保育士に質問するようにするのも良いかと思います。そのなかで『最近のヒヤリハットはありますか?』と聞いてみましょう。日々の保育現場で、ヒヤリハットが全くない、ということはあり得ません。ヒヤリハットが数多く出る保育園は、『そんなに危ないのか?』と思われるかもしれませんが、逆です。それだけ些細なことにも気が付ける文化がある、ということです」
現場の保育士たちも事故をなくすために日々努力をしているが、それがなくなることは「ない」と近藤さんは断じる。今後の保育現場においては、事故をなくす目標も重要である一方で、こんな視点が見過ごされかねないのだという。
「保育現場のミスは子どもの生命という最も尊いものを奪う危険性があり、絶対に起きてはいけないものです。しかしながら、その一つひとつのミスは小さなものだったりするところが、怖いわけです。もう二度と生命を落とすような事故は起きてほしくないと願うと同時に、結果として亡くならないにしても、似たようなミスはこれからもどこかで起きるだろうと私は懸念しています」
■“事務的なチェック”にとらわれない園を選んでほしい
「現場でチェックすべき項目だけが増えていけば、まるでミルフィーユのように、1枚1枚の業務はそう負担ではなくても、全体として現場を圧迫します。本来、子どもとコミュニケーションを取るべき現場職員が、注意義務に過剰に縛られてしまうとそれが難しくなることもまた問題です」
現場を知り尽くす元研究者の視点で、近藤さんはさまざまな切り口から提言を行う。子どもの生命を守るために、保育園に何を求めるか。些細な違和感を見過ごさない、ロジカルな視点で職員たちと対峙(たいじ)してみると、これまで見えてこなかったものが見えてくるかもしれない。
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黒島 暁生(くろしま・あき)
ライター、エッセイスト
可視化されにくいマイノリティに寄り添い、活字化することをライフワークとする。『潮』『サンデー毎日』『週刊金曜日』などでも執筆中。
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近藤 敏矢(こんどう・としや)
社会福祉法人みなみ福祉会 理事長
1969年生まれ。1994年、名古屋大学大学院情報工学専攻修士課程修了ののちNTTに入社し、研究者として従事。その後、実家である保育園を継ぐ。1999年に社会福祉法人みなみ福祉会に入職し、2004年に笠寺幼児園園長に就任。2019年、同法人理事長就任。保育園から認定こども園へ移行して複数の施設を運営する方針に舵を切り、4年間で新たに5施設を展開。2児の父。著書に『ここが変だよ、保育園』(幻冬舎)、『親が知らない保育園のこと』(游藝舎)がある。
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(ライター、エッセイスト 黒島 暁生、社会福祉法人みなみ福祉会 理事長 近藤 敏矢)