高齢になっても元気な人はどんな生活を送っているのか。現役で活躍する90歳の作家・阿刀田高さんは「外食や食事を宅配してくれるサービスもあるが、下手くそでも自前で料理をするのが好ましい」という――。

※本稿は、阿刀田高『90歳、男のひとり暮らし』(新潮社)の一部を抜粋・再編集したものです。
■90歳、こんなに長生きするとは……
いつのまにか90歳になってしまった。こんなに長生きするとは思っていなかった。頑健な身体ではなかった。
20歳で肺結核を発症し、1年半の療養生活を送った。10歳年上の姉を同じ病で亡くしている。次第に衰えていく姿をつぶさに見て知っている。往時は繁(しげ)く命にかかわる病気だった。
──僕も死ぬのかな──
少しく不安を抱いたのは本当だった。なんとか命を長らえたのは、お尻に184本打ったストレプトマイシンその他の薬品のおかげだろう。生涯、医療を信ずる立場である。
16歳までは戦中戦後の苦しい時期であったが、それなりに豊かな家庭で穏やかに、無邪気に育てられた。
長じてからは明るく苦労知らずの人柄に見えたらしい。それは、この幼少年期の生活のせいだろう。苦労は大人になってからでよろしいのだ。
ところが16歳の秋、父が死去、肺結核のあと母も他界し、兄姉はあったが、大学の後半からは独りの生活を余儀なくされた。経済面も独力で、奨学金とアルバイトでまかなった。天城越えをやったり、磐梯山に登ったり、楽しい思い出はあるけれど、
──あの時の費用、どう工面したっけな──
この思案がつきまとう。滞納した最後の授業料は友人からの借金でまかなったはずだ。その彼も、
──死んじまったなあ──
懐かしさを越える確かな友情だった。
■コンビニがない時代の食生活
既往症を持つ身には就職も苦しかったが、国立図書館に職をえたのは好運だった。けれど公務員の給料はあまり高くない。雑文を書いたりして不足を少々補った。
住まいは三帖ひとまのアパート、ガス台が一つだけあった。
楽しみは土曜日の半ドン(正午までの勤務)でまず近所の銭湯へ行く。帰りにワン・カップの酒となにかしら惣菜を買う。
電気釜と鍋は持っていた。飲んで食べ、そして借り出してきた本を読む。これは図書館員にとってはより取り見取り、松本清張が傑作を次々に上梓していたから、片っぱしから読み耽(ふ)ける。日曜日はその続き。「暗いな」と言われそうだが、充分に楽しかった。
独り身だから洗濯、掃除、炊事は自分でやらなければいけない。掃除は三帖間は“なし”に等しかったし、洗濯もそこそこ、食事は外食が多かったが、自分でもなんとか作った。
コンビニやスーパーのないころだったからメニューは乏しい。が、納豆、やき鳥、コロッケ、かまぼこ、豆腐、まれには野菜入りの鳥鍋などを作って食した。巧みなはずはなかった。
うまさはほどほど。我慢ができた。こんな生活を、30歳で結婚するまで7年ほど続けた。
■料理は、下手くそでも自前がいい
だから90歳になってなにもかもあの頃を思い出せばよろしい。それなりに慣れている。洗濯は今は洗濯機もあるし、クリーニング屋も来てくれる。掃除はおおむねヘルパーに頼んでいる。
問題はやっぱり食べることだが、昨今、脚が弱くなり、外食はままならない。毎食を届けてくれる宅配サービスもいろいろあるらしいが、なんだかなじめない。下手くそでも自前のほうが好ましい。これに食前食後の読書を加えれば、基本は昔のまんま。あっ、新しくテレビを見ながらが加わった。

栄養にも少しく気を使い、これには、“孫にはやさしく”がよろしいとか。すなわち、“まめ、ごま、にく、わ(は)かめ、やさい、さかな、しいたけ、くだもの”である。「結局、全部じゃないか」と言われそうだが、駄じゃれが好きなんです。お許しあれ。
■90歳の、具体的な朝食メニュー
少し具体的に朝食を示せば、このメニューはほとんどいつも決まっている。バター・トースト1枚、あるいは餅1個を磯辺巻きで。あとは牛乳、トマト、バナナ、チーズ、そしてブロッコリーと卵を茹でる。
茹で卵の殻をむきながら『ガリバー旅行記』を何度思い出したことか。卵は正しい楕円球ではない。両端がゆるい円弧と少し尖(とが)った円弧を描いている。
そのどちらから卵を割るか、ガリバーが流れ着いた小人国リリパットでは尖ったほうから割って食するのが国是(こくぜ)であり、譲れない。
隣の島ブレフスキュ国ではゆるいほうから割るを遵守している。
この差異が原因となって対立が生じ、争いが起き、戦争にまでなってしまう。馬鹿らしい話だが、これは往時のイギリスとフランス、プロテスタントとカトリックの諍(いさか)いをみごとに揶揄(やゆ)して間然(かんぜん)するところがない。
──うまいな。現代に模倣できないかな──
と卵を回しながら考えたりする。
■胡瓜を1本、なまで頬張る
昨今はNHKテレビで連続ドラマ『おむすび』を放映していたので、
──おにぎりで行こうか──
握り飯は丸いのがよいか、三角がよいか、三角を主張するしたたかな某国は開祖が苦境にあったとき神の恵みで三角の握り飯2個をえて建国が成った、という歴史があり、これが大切、国旗まで三角を二つ重ねにデザインして、これに反する丸おにぎりの国と敵対している。
正三角形を3つ、1つを逆さにして重ねると、ダビデの星……。
──リアリティがあり過ぎて、少しまずいか──
ようよう卵の殻がむけたりするのだ。
話を戻して昼食にはインスタント食品にお湯を注いだり電子レンジでチンをしたり、胡瓜の1本くらいをなまで頰張る。夕辺には、時折外食にするが多くは70年前の杵柄(きねづか)、下手を承知で頑張る。肉を鉄鍋で焼く、魚を網で焼く。あるいは湯豆腐、豚汁、おでん、親子丼などいろいろ。もちろん頭の片隅で“孫にはやさしく”を意識して……。

■料理は、化学の実験に似ている
「すごいね」と言われそうだが、出来上りはどれもさほどのものではない。「まあまあ」ならそれでいい。食べてしまえば終ることだ。
昔、昔「贅沢は敵だ」なんてのがあったじゃないか。それに最近気づいたことだが、中学生のころは科学少年で、化学実験が大好きだった。
水素を作って風船を飛ばす。石鹼を作る。牛乳を分析する。酸素を作って火の燃焼を確かめる。硫化水素はおならの臭いに似て悪戯(いたずら)にもってこいだった。
液体を熱して冷やして上下2層、試薬を加えて変化を待つ……なんて、これがキッチンの料理と少し似ている。これも70数年ぶりの懐しさとなる。化学と料理は兄弟なのだ。
かくて総じて、
──今夜は何を食べるかな──
■家事への負担がすっと軽くなる思考
厄介だが、さほど厭(いや)でもない。杖をつきつき近くのスーパーまで材料を買いに行って店員にほめられる。スーパーにはいろいろそろえてあるからどれを選べばいいか、品揃えのよさもときには迷惑だ。
決まった棚の決まった品に手を伸ばす。そして時折、思いを馳せる。
──女性はみんなやってることなんだ──
勤めを持つ女(ひと)なら日常のことだろう。子どもがいたらもっときびしい。
──私なんか楽なもんだ──
あえてそう思う。事実がそうなのだから……。“老爺(ろうや)がなんでこんなことまで”と思うから、いけないのだ。だれもほかにやってくれる人がいなければ仕方がない。当然のこと、普通のことなのだ。今晩も適当に、
──蟹かまぼこは蟹よりうまいな──
暢気(のんき)に構えていれば、それでよいのだ。当然の仕事と思えば家事なんて楽なもんじゃないか。
■作家が超一流レストランを訪れる時
長いこと生きてきたから有名な店のドアを潜(くぐ)ったことも少しある。食通が通うおいしい店にもしばしば案内された。
京懐石、フランス料理、中国料理、うなぎ、しゃぶしゃぶ、ステーキ、ふぐ、熊掌(ゆうしょう)、トリフ……いろいろあるなあ。もちろんどれもみなおいしい。だが超一流の店へ行くのは、たいてい仕事がらみだ。
対談とか鼎談、新しい企画の打ち合わせ、気がかりの親睦……。コースの初めの一品は「みごとだな。おいしい」と思うけれど、その後のメニューは、よく覚えていない。
仕事のほうに心が、神経が移ってしまうらしい。いろいろ出てくるとゴチャゴチャになったり、さほどうまくないものがあったりする。貧乏性なのか、よい嗜(たしな)みなのか、自分でお金を払い、好きなものだけを突つくのがうれしい質(たち)だ。
■ラーメン屋には、並ばない
いずれにせよ食べ終ってしまえば一件落着、しみじみ感激が残るわけではない。松本清張は読後も2、3日思い返して楽しかった。つまり私は全くもって食道楽ではないらしい。
化学調味料もふりかければ、うまいと思うし、3、4日同じメニューが続いても……“今日もコロッケ、明日もコロッケ”でもさほど苦にならない。便利と言えば便利な質で、
──それでよかったなあ──
だからこそ90歳の手料理に堪えられるのだろう。つまらない話である。
あちこちのラーメン屋もそこそこに知っている。夢にまで見る店がある。昔、支那そば、変わって中華そば、ラーメンなんて中国にはないらしいぞ、わざわざ外国からスマホ片手に来る人までいるなんて驚いてしまう。
日本人もこもごも暖簾の前に長い列まで作って、並んでまで食べるものかなあ、私は並ばない。
■死んだとき、棺に入れて欲しいもの
「でも結局のところ、なにが好きなのよ?」
と問われれば、
「やっぱり握り鮨かなあ」
鮪、鯛、鮃(ひらめ)、鯖、蛸、鮑……魚へんばかり並べてしまったけれど、他に、ひらまさ、しまあじ、かんぱち、あかがい、うに、いか、あなご、新鮮な魚介類の鮨はみんな大好きだ。
このごろは年を取り、今生の思い出に、
「死んだときは、一折りお棺の中に入れてくれよな」
と願うが、親族には合理の人が多いから、
「どうせ焼くんだから並でいいだろ」
せめて“上を”と思うけれど、並でも異存はない。並でも鮨は私にはおいしいのだ。
■多少の不自由があっても天下太平
「天ぷらも好きでしょう」
と言われれば好みの店がある。これだけは一流店のものとそば屋のものとは明白に異なる。私にもわかる。油の温度が大切であり、一つを入れるたび温度が変わる。材料により適温が異なる。
まかないの一番むつかしい料理ではあるまいか。もちろん家では作ろうなんて思わない。トンデモナイ。天ぷらどころか油の多いものはおおむね避けている。老齢の身によくないし、後始末もしんどい。
「洗剤どこ?」
と聞かれて、
「ない」

「どうして」

「油の多いもの食べないから。お湯でサッと洗ってすます」
皿や鍋のケースである。
「駄目よ、そんなんじゃ」
昨今はキッチン用の洗剤を求めてシコシコ使っているが、
──洗いものは厄介だなあ──
いつまでもヌルヌルがこびりついてるような気がして、好きではない。どう洗ってもなかなか取れない汚れなんかもあったりして……。
90歳のキッチンは不足も多いのだろうが、まずまず生きていける程度には間に合わせてあれば、
──これでいいのだ──
自分で納得していれば、多少の不自由があっても天下太平だろう。

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阿刀田 高(あとうだ・たかし)

作家

1935年、東京生まれ。早稲田大学文学部卒。国立国会図書館に勤務しながら執筆活動を続け、1978年『冷蔵庫より愛をこめて』で小説家デビュー。1979年『ナポレオン狂』で直木賞、1995年『新トロイア物語』で吉川英治文学賞を受賞。2018年には文化功労者に選出された。短編小説の名手として知られ、900編以上を発表するほか、『ギリシア神話を知っていますか』をはじめとする古典ダイジェストシリーズにもファンが多い。

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(作家 阿刀田 高)
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