■YOASOBIのAyaseやあいみょんが自身のタトゥーを自撮り
海外アスリートやK-POPスター、訪日外国人などの中にはタトゥーを入れる人が少なくありません。日本でも最近、2人組音楽ユニットYOASOBIのAyase(首や肩、手首まで上半身)や、シンガーソングライターのあいみょん(腕)がインスタグラムでタトゥーがわかる自撮りショットを公開して賛否両論を呼び起こしました。
長らく日本ではタトゥーが特定の文化や社会的背景と結びつけられてきました。しかし昨今は、メディアの影響で若い世代を中心に、自己表現やおしゃれとしての選択肢にもなり始め、実際、都市部や音楽フェスなどではタトゥーを入れた人々が多く見られるようになりました。
欧米では人口の3~4割がタトゥーを入れているという統計(※1)もあります。日本ではおそらく人口の数%程度ですが、確実に増加傾向にあるようです。都留文科大学の山本芳美教授(文化人類学)の研究によると、日本のタトゥー人口は2014年から22年の8年間でほぼ倍増し、約140万人となったとそうです(WWD、2024年12月4日配信)。私も診察のときに聴診器を当てようと服を脱いでもらったら、タトゥーがいっぱいで驚くこともしばしばあります。
※1 Tattoo Statistics For Australia - 2022 UPDATE, Disappear Laser Cinic+Tattoo Removal
ただ、ここで医師として懸念があるのは、彼らがタトゥーのリスクを承知しているのだろうか、という点。タトゥーには医学的なリスクがあります。健康への影響を正しく知ることの重要性を強く訴えたいと思います。
■タトゥーの生物学的メカニズム
健康リスク(※2)を知る第一歩として、まずタトゥーの仕組みを解説しましょう。
※2 A medical-toxicological view of tattooing, The Lancet
タトゥーの処置では、専用の機械によって針が毎分数百~数千回も皮膚を突き抜き、表皮の下にある真皮層へインクを注入します。数多くの細かな傷を表皮に作りながら、真皮にずっと残る異物を入れ込んでいくわけです。
人間の体は、自分のものではない異物に反応する免疫システムを持っています(2025年のノーベル生理学・医学賞となった坂口志文先生の研究にも関連する仕組み)。この免疫システムを皮膚も持っており、タトゥーのインクを異物と認識し排除をしようと反応を起こします。しかし、インクの粒子は大きすぎて完全には除去できません。そのため、マクロファージと呼ばれる免疫細胞がインクを包み込み、皮膚下に閉じ込めることで定着します。タトゥーがずっと消えない理由は、この免疫細胞とインクが持続的な関係を作って長く安定するためなのです。
■タトゥーの種類とアレルギー
すべてのタトゥーが同じ健康リスクを持つわけではありません。谷崎潤一郎のデビュー作『刺青(しせい)』で描かれたような伝統的な日本の手彫りは、炭素を主成分とした墨を用いるため、比較的アレルギー反応が少ないとされます。炭素は人体組織との相性が良いからです。
一方、現代的なマシンタトゥーは効率的に仕上げられる反面、アゾ系やキナクリドンなどの有機色素、青や緑を鮮やかに表現するフタロシアニン、さらには酸化鉄やチタン白といった無機顔料など、化学的に多様で複雑な色素を用います。
色彩の幅が広がったことは、芸術表現を大きく押し広げた一方、潜在的なアレルギー物質(アレルゲン)の種類も増加させました。
つまり、タトゥーには免疫反応や化学物質との相互作用といった医学的な現実があるのです。色素に対するアレルギー反応は数カ月から数年後に出現し、タトゥーとの関連が見過ごされることもあります。色素は体内での反応が一様ではなく、とりわけ赤系のインク(※3)は遅発性アレルギーを起こしやすいことで知られています。タトゥーの処置が一見完全に治癒した後でも、数年を経て突然かゆみや腫れが出る例も知られています。治療しても完全に症状が消えない場合もあり、繰り返しのステロイド注射や、最終的には外科的切除が必要になることもあります。
※3 Hypersensitivity to permanent tattoos: Literature summary and comprehensive review of patch tested tattoo patients 1997-2022, Wiley
■タトゥーによる感染症リスク
アレルギーだけではありません。感染症のリスク(※4、5)もよく知られています。タトゥーを入れた直後、皮膚には細菌が侵入しやすい開いた傷ができます。そのため最も身近で即座に起こるリスクは感染症です。黄色ブドウ球菌や化膿性連鎖球菌といった一般的な細菌によって、強い発赤や腫れ、化膿、赤い筋状の炎症、さらには発熱や悪寒など全身症状を伴う感染症が起こりえます。
※4 Causes, patterns, and epidemiology of tattoo-associated infections since 1820, The Lancet
※5 Microbiology of tattoo-associated infections since 1820, The Lancet
近年特に注目されるのは、非結核性マイコバクテリアによる感染です。これは水環境で繁殖する細菌で、非滅菌水でタトゥーのインクを希釈した場合に混入するリスクがあります。感染すると治癒しにくい隆起や結節を形成し、瘢痕(はんこん)や変形を残す恐れがあります。治療には数カ月にわたる専門的な抗菌薬投与が必要になる場合も知られています。
また、すでに自己免疫疾患を持つ人は、リスクが高まるとされています。乾癬の方ではタトゥー部位に新たな皮疹が現れ、症状が悪化することがあります。湿疹体質の人は炎症反応が強くなり、ケロイド体質の人ではタトゥーの境界を超えて厚い瘢痕が広がる恐れがあります。これら持病のある方はタトゥーには慎重になったほうがよいでしょう。
2024年には、スウェーデンの研究でタトゥーを持つ人が持たない人に比べ、血液のがんの一種である悪性リンパ腫の発症リスクが21%高いという結果が発表されました(※6)。絶対的なリスクは小さく、因果関係が証明されたわけではありませんが、長期的に異物である色素にさらされることで免疫系の細胞に悪影響が及ぶ可能性を示しています。
※6 Tattoos as a risk factor for malignant lymphoma: a population-based case–control study, The Lancet
■タトゥー除去の問題点
「後で除去すればいい」と考える人も少なくありませんが、タトゥー除去は簡単ではありません。
さらに、アレルギー反応を起こした場合は、除去によってかえって症状が悪化することがあります。分解された色素が新たにアレルゲンとして体内に広がるからです。瘢痕や色素沈着、逆に色素脱失など、美容上の問題が残る可能性もあります。つまり「元の状態に戻せる」という考えは必ずしも当てはまりません。色素がリンパ組織に残ることで、目には見えなくても免疫系が生涯にわたり異物にさらされるリスクもあるのです。
■日本のタトゥー規制環境
日本におけるタトゥーの規制は独特です。2020年までは法的に曖昧で、無免許医療行為として摘発されるケースもありました。しかし最高裁がタトゥーを医療行為ではなく芸術と認め、医師免許がない人でもタトゥー施術が可能と判断されました(同年9月16日最高裁判所決定)。
ただし、衛生や安全に関する具体的な規制は十分には整っていません。国家資格や衛生基準、インク成分の規制もなく、タトゥーを施術する施設ごとに基準が異なるのが現状で、業界の自主規制(※7)に委ねられています。
※7 日本タトゥーイスト協会
一方で、欧州は有害色素を禁止し成分表示を義務づけ、米国は食品医薬品局が監視しています。これに比べ、日本では利用者が自ら情報を集め、安全性を判断する責任が大きいといえます。芸術的自由を謳歌できる一方で、安全基準のばらつきが存在するため、さまざまなリスクは利用者の責任にゆだねられる側面があり、しっかりとした知識を持っておくことが何より重要となっています。
■もし、子供がタトゥーに興味を持ったら
日本では少数派かもしれませんが、子供が国内外のアーティストや芸能人、アスリートなどに刺激を受け、タトゥーに興味を示すことは十分に考えられます。このとき、親はどう対処すればいいでしょうか。
反射的に否定したり、社会的な不利益を強調して警告したり、といった対応は、かえって反抗的になって対話の扉を閉ざす結果を招きかねません。むしろ、子供の関心を教育の機会と捉え、オープンな対話を続けることが大切です。
まず、前述したようなタトゥーの健康リスクを共有しておくのも重要でしょう。恐怖心をあおるのではなく、事実に基づいて説明して、髪型や服装と違ってタトゥーは取り返しのつかない選択であることを示すことで、子供にその決断の重さを理解してもらうとよいでしょう。
成人した子供がタトゥーを入れると決めた場合は、その意思を尊重しつつ、安全な判断を支えることが家族の役割になります。信頼できる施設の情報を集め、衛生管理の重要性を伝えること、またリスクの高い色素を避けるよう助言することで、決断の範囲内でより安全な選択を後押しできます。
■最も安全な選択をするために
タトゥーを入れると決めたなら、事前の予防策が合併症のリスクを減らします。
清潔さを見極めるには、針が利用者の目の前で無菌パッケージから開封されるか、使用面が予約ごとに消毒されるか、スタッフが処置中に手袋を適切に交換しているか、インクが使い捨て容器に注がれているか、滅菌装置が維持・使用されているかにも注目できればよいでしょう。
また、施術者と事前に色や部位について相談することも不可欠です。赤色インクはアレルギー反応を起こしやすいことにも注意が必要です。デザインの美しさだけでなく、将来の医療処置や職業に支障をきたさない位置を選ぶ視点も欠かせません。
タトゥーを入れた後、医療現場で正確なケアを受けるために、医師との情報共有も大事です。磁石を使う検査(MRI)や外科手術の前、皮膚疾患の診察、日常的な受診のときでも、タトゥーの有無が分かると適切な対応が可能になるので、事前に伝えると医療者はスムーズに対処できます。
合併症の兆候を自分で観察することも重要です。もし、色や質感の変化、長引くかゆみや痛み、腫れや隆起、赤みや発熱、膿の分泌といった症状が現れたら早めに受診すべきです。
好奇心いっぱいの子供にどう向き合うか悩む親も、初めてタトゥーを検討している大人も、まずは正しい知識を持つことでよりよい選択につながります。
繰り返しになりますが、タトゥーは芸術・自己表現・文化の一部という側面がある一方で、施術直後のリスクと、年月を経て現れる長期的なリスクの双方があるという事実があります。軽視できない健康リスクも伴っています。タトゥーが善か悪かという社会規範上の問題だけではなく、冷静にそうした科学的な情報を踏まえて判断する姿勢が求められます。
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谷本 哲也(たにもと・てつや)
内科医
鳥取県米子市出身。1997年九州大学医学部卒業。医療法人社団鉄医会理事長・ナビタスクリニック川崎院長。日本内科学会認定内科専門医・日本血液学会認定血液専門医・指導医。2012年より医学論文などの勉強会を開催中、その成果を医学専門誌『ランセット』『NEJM(ニューイングランド医学誌)』や『JAMA(米国医師会雑誌)』等で発表している。
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(内科医 谷本 哲也)