本物のお金持ちはどのような基準で不動産を選ぶのか。富裕層の不動産投資に詳しい西田理一郎さんは「日本人投資家と外国人投資家では不動産を見る目がまったく違う。
外国人富裕層の着眼点は、人口減少社会が進む中でも価値が上がる物件を見つけたい人にとって参考になる」という――。
■築100年120坪の古民家が2億以上で売れる世界
夕暮れ時の京都。石畳に足音が響く古い町並みで、ひとつの光景が私の目を釘付けにした。
明らかに日本人ではない初老の紳士が、朽ちかけた古民家の前で立ち尽くしている。その眼差しは、我々日本人が「もはや価値なし」と見放すような、築100年の傾いた家屋に注がれていた。雨戸は剥がれ、瓦は欠け、庭は荒れ果てている。
だが、彼の目には何かが映っていた。
数カ月後――その古民家は、日本人の常識を粉々に打ち砕く価格で売買された。公示価格の3倍。高級新築マンションが買えるほどの金額で。
一体、彼らには何が見えているのだろうか。そして、我々日本人の目には、なぜそれが見えないのだろうか。

私、西田理一郎は、企業のマーケティング及びブランディングの専門家として日々活動している。だが近年、仕事の性質が変わりつつある。「戦略立案者」として課題と向き合う中で、物件や土地を実際に見ることなくしては成立しない案件が増えてきたのだ。特に、海外から日本へ新規参入するラグジュアリーホテルのローンチ支援や、国内のリセールバリューの高い宿を発掘し新たな価値を吹き込むリブランディングといった案件に携わるうちに、気づけば私は「不動産と建築の最前線」に立つ人間になっていた。土地開発の現場に足を運び、売却予定のホテルや高級旅館の内覧に立ち会う。それが今や、私の業務の一部である。
そこで目にしたのは、日本人と外国人投資家の、あまりに対照的な「不動産を見る目」だった。同じ物件を前にしながら、一方は数字を追い、もう一方は景色に見入る。その光景を何度も目撃するうちに、私の中で一つの確信が芽生えた。彼らが買っているのは、不動産ではない。時間を超えて残る“何か”なのだ。
■公示価格の「常識」を覆す海外マネーの衝撃
従来、日本の不動産取引は実に予測可能だった。
売り手も買い手も日本人同士なら、役所が示す公示価格を基準に、多少の上下はあれども、ある程度の「相場感」の中で価格が決まっていく。
ところが、ここ数年で状況は一変した。海外からの投資家、特に富裕層の参入により、その「常識」は見事に覆されたのである。
先日も、京都市内の築100年の古民家に対して、ある欧州系の投資家が提示した価格を見て、私は思わず目を疑った。その金額は、日本人同士なら成立するであろう価格の実に3倍以上、2億を超えていた。「この人は相場を知らないのか」と最初は思ったが、すぐにその考えが浅はかだったことを思い知らされた。
彼らは相場を知らないのではない。我々とは全く異なる価値基準で不動産を評価しているのだ。
まず日本人投資家と外国人投資家の物件の見方を比較してみよう。
■内装を見る日本人、道路から眺める外国人投資家
日本人投資家は物件に入るなり、まず内装をチェックしキッチンやバスルームなどの設備の新しさを確認する。そして、「この築年数なら、これくらいの利回りが妥当」と相場で価値を判断し「少し検討させてください」と即断を避ける。
一方、外国人投資家の行動パターンは驚くほど異なる。
まず道路から物件を眺め、全体の佇まいを把握し、室内では設備より空間の広がりや天井の高さをチェック、また伝統工芸的な要素や建築方式を確認し、窓から見える景色に長い時間をかける。
そして、「この物件のストーリーを教えてください」と歴史的背景を質問し気に入れば、その場で即座に購入意思を表明する。例えば、京都のある迎賓館の庭にあった4棟の蔵を中国のアートコレクターが購入したり、同じく京都の別の物件では、歴史に紐づいた柱の傷跡が外国人にとっては、思わぬ価値となることもあった。
この違いは何を意味しているのか。日本人は「不動産物件」を買っているが、外国人富裕層は「景色とストーリー」を買っているのである。
■年収別で見える投資哲学の違い
不動産業界に30年携わってきた廣濱成一氏(Try執行役員)は、この傾向は投資家の年収層によっても明確に分かれることをしみじみと語る。
「年収2000万円の投資家が最も重視するのは『利回り』であり、月々の家賃収入が購入価格に対してどの程度のリターンをもたらすかという、極めて合理的な判断基準を持っています。年収5000万円の投資家になると、がらっと視点が変わる。彼らが重視するのは『未来価値』。今は古びて見えても、10年後、20年後にどのような価値を持つかを見通そうとするのです。
そして年収10億円以上の超富裕層になると、さらに次元の異なる発想をする。彼らが求めるのは『景色伝承』。
未来永劫にわたってゴミにならない、普遍的な美しさや価値を持つ資産かどうか。その中でも特に電柱が見えないことは大切な判断基準です」
■不動産業者に対して投げかけられる質問の差
この「景色伝承」の概念を理解する上で、興味深い事例がある。
浜松の地に、まるで天空に浮かぶ宝石のような場所がある。山の頂から眼下に広がるのは、悠々と横たわる浜名湖。その姿を、360度、遮るものなく見渡せる絶景の土地だ。今、この地を守るのは、地元で長く商いを営むパチンコ屋の主人。その人の話によれば、この土地には、幾重にも折り重なる歴史の層があるという。かつて、ここは伊豆箱根鉄道が手にしていた。そして、さらに時を遡れば――そう、あの西武グループが所有していた時代もあったのだと。企業の栄枯盛衰、時代の移ろい。その全てを静かに見守り続けてきた、この山の上の土地。浜名湖を抱くように佇むこの場所を、現在、廣濱氏が売却を依頼されているのだが、この物件に対する日本人と外国人の反応の違いが実に興味深い。

日本人投資家の反応は、まず、「いくらですか?」「坪単価はどのくらい?」「固定資産税はどのくらいかかりますか?」と聞いてくるのに対して、外国人投資家の反応は、「この土地から見える富士山の眺めは一年中楽しめるのか?」「この所有者の人物について教えてほしい」「この土地で展開できるストーリーにはどのようなものがあるか?」「100年後もこの景色は保護されるのか?」など、同じ物件を前にしても、日本人は「価格」を、外国人は「価値」を深掘りしようとする。
この違いこそが、取引価格の格差を生む根本的な要因なのだ。
■購入後の活用方法が全くちがう
この価値観の違いは、購入後の活用方法にも如実に表れる。
ここからは、私の本業に直接かかわってくる重要なポイントであるが、日本人投資家は「お客様目線」を連呼する。どうすればより多くの客に喜んでもらえるか、どうすれば稼働率を上げられるかという発想だ。確かに合理的だが、そこには「自分らしさ」が欠けている。
一方、海外投資家は「自分が楽しめる空間の創造」を重視する。自分の会話やファッションのセンスとリンクできる空間を作り上げ、その結果として同じような価値観を持つ顧客を引きつける。つまり、自分自身が最初の顧客なのである。
この違いは、ホテル事業への取り組み方にも顕著に表れる。
日本のホテル事業者の関心事といえば、室内の演出、内装はどうするかから始まり、施設の充実度と運営効率をいかに両立させるか。また、どうすれば建設コストを抑えられるかを永遠に議論する。

一方で、海外のホテル事業者の関心事は、客室から見える景色の眺望は最高級か。また天井高と部屋の広さは十分か(これは大前提)、長期滞在でも心が安らぐ空間になっているかを重視する。
このように、日本人は「中身」を充実させることで価値を生もうとするが、外国人は「器」そのものの格調に投資する。前者は「足し算」の発想、後者は「掛け算」の発想と言えるかもしれない。
■「買ってから価値を上げる」という富裕層の哲学
さらに重要なのは、購入後の姿勢である。富裕層、特に海外の富裕層は「買ってから自分が価値を上げる」という意識が非常に強い。
彼らは不動産を「完成品」として買うのではなく、「素材」として買う。その素材を使って、自分なりの価値を創造し、結果として資産価値を高めていく。これは単なる投資ではなく、一種の「作品づくり」なのである。
では、なぜ日本人にはこの「景色を所有する」という発想が希薄なのだろうか。
一つには、日本の土地制度や税制が、長期保有よりも短期的な効率性を重視する構造になっていることがある。また、戦後復興期から高度成長期にかけて、「実用性」や「合理性」が最優先され、「美しさ」や「情緒」は二の次とされてきた文化的背景もあるだろう。
しかし、これからの時代は違う。人口減少社会において、本当に価値のある不動産とは何か。それは、100年後も200年後も人々を魅了し続ける「景色」や「ストーリー」を持つ資産ではないだろうか。
■会社員にとっても決して高嶺の花ではない
年収1000万円のエリートサラリーマンにとって、この海外富裕層の視点は決して高嶺の花ではない。むしろ、これからの投資戦略を考える上で、極めて重要なヒントとなるはずだ。
次回、不動産を見る機会があれば、「この物件の利回りは?」と問う前に、「この景色は何年後も美しいだろうか?」「この場所にはどんなストーリーが眠っているだろうか?」と自問してみてほしい。
きっと、今まで見えなかった価値が見えてくるはずである。そして、その視点こそが、次の時代の真の富を築く鍵となるのかもしれない。

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西田 理一郎(にしだ・りいちろう)

価値共創プロデューサー、ディープルート 代表取締役

富裕層向けブランド体験の「物語」を紡ぐナラティブ・マーケティングをプロデュース。また、情報伝達を超えた行動を仕組化し、個の全盛時代において、ラグジュアリー市場での持続的成長を実現する知の「価値共創」戦略を構築する。プレミアムブランドの世界観を体現する戦略的プラットフォームの商品化を手がけ、ミシュラン・ガストロノミーから超高級ライフスタイルまで、文化的価値を経済価値に転換するマーケティング、ブランディングを専門とする。「to create a Real LIFE 敏腕マーケターが示唆するこれからの真の生き方とは」「Life is a Journey」「食と文化の交差点 ガストロノミーへの飽くなき情熱」などのメディア掲載・連載を通じて真のラグジュアリーとは「所有」ではなく「体験」であり、その体験に宿る物語こそがブランド価値の源泉である――という信念のもと、富裕層マーケティングの新境地を開拓し続けている。主要著書に『予測感性マーケティング』(幻冬舎)、『アフターコロナ時代のトラベルトランスフォーメーション』(ゴマブックス)、『GRAND MICHELIN ミシュラン調査員のことば[特別編集版]』(アンドエト)がある。個人サイト

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(価値共創プロデューサー、ディープルート 代表取締役 西田 理一郎)
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