男子プロバスケットボールプロリーグ、B.LEAGUE(Bリーグ)が盛況だ。そこには従来の日本のスポーツにはなかった事業戦略があるという。
日本政策投資銀行著、編集『スポーツビジネス成長論』(ダイヤモンド・ビジネス企画)より、一部を紹介する――。(第2回)
■プロ野球での不便さを活かした取り組み
16年に発足したBリーグは「地域密着」をはじめとした、Jリーグの設計を大きく踏襲しつつも、過去日本のプロリーグが直面した課題に対する反省点を踏まえた事業戦略を展開している。
その一つが「デジタルマーケティング」の徹底的な推進だ。プロ野球やJリーグID導入前のJリーグでは観戦者やファンクラブのような顧客データが個別のチームに集約管理されているため、とあるチームのファンが試合観戦でどの席を好んで購入し、どんなグッズを買うのか、試合観戦前にどんな飲み物や食べ物を買うのかなど顧客の行動を一貫して追うことができず、効果的なマーケティング施策を打つことが難しくなっていた。
また、それぞれのクラブで顧客情報の管理システムをもつため、システムの維持管理費や人件費の面において、全体最適が働いていない状況だった。その反省点を踏まえ、Bリーグでは顧客情報をリーグ統合型のデータベースであるBリーグファンプラットフォームで一元化している。
このプラットフォームによってチケット、ファンクラブ、オンラインストア、来場者という顧客の行動別にクラブの垣根を越えて情報を取得することができるようになっている。リーグで一括管理することで蓄積されるデータ量が拡大し、様々な分析を行うことが可能となる。顧客の動きを可視化分析し、各クラブにフィードバックすることで戦略的にサービスを提供することができ、ファンベースの拡大、チケット収入の向上に繋げている。
■「スマホ・ファースト戦略」を展開
また、Bリーグ設立に際しては、顧客調査を実施して、属性の分析を行ったところ、バスケを観戦してみたいという人は若い世代が多く、また女性が多いことを突き止めている。さらにペルソナ調査を行い、「1人での観戦より集団での観戦を好み」、「アクティブで家にいるよりも外に出掛けるほうが好き」で、「スマホや雑誌で情報を収集し」、「自ら情報を発信・シェアしたい」人といった詳細な顧客イメージを特定していった。
この結果を受けたBリーグはファンがスマートフォン1台で情報収集からチケットの購入、観戦後の情報発信までをすべて完結することができる「スマホ・ファースト戦略」を展開した。
チケットは直売による電子チケット制を導入、Webサイト、専用アプリで購入決済を行い、入場の際はスマホ上で提示するだけで良い。試合の中継はテレビではなくインターネット中継が中心、グッズの販売は試合会場での販売だけでなく、ECサイトなども積極的に活用している。
■試合に行けなくても楽しめるアプローチ戦略
他にも、BリーグではSNSといったソーシャルメディアの活用も積極的に行っており、潜在的な来場者へのアプローチツールとして有効に利用されている。従来のプロスポーツの入り口は試合会場になってしまい興味があってもなかなか観戦に踏み出すことが難しい状況であったが、Bリーグではソーシャルメディアを活用することでこれを打開している。
投稿の内容も得点のシーンが多いバスケの特性やDJなどが作り上げる会場の雰囲気を利用し、観戦したいと思わせるような内容にすることで潜在的な顧客がBリーグに触れるハードルを低く設定している。Bリーグ全体で顧客のデータを統括することで、ターゲットにするべき顧客イメージをリーグ全体で共有し、効果的なマーケティングを可能としている。
もう一つの事業方針は協会、リーグ、クラブでの「権益の統合」だ。放映権やスポンサーなどの権益の統合自体はJリーグで採用されていることは前述しているが、あくまでリーグとクラブの統合に過ぎない。Bリーグではリーグ全体の放映権、スポンサーなどの権益だけでなく、日本バスケットボール協会が管轄しているバスケ日本代表のチームの試合の放映権やスポンサーなどの権益も含めて統合している。
■権利統合によって権利価値を高める
統合した権益を管理するためBマーケティング(23年7月よりバスケットボール・コーポレーションに機能統合)という事業会社を設立しており、両団体の権利を一括管理することで、Jリーグと同様に交渉力の向上、ニーズに沿った商品設計が可能となり、権利価値を高めることが可能となっている。
さらにBリーグの特徴として、映像制作をリーグ自身で行っており、著作権についてもリーグが保有している点にある。従来のスポーツ界では映像制作を外部に委託することが多く、権利を100%保有できておらず、映像制作の自由度やスピード感が無く、コンテンツホルダーに適切な資金が入ってこない状況となっていた。
これではデジタルマーケティングの推進を掲げるBリーグの足かせとなってしまうことから、Bリーグ自身が映像制作やその権利を管理する体制を構築した。これにより、リーグで必要な映像を撮り、マーケティング戦略に沿ったコンテンツを作成し、適切なタイミングで公表することが可能となっている。
■日本のスポーツビジネスが抱える課題
このようなリーグ・クラブ・協会が一体となったビジネスの展開、統合型のデータベースの構築はこれまでの日本のプロスポーツリーグでは見られなかった取り組みである。BリーグはFIBAの制裁により、リーグと協会を一新し、1から体制を構築することができたからこそ、これまで日本のスポーツビジネスが抱える課題を変える絶好のチャンスを得ることとなった。
Bリーグ開幕以降、集客は右肩上がりに伸びており、22/23年シーズンには、初めて年間来場者数が300万人を突破した。また、日本代表チームがFIBAワールドカップで躍進するなどの活躍を見せており、「デジタルマーケティング」の推進と「権益の統合」という二つの事業戦略がリーグの成長サイクルに寄与していることがうかがえる。
21年6月にBリーグは、26/27年シーズンからのリーグ構造改革として「B.改革」を発表した。リーグのさらなる発展のため昇降格を行わないエクスパンション型へのリーグ再編を実施し、Bリーグプレミア、Bリーグワン、Bリーグネクストの三つのカテゴリーに変更される。単年度成績による昇降格を廃止し、Bリーグの策定する審査基準を満たすことで上位カテゴリーの参入を可能とする構造へ変更される。
トップリーグであるBリーグプレミアの審査基準は次の通りだ。
1.平均入場者数4000人以上

2.売上高基準12億円以上

3.5000席以上の観客席の確保などのアリーナ基準の充足

■課題だった昇降格による不安定な収益
審査基準からもわかる通り「B.改革」ではクラブの事業力・経営力を基準としている。現在のBリーグはB1、B2、B3の三つのカテゴリーで分けられ、単年度成績により、シーズンごとに昇降格を繰り返す構造となっている。
このリーグ構造はJリーグでも採用されているが、大きな課題として昇降格による収益の変化が大きいことから、クラブの投資が競技力の強化へ偏ってしまう結果、ビジネスへの投資に回す余裕がなくなり、クラブの収益基盤が安定しない。
「B.改革」により昇降格をなくし、事業力による審査基準を設けることで、競技力強化への投資だけでなく、ビジネス人材やアリーナ計画の推進などの事業面の投資を促すことが可能となる。
Bリーグチェアマンである島田慎二氏は著書の中で、「クラブの成長なくしてリーグの成長なし。リーグの成長なくして、バスケ界の繁栄なし」と、この先の継続的な成長においては各クラブのサステナブルな経営が必要不可欠であり、リーグが主導して推進する必要があると語っている。

(日本政策投資銀行)
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