※登場する取材協力者の肩書きや年齢は取材当時のものです。
■道頓堀を歩く3人に1人は中国人
東京・上野の「アメ横」と並び、くいだおれの街・大阪を代表する商店街といえば「道頓堀」だ。道頓堀川沿いに多くの飲食店が立ち並び、昼夜を問わず、多くの観光客がひしめくこの商店街もまた、大きな変貌を遂げている。
道頓堀商店街には現在、平日でも1日およそ4万人もの客が押し寄せる。「コロナ禍は、もぬけの殻だったが、今では中国人観光客が増え、毎日がお祭り騒ぎだ」。道頓堀商店会の上山勝也会長(63)の表情からも、自然と笑みがこぼれる。
その勢いは、データが物語る。ドコモ・インサイトマーケティング(東京都豊島区)の協力を得て、取材班が携帯電話の位置情報から訪日観光客の動態調査を試みると、道頓堀商店街周辺(1キロメートル四方)には、1カ月で約39万3000人、1日当たりにすると約1万3000人もの中国人が押し寄せていることが分かった。
単純計算すると、道頓堀を歩く3人に1人は中国人だ。銀座や浅草などをも上回り、全国で今、最も中国人が密集するエリアとなっている。
■「中国化」が進む道頓堀
その道頓堀商店街、こうした訪日中国人客をターゲットに、足元ではかなりの勢いで「中国化」が進む。
観光客でごった返す、戎橋がある中心部から少しずつ東へと歩くと、「(中国)大連の味」「中華物産」といった看板が、にわかに目に付き始める。ドラッグストア大手「ツルハ」の看板も、ここまで来ると「鶴羽薬妝店」という具合だ。小さな露店も通りにせり出し、店を構える。店員はいずれも中国人だ。
■飛ぶように売れているのは中国人向けの砂糖菓子
そんな中でも、ひときわ目を引くのが「糖葫芦(タンフールー)」の看板。イチゴなど色とりどりのフルーツを串刺しにし、水あめでコーティングした派手な砂糖菓子は、もう立派な中国の食べ物である。
もはやここまでくると、日本観光とは全く関係がないのだが、中国人は、そんなことなど気にもしないよう。実際、日本人客にはあまり見向きもされないが、中国人客には1本300円の糖葫芦が飛ぶように売れていく。しかも同じ糖葫芦を売る店が2軒横に並び、中国人の店員同士が「うちの方が安いよ」などと言って客を取り合う姿はさながら、中国の観光地そのものといったところ。
とはいえ、「最近は道頓堀で中国人が経営する店が増え過ぎた。看板や屋台を路上にまで出すようなルール違反ばかりで、商売の仕方がえげつない。何とかしていかなければ……。
■「ぼったくり商店街」と揶揄される大阪の市場の「異変」
道頓堀から南に歩くこと、わずか5分。総延長約600メートルのアーケードに、鮮魚店や精肉店、青果店など約150店が立ち並ぶ「大阪庶民の台所」として、長く親しまれてきたのが、黒門市場だ。その商店街も今、その風景を大きく変えている。
黒門市場といえば江戸時代、「圓明寺(えんみょうじ)」の黒塗りの山門の前で市が立ったのが起源。料理人や近所の住民らに支えられ、200年以上もの歴史を重ねてきたのだが、そんな伝統も、どこかへ消えてなくなる危機にある。
「カニの足1本5000円」「牛肉の串焼き1本2500円」――。
庶民の黒門市場はかつての面影を薄っすらとは残しつつ、今ではこうした中国人を中心とした観光客向けの「食べ歩きの市場」に様変わりをしてしまった。庶民の懐具合とは、かけ離れた価格設定が目立つようになり、ネット上でもいつしか「ぼったくり商店街」「ツーリスト・トラップ(旅行者を狙った詐欺)」といった不名誉な称号を国内外から与えられ、黒門市場のブランド力は急速に失せてしまったかのような状況にある。原因はどこにあるのか。
■組合未加入の新規店が「観光客向け商売」を始めた結果
「(中国人経営者のお店など)ここの組合に入っていない一部のお店が、外国人観光客を相手に、高値で商売を始めるようになりました。それが結果として、黒門市場全体の評価を下げることになってしまいました。
黒門市場商店街振興組合で、理事長を務める迫栄治さん(67)もそう言って頭を抱える。
「おかげで黒門市場の家賃相場もだいぶ上がってしまっていて、1坪当たり5万円か、もっと高いところもあります。そのため商店街自体も変わってしまい、今、ここに入居しようとする大半のお店は飲食店か、ドラッグストアになってしまいました。単純に果物とか、野菜、肉、魚を売るだけでは商売がきついから、そうなってしまっているのです」と、迫理事長は話す。
■牛肉はブランドをごまかし、ゴミ処理は「ただ乗り」
加えて「(商店街の組合に非加盟の中国人経営者のお店は)店頭に一串500円の訳分からん和牛と、3000円の神戸牛を並べて置き、店の看板には『神戸牛』と書いて、客を引き寄せています。これでは外国人は全部が神戸牛と誤解する。こんな店と、既存の組合員の店がひとくくりにされてしまっているのが黒門市場の現状なんです」と、迫氏の嘆きは止まらない。
取材班の調べによると現在、黒門市場に店を構える約150店のうち、約2割は組合に加盟せず、その多くは中国人が経営する店である。組合に非加盟の店舗は、市場から出るゴミの処理や商店街のイベント開催などの費用にあてる1カ月当たり約2万円の組合費を払うことはない。すべては「ただ乗り状態が続く」(迫氏)という。
■古くからの日本人店主との温度差は広がるばかり
また、多くの店では、緊急車両が商店街を通行できるよう、通り沿いの商品陳列には特別な配慮をする。だが、非加盟の一部店舗では、通路にはみ出すように椅子とテーブルを並べ、観光客が店先ですぐに食事が取れるよう、独自のサービスを続ける。
古くからここで商売を続ける日本人店主との間では、こうして温度差は広がるばかり。迫氏も「各店舗に対し、庶民の街、黒門市場らしい『適正な商品を、適正な価格で販売してください』とお願いこそしてはいるものの、強制力があるわけではなく、お願いを続けていくしかない」と訴える。
だが、いったん流れが作られると、「長年の伝統」を振りかざしたところで、止められない現実が今の日本にはある。まさに、なし崩し的に日本の大切な街は変わっていく。
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日本経済新聞取材班(にほんけいざいしんぶんしゅざいはん)
日本経済新聞社データ・調査報道センターの記者で構成する取材班。中村裕、浅沼直樹、岩崎邦宏、綱嶋亨が取材・執筆を担当した。本書の基になったデータ・調査報道シリーズ「ニッポン華僑100万人時代」は、第2回国際文化会館ジャーナリズム大賞を受賞。
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(日本経済新聞取材班)