野球、サッカーに限らず日本人スター選手の海外移籍がとまらない。そこには構造的な理由があるという。
日本政策投資銀行著、編集『スポーツビジネス成長論』(ダイヤモンド・ビジネス企画)より、一部を紹介する――。(第1回)
ソフトバンクとドジャースの売り上げは700億円も違う
米欧と日本のスポーツ産業の差として象徴的に挙げられるのが、MLBや欧州各国のプロサッカーリーグのクラブが、日本の代表クラスの選手を次々と引き抜いている点である。
大谷翔平選手のようなプロ野球のスター選手が次々と米国へと海を渡る様子や、三笘薫選手のようなJリーグを席巻した日本代表クラスの選手の多くが欧州プロサッカーリーグのクラブへと移籍していく様を見ると、レベルの差を実感させられることが多いのではないか。
スター選手引き抜きの背景にあるのが、プロリーグ・クラブの収益力の差である。例えば、プロ野球球団で最大規模の売上を誇る福岡ソフトバンクホークスの年間売上高が約350億円(2024年度)であるのに対し、米MLBで同様のポジションにあるロサンゼルスドジャースは約7.52億ドル(1ドル146円換算で約1097億円)に上る。
また、サッカーJリーグでトップの浦和レッズの年間売上高が約102億円(2024年度)であったのに対し、英プレミアリーグでトップのマンチェスターシティは約7.18億ポンド(22/23年シーズン。1ポンド193円換算で約1390億円)である。最も売上の低かったAFCボーンマスの1.41億ポンド(約270億円)にすら遠く及ばない。
■広がり続けるMLBとプロ野球の年俸の差
この資金力は選手年俸に跳ね返る。MLB選手の平均年俸は516万ドル(約7億6900万円。2025年度)であり、プロ野球選手の4905万円(2025年度)の約15倍に上っている。同様にプレミアリーグ選手の平均年俸は約266万ポンド(24/25年シーズン。
約5億2100万円)なのに対し、J1リーグ選手であってもおよそ4000万円以下(24年シーズン)に留まっている。
選手目線に立つと、年俸とは自らの実力に対するクラブの評価である。自らをより高く評価してくれるクラブへ移籍することは自然な判断であるといえよう。加えて、米欧のトップリーグは世界最高峰の舞台である。限られた競技人生の中でそのような舞台に立ち、自らの実力を試したいと考えることもまた自然なのではないだろうか。しかし、米欧のトップリーグ・クラブと日本のプロスポーツリーグ・クラブとの格差は以前から所与のものだったのだろうか。必ずしもそうではないことを示す事実があるので紹介したい。
■入場客数では劣っていないのに
まず、プロ野球は2024年には1試合平均3万1098人の観客を動員しており、2万9568人だったMLBを凌ぐ。プロ野球の観客動員数トップである阪神タイガース(平均4万1801人)は全MLB球団と比較してもロサンゼルスドジャース(平均4万8657人)・ニューヨークヤンキース(平均4万1896人)に次いで3番目にランクインする。
プロスポーツ興行の基本的なビジネスモデルが観客を集めて入場料収入や飲食・物販収入を得るものであることを踏まえると、入場者数では劣っていないプロ野球がMLBに対して収益力において大きな差をつけられている点に違和感を覚えないだろうか。
また、1993年に開幕したJリーグの事業規模は、開幕した当初はプレミアリーグとほぼ変わらなかったことも明らかになっている。
日本ではスポーツは古くからの「道」の思想と結び付いて娯楽というよりは教育の一環として行われた。
また、ちょうど明治期にスポーツが輸入されたこともあって、富国強兵のためのツールとして使われた。これらの点はドイツと類似している。
■「教育」の色合いが強かった日本のスポーツ
では戦後はどうなったのか。戦後にGHQ主導の教育改革が行われ、軍事色に結び付いていた武道は全面的に禁止される(武道はその後スポーツ色を前面に押し出すことで復活を果たした)など体育からの脱却が試みられたが、依然としてスポーツは「教育」や「道」としての色合いが強い。
その例として、部活動が挙げられる。部活動は戦後の自主性を育むための施策として学校教育に導入されるようになった。非行予防や生徒指導にも有効であるとして、部活動へ半強制的に参加させる傾向が強くなった点は、戦前の体育との類似性も見られるが、前述の通り、「日本再興戦略」の中でスポーツが成長産業として位置付けられ、部活動地域移行の議論が起きるなど、最近は従来の「教育」や「道」の枠を超えて「産業」として見なされるようになってきており、「体育からの脱却」に向けて社会の意識も少しずつ変容しつつあるといえよう。
■ビジネスとして限定的な高校野球と箱根駅伝
次に「スポーツイベントのビジネス化」である。日本における一大スポーツイベントとしては箱根駅伝と高校野球(甲子園)がある。箱根駅伝は読売新聞社が、高校野球は春を毎日新聞社が、夏を朝日新聞社がスポーツ団体と共催しており、フランスの新聞社が販促目的で開催したツール・ド・フランスとの類似が見られる。
しかし、箱根駅伝、高校野球共にビジネス化という点では依然限定的ではないだろうか。箱根駅伝は正月、高校野球は夏の風物詩として日本の家庭の大半と言って良いほど多くの人に楽しまれる、日本屈指のスポーツコンテンツであり、その経済的価値は莫大なものであると考えられる。

その価値に見合う対価を得て、成長投資に充てるようなことができれば、ツール・ド・フランスにも引けを取らないビッグスポーツイベントへ昇華させることも可能ではないだろうか。
また、学生スポーツでありつつも、大学とカンファレンス(大学間リーグの枠組)の競争を促しつつ、プロとアマチュアのテレビ放映の棲み分けを行いながら、放映権の価値を高めて十分な収益を確保し、ビジネス化に成功した米国の全米大学体育協会(NCAA)の事例もあり、チャンスは大いにあると考えられる(2019年に日本版NCAAである大学スポーツ協会〔UNIVAS〕が発足しており、今後の取り組みには注目したい)。
学生スポーツはビジネス化することが必ずしも主目的ではないと考えられる一方で、外部から十分な資金を獲得してインフラやソフト面に投資することで選手にとってスポーツ実施環境は少なからず改善することができ、持続可能なイベント運営につながっていくだろう。
■「放映権料の上昇」の機会を逃した背景
そして「興行スポーツの収益性向上」と「放映権料の上昇」である。
日本における興行スポーツの始まりはプロ野球であり、戦後の復興と共にプロ野球人気が高まりを見せた。その人気から企業のプロモーション効果を期待して球団の設立が相次ぎ、セントラル・パシフィックの2リーグ化が引き起こされた。
また、テレビ放送の始まりと共に巨人戦をはじめとしたプロ野球中継が連日行われ、お茶の間を通して日本中がプロ野球熱に包まれた。長嶋選手や王選手などプロ野球選手が日本中でヒーローとして君臨していたことからも、プロ野球の人気ぶりがうかがえる。
このようにファンベースが確立されていればビジネスとして収益性を追求するチャンスは大いにあったが、必ずしもそうはならなかったのが実態であろう。当時は親会社の宣伝・販促目的で球団運営が行われていたため、単体での収益はあまり重要視されていなかったのだ。加えて、1954年の国税庁通達において球団へ投じた費用は経費として損金算入が認められたため、球団経営をビジネスとして収益性を追い求めるインセンティブが働かなかったことも一因である。また、放映権を各球団がもち、テレビ局と個別に契約を行っていたため、リーグ全体を活性化させるほどの「放映権料の上昇」ももたらされなかった。

■代表選手の活躍が国内の人気につながらない
これにより、放映権の一括管理を早期から導入し、莫大な放映権料を稼ぐようになったMLBとの差が生まれ、ワールドベースボールクラシック(WBC)で優勝するなど、実力では世界トップクラスに君臨する日本球界から、スター選手が高額な年俸で次々とMLBに引き抜かれる状況に繋がっている。
近年はパ・リーグやJリーグ、Bリーグにおいても権益の一括管理が導入されており、JリーグでのDAZNとの放映権契約などの事例も見られるため、日本における今後の放映権ビジネスの発展に期待したい。
最後に「代表選手の活躍」である。野球ではWBCでの優勝、サッカーではワールドカップでのベスト16進出とオリンピック4位入賞など代表選手の活躍が見られるが、野球ではMLBへ、サッカーでは欧州クラブへと目立った活躍をした選手は海外リーグに行く流れが定着しつつある。
無論選手個人の経験値・技能の向上に繋がっている点は喜ばしいものの、代表選手の活躍によるスポーツ人気の高まりが必ずしも国内リーグへの集客に繫がらなくなっており、リーグの成長を促進する上でハードルとなってしまっている。

(日本政策投資銀行)
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