コメの適正価格はいくらなのか。三菱総合研究所の稲垣公雄フェローは「農家の総売上、利益、所得などを計算すると、これまでの5キロ2000円台になることはやっぱり難しい」という――。
※本稿は、稲垣公雄+三菱総合研究所「食と農のミライ」研究チーム『日本人は日本のコメを食べ続けられるか』(河出書房新社)の一部を再編集したものです。
■コメがいくらであれば農家は儲かるのか
いくらまで価格が上昇すれば、農家は十分な利益が出るのだろうか。図表1のデータを使って、仮の販売価格を設定したうえで、1年間の総売上、利益、所得、時給などを算出してみた結果が、図表2である。
反収は一般に10aあたり8~9俵(480kg~540kg)といわれているが、ここでは仮に8俵とおいた。そのうえで、1俵あたりのコメの販売価格が①1万円、②1万2000円、③1万5000円、④1万8000円、⑤2万4000円の5つのケースを試算してある。
令和5年(2023年)の状況に最も近いのが、②の1万2000円/60kgのケースである。これを見ると、農家でも利益が出ず、かろうじて利益が出る30ha農家でも利益36.7万円にすぎず、50ha農家でも246.2万円しか利益がないことがわかる。
ただ、コメ農家の9割以上は、家族経営であり、1~2名の家族と、繁忙期の手伝いだけで営農している場合がきわめて多い。50haの法人経営であったとしても、雇用は7~8名で、労働力の中心に経営者とその家族がいることが多い。
■84%の農家が最低賃金以下の時給
その結果、家族経営が中心のコメ農家において、経営結果として実態的にもっとも意識されているのは、「家族の労賃」なども含めた「所得」である。家族労務費以外にも、「所有農地の地代」なども経営上のコストとカウントされるが、実際には外部流出はしない。
所得に目を転じてみると、20ha農家で526.7万円の所得があることがわかる。
一方で、全体の84%を占める5ha以下の農家が(このデータを見るかぎりは)最低賃金以下の時給の状況であることがわかる(1ha以下は、所得でも赤字)。とはいえ5ha以上の農家で、耕地面積としては約70%を占めている。コメ価格高騰前でも、大半のコメは赤字で生産されていたわけではないことがわかる。
■コメ価格2000円だと所得は200万円台
最近5年間で、もっともコメ価格が安かったのは、令和3年(2021年)であり、その年の平均相対取引価格は1万2804円/60kgであった。歴史上、過去3番目に低かった。地域にもよるが、JAの概算金は9000~1万1000円程度まで低下していたと考えられる。
仮に、販売価格を1万円/60kgとおいて、利益、所得などを試算したのが①である。この水準になると、すべての階層で経営継続が完全にできないレベルである。20ha以上のすべての階層で、200万円台の所得しか得られない。
どの価格であれ、時給で見ると零細になればなるほど厳しくなっている。
たとえば、0.5ha農家であれば約40俵のコメを収穫するが、これぐらいの量しか作っていない零細農家においては、中規模・大規模農家に比べて、縁故米で譲渡したり、地域の知り合いへ直接販売する比率が高い。
確定申告上はJAの概算金の売上単価になっていても、実際には昔から付き合いのあるところに、直接、60kgあたり1万5000~2万円程度で販売していたケースが少なくない(小売りではこの時代でも2000円/5kgで売っているわけであり、60kg2万円で買えれば、5kg1666円であり、精米による目減り分を考えても、消費者から見れば十分に安い)。
■時給307円では新たな農家はいなくなる
いちばん厳しいのは、おそらく3~10haないし15haぐらいまでの層である。たとえば、農家だと収穫量は8俵/10aでも800俵になる。30kgの紙袋で1600袋である。家族労働時間も年間1200時間近くある。縁故米や直接販売だけで売りきるのは難しい。
10ha農家の場合、②1万2000円/60kgのケースでも、年間の所得は196.4万円でしかない。さらに、①1万円/60kgのケースでは、36.4万円しか所得がない。時給換算で307円しかなく、まったくお話にならない。
ただし、ここまで下がると収入保険やナラシ対策などのセーフティネットが発動する可能性が高い。
①の場合でも200万円程度の所得は得られることになるが、昔からの農業をやってきた60歳代・70歳代の高齢者であれば、年金をもらいながらの副収入として、なんとか継続してくれるかもしれない。しかしながら、「あらたに就農しよう」と意欲をもって取り組める水準ではまったくない。
■コメ価格は3000~3600円が現実的
少なくとも、1200時間の労働時間の10ha農家でみて、③1万5000円/60kgの436万4000円、できれば、④1万8000円/60kgの676.4万円ぐらいの所得がないと、若い新たな就農者を期待することはできないのではないだろうか。
以上の分析と、JAの概算金が2万円以上の水準になっている令和7年夏の現状を踏まえると、「コメ農家の収益を確保するために、どれだけのどういった保護政策をうつべきか」ということを考えられる地合ではない。
要するに、直接支払による保護だけではなく、価格維持による保護まで含めると、現状の農業保護の水準は高すぎる。まずは、「コメ価格の高騰により、結果として増えてしまった農業保護」をいかに適正化するかを考える必要がある。
■店頭に並ぶ適切なコメ価格はいくらか
農家の経営の持続性という意味で考えても、多くの農家が1万5000円/60kg程度あれば、やっていける可能性が高い。少し余裕をみるとしても、1万8000円/60kgあれば十分であろう。
農家の売上が1万8000円/60kg程度であれば、相対取引価格は2万円/60kg(1666円/5kg)程度が見込まれ、小売価格は3250円/5kg程度が見込める。この時に内外価格差による国民負担は、約1兆2500億円程度になる。令和5年(2023年)よりは5000億円程度多いが、令和6年(2024年)よりは5000億円程度おさえることができる。
著者は、コメの価格が安定して安かった2019年1月を起点にして、2025年2月までの小麦粉価格上昇度合いと同程度の価格上昇をした場合のコメ価格を推計している。それもちょうど、3250円/5kgであり、消費者から見ても一定程度、納得感のある水準になると考えられる。
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稲垣 公雄(いながき・きみお)
三菱総合研究所研究理事
京都大学経済学部卒、三菱総合研究所入社。関西センター長、ものづくり事業革新センター長、経営イノベーション本部副本部長などを経て、2021年より食農分野担当本部長、24年10月より研究理事(フェロー)。現在は、企業経営戦略・農業政策に関する研究提言、農業分野を中心に社会課題解決を実現する企業・経営体や行政組織の事業改革、事業創出に取り組む。
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三菱総合研究所「食と農のミライ」研究チーム
三菱総合研究所は三菱グループのシンクタンク。食農分野においては、「食と農のミライ」研究チームが中心となり、日本の農業の持続的発展を通じた食料安全保障の実現や、食品・農業の環境対応などの社会課題解決を目指した研究提言・事業実装に取り組んでいる。
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(三菱総合研究所研究理事 稲垣 公雄、三菱総合研究所「食と農のミライ」研究チーム)
(第2回)
※本稿は、稲垣公雄+三菱総合研究所「食と農のミライ」研究チーム『日本人は日本のコメを食べ続けられるか』(河出書房新社)の一部を再編集したものです。
■コメがいくらであれば農家は儲かるのか
いくらまで価格が上昇すれば、農家は十分な利益が出るのだろうか。図表1のデータを使って、仮の販売価格を設定したうえで、1年間の総売上、利益、所得、時給などを算出してみた結果が、図表2である。
反収は一般に10aあたり8~9俵(480kg~540kg)といわれているが、ここでは仮に8俵とおいた。そのうえで、1俵あたりのコメの販売価格が①1万円、②1万2000円、③1万5000円、④1万8000円、⑤2万4000円の5つのケースを試算してある。
令和5年(2023年)の状況に最も近いのが、②の1万2000円/60kgのケースである。これを見ると、農家でも利益が出ず、かろうじて利益が出る30ha農家でも利益36.7万円にすぎず、50ha農家でも246.2万円しか利益がないことがわかる。
ただ、コメ農家の9割以上は、家族経営であり、1~2名の家族と、繁忙期の手伝いだけで営農している場合がきわめて多い。50haの法人経営であったとしても、雇用は7~8名で、労働力の中心に経営者とその家族がいることが多い。
■84%の農家が最低賃金以下の時給
その結果、家族経営が中心のコメ農家において、経営結果として実態的にもっとも意識されているのは、「家族の労賃」なども含めた「所得」である。家族労務費以外にも、「所有農地の地代」なども経営上のコストとカウントされるが、実際には外部流出はしない。
所得に目を転じてみると、20ha農家で526.7万円の所得があることがわかる。
家族労働時間は1755時間で、時給換算すると3001円/時間となる。さらに15ha農家、10ha農家、5ha農家まで、時給1000円は超えている。
一方で、全体の84%を占める5ha以下の農家が(このデータを見るかぎりは)最低賃金以下の時給の状況であることがわかる(1ha以下は、所得でも赤字)。とはいえ5ha以上の農家で、耕地面積としては約70%を占めている。コメ価格高騰前でも、大半のコメは赤字で生産されていたわけではないことがわかる。
■コメ価格2000円だと所得は200万円台
最近5年間で、もっともコメ価格が安かったのは、令和3年(2021年)であり、その年の平均相対取引価格は1万2804円/60kgであった。歴史上、過去3番目に低かった。地域にもよるが、JAの概算金は9000~1万1000円程度まで低下していたと考えられる。
仮に、販売価格を1万円/60kgとおいて、利益、所得などを試算したのが①である。この水準になると、すべての階層で経営継続が完全にできないレベルである。20ha以上のすべての階層で、200万円台の所得しか得られない。
どの価格であれ、時給で見ると零細になればなるほど厳しくなっている。
しかし、0.5ha農家や1ha農家は、実際にはここまでの赤字になっていない場合が多いと推測される。
たとえば、0.5ha農家であれば約40俵のコメを収穫するが、これぐらいの量しか作っていない零細農家においては、中規模・大規模農家に比べて、縁故米で譲渡したり、地域の知り合いへ直接販売する比率が高い。
確定申告上はJAの概算金の売上単価になっていても、実際には昔から付き合いのあるところに、直接、60kgあたり1万5000~2万円程度で販売していたケースが少なくない(小売りではこの時代でも2000円/5kgで売っているわけであり、60kg2万円で買えれば、5kg1666円であり、精米による目減り分を考えても、消費者から見れば十分に安い)。
■時給307円では新たな農家はいなくなる
いちばん厳しいのは、おそらく3~10haないし15haぐらいまでの層である。たとえば、農家だと収穫量は8俵/10aでも800俵になる。30kgの紙袋で1600袋である。家族労働時間も年間1200時間近くある。縁故米や直接販売だけで売りきるのは難しい。
10ha農家の場合、②1万2000円/60kgのケースでも、年間の所得は196.4万円でしかない。さらに、①1万円/60kgのケースでは、36.4万円しか所得がない。時給換算で307円しかなく、まったくお話にならない。
ただし、ここまで下がると収入保険やナラシ対策などのセーフティネットが発動する可能性が高い。
令和3年産においてナラシ対策に加入していれば、10ha農家では168万円の補填があった計算になる。
①の場合でも200万円程度の所得は得られることになるが、昔からの農業をやってきた60歳代・70歳代の高齢者であれば、年金をもらいながらの副収入として、なんとか継続してくれるかもしれない。しかしながら、「あらたに就農しよう」と意欲をもって取り組める水準ではまったくない。
■コメ価格は3000~3600円が現実的
少なくとも、1200時間の労働時間の10ha農家でみて、③1万5000円/60kgの436万4000円、できれば、④1万8000円/60kgの676.4万円ぐらいの所得がないと、若い新たな就農者を期待することはできないのではないだろうか。
以上の分析と、JAの概算金が2万円以上の水準になっている令和7年夏の現状を踏まえると、「コメ農家の収益を確保するために、どれだけのどういった保護政策をうつべきか」ということを考えられる地合ではない。
要するに、直接支払による保護だけではなく、価格維持による保護まで含めると、現状の農業保護の水準は高すぎる。まずは、「コメ価格の高騰により、結果として増えてしまった農業保護」をいかに適正化するかを考える必要がある。
■店頭に並ぶ適切なコメ価格はいくらか
農家の経営の持続性という意味で考えても、多くの農家が1万5000円/60kg程度あれば、やっていける可能性が高い。少し余裕をみるとしても、1万8000円/60kgあれば十分であろう。
農家の売上が1万8000円/60kg程度であれば、相対取引価格は2万円/60kg(1666円/5kg)程度が見込まれ、小売価格は3250円/5kg程度が見込める。この時に内外価格差による国民負担は、約1兆2500億円程度になる。令和5年(2023年)よりは5000億円程度多いが、令和6年(2024年)よりは5000億円程度おさえることができる。
著者は、コメの価格が安定して安かった2019年1月を起点にして、2025年2月までの小麦粉価格上昇度合いと同程度の価格上昇をした場合のコメ価格を推計している。それもちょうど、3250円/5kgであり、消費者から見ても一定程度、納得感のある水準になると考えられる。
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稲垣 公雄(いながき・きみお)
三菱総合研究所研究理事
京都大学経済学部卒、三菱総合研究所入社。関西センター長、ものづくり事業革新センター長、経営イノベーション本部副本部長などを経て、2021年より食農分野担当本部長、24年10月より研究理事(フェロー)。現在は、企業経営戦略・農業政策に関する研究提言、農業分野を中心に社会課題解決を実現する企業・経営体や行政組織の事業改革、事業創出に取り組む。
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三菱総合研究所「食と農のミライ」研究チーム
三菱総合研究所は三菱グループのシンクタンク。食農分野においては、「食と農のミライ」研究チームが中心となり、日本の農業の持続的発展を通じた食料安全保障の実現や、食品・農業の環境対応などの社会課題解決を目指した研究提言・事業実装に取り組んでいる。
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(三菱総合研究所研究理事 稲垣 公雄、三菱総合研究所「食と農のミライ」研究チーム)
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