元大阪市長・大阪府知事で弁護士の橋下徹さんであれば、ビジネスパーソンの「お悩み」にどう応えるか。連載「橋下徹のビジネスリーダー問題解決ゼミナール」。
今回のお題は「日本の婚姻制度」です──。
※本稿は、雑誌「プレジデント」(2025年10月17日号)の掲載記事を再編集したものです。
■Question
「同姓」「貞操」……今の婚姻制度は実情に合っているか?
一世代も前から政治課題になっている「選択的夫婦別姓」は、結婚後戸籍上も旧姓を名乗れるというだけの制度ですが、いまだに実現していません。加えて今の婚姻制度には「夫婦同姓」のほか「貞操」の義務も含まれます。不倫が問題化するのはそのためですが、姓についても貞操についても、現代社会の実情に合っていないのではないかという疑問の声も上がっています。橋下さんはどう考えますか。
■Answer
正論をぶつけ合うより、目の前の「人間の営み」に目配りした解決策を
前回は「不倫」についてお話ししました。不倫そのものは犯罪ではないけれど、民法上の「貞操義務」に反する不貞行為と見なされるため、慰謝料請求の対象になる。だから芸能人や政治家の不倫がバレれば、世間から社会的制裁を受けやすいという話でした。
ただし、法律や制度は絶対不変のルールではなく、あくまでもその時代やその地域の人々の倫理観を凝縮させたものにすぎません。だから同じ国でも時代が変われば、集団ルールとしての法律が、社会の実態とそぐわなくなることは十分ありえます。
婚姻制度なんてまさにそう。
保守派の政治家たちはよく「日本の伝統的な価値観では……」などと言いますが、江戸時代の不倫は表向きは死罪ですけど、実態は結構ルーズだったといいます(笑)。もし伝統にこだわるなら、死罪か放任か。少なくとも今の不倫に関する中途半端な状態ではなかったでしょうね。
保守派は皇位継承問題についても「伝統を守れ」の一点張りで、男系男子による継承だけにこだわります。でもそれだと皇族の数が減り側室制度も廃止された中では、皇室に嫁いだ女性(例えば今の皇后陛下)は例外なく「男の子を産まなくてはならない」という強いプレッシャーにさらされます。ところが保守派にとっては「伝統を守る」ことだけが大事で、彼らは皇后陛下の苦しみという、具体的な人間の営みについてはほとんど配慮も想像もしていません。
皇位継承については順位の問題として、1位は男系男子、それが不在の場合には2位として男系女子も認め、男系男子が現れたときにはそこに戻すというような合理的な思考をすべきです。
一方、社会や常識を変えることに熱心なリベラル派はどうでしょう。こちらは現代の先進的な価値観を正論のごとく主張しますが、それだけでは社会を変えるのは難しい。というのも、彼らがいう「正論」が実態に即した考え方であったとしても、世間にはまだその考えに納得できず、受け入れてくれない人も多いからです。
大切なのは、伝統や時代の正論にこだわることではありません。人々の意識が変化するスピードに気を配り、「流れ」を読むことがポイントです。

僕がそれを痛感したのは、「大阪都構想」を巡る住民投票でのことでした。肥大化した大阪府庁と大阪市役所の二重行政を解消すべく、東京都のような都区制度を敷く――。これが僕なりの正論でしたが、住民投票は僅差で否決。いくら“論”が正しくても、人々の意識が改革のスピードに追い付かなければ賛同は得られないと実感しました。
とはいえ多数派におもねっても必要な改革は進みません。だからあの時はあえて正論を正面から問いました。
しかし現実に制度化という結果を出すには、過去からの流れとタイミングを見極めることが必要なんですよね。
■日本の常識はやがて「多夫多妻」へ?
婚姻制度の話に戻ります。例えば夫婦同姓の原則についても、さまざまなひずみが目立ちます。共働き世帯が全体の7割を超えたというのに、結婚の際に姓を変えるのは圧倒的に女性の側。実に約95%の割合で、妻が夫の姓に変更している。本人が希望するならいいでしょうが、ほかに選択肢がなく諦めている人も多いのです。

結婚して姓を変えれば、変えたほうの心に葛藤が生じるばかりか、実生活でも不利益を被ることがあります。例えば大学などの研究者は過去の論文が実績になりますが、姓の変更で現在の自分に紐づかなくなるリスクもあります。保守派の中には「旧姓を通称として使えばいいじゃないか」と簡単に片づけようとする向きもありますが、そうすると今度は「通称」と「戸籍上の本名」の紐づけに新たな作業が発生します。ここでも保守派は、具体的な人間の営みにどこまでも無関心なのです。
選択的夫婦別姓に賛成の人は今や6割を超え、日本人の価値観は変わってきています。選択的夫婦別姓はすでに時代の常識となり、制度化を受け入れる素地はできていると考えるべきでしょう。
ところで、婚姻を含む日本の家族制度が今のようになったのは戦後のことです。戦前には「戸主」を中心に「家」を基盤とする戸籍制度があり、いわゆる家制度を支えていました。戸主には戸主権があり、家族の結婚や家の財産の管理など多くの権限を握っていた。それが戦後、日本国憲法の施行に伴って民主的な現在の戸籍制度(昭和戸籍)に改められたのです。
1948年施行の戸籍法による昭和戸籍は、一組の夫婦と子によって構成され、戸主の制度は廃止されました。代わりに「筆頭者」というものができましたが、筆頭者は戸主とは違います。
名目は戸主みたいですが、実態は何の権限もないものです。
なぜ政府はそんな中途半端なことをしたのでしょうか。それは戸主を廃止するという、急な価値観の変化に不安を感じる人たちにも受け入れられやすくする知恵だったのだと思います。伝統に固執するのでも、新しい価値観を一気に押し付けるのでもなく、バランスに配慮した変え方をしたのです。しかも昭和戸籍は、戸籍法施行から10年かけて全国に行きわたったといいます。大変革にはそれだけの配慮と時間が必要なのです。
その後、昭和戸籍の価値観の基礎である男女平等や個人主義が浸透し、女性の社会進出が進んだ今、婚姻制度や婚姻に関する常識も変わっていくのが自然です。例えば配偶者の納得が得られるなどいくつかの条件が揃えば、婚外恋愛を他人が「不倫だ!」と責めるのはおかしいと感じる人が増えてきているものと思います。
もちろん男女平等ですから、婚外恋愛をした女性も男性と同じく責められるべきではありません。その考えを先へ進めれば、やがて現在の一夫一妻から「多夫多妻」を認める方向へ、日本の常識や倫理観は変わっていくだろうと僕は考えています。
このような考えは今のところは急進的な考え方かもしれません。むしろ多夫多妻のような考え方は「未来永劫絶対に納得できない!」という方もいらっしゃるでしょうから、ぜひ編集部あてにご意見をお寄せください。

ただ、一つ大事なことがあります。常識が変わりつつある中では、制度の変化が間に合わず苦しむ人が出てきます。例えば婚外恋愛により授かった子は、「非嫡出子」として不利な立場に置かれることがあります。かつてに比べればマシになったとはいえ、政治行政における各種の補助制度の対象外になってしまうなどの不利益があるのです。
親たちの行為が非難されることがあったとしても、子供に対して不利益を押し付けることは絶対にあってはなりません。伝統や新しい価値観にこだわる前に、目の前の人間の営みに目配りする姿勢が保守派にもリベラル派にも必要なことだと思います。

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橋下 徹(はしもと・とおる)

元大阪市長・元大阪府知事

1969年生まれ。大阪府立北野高校、早稲田大学政治経済学部卒業。弁護士。2008年から大阪府知事、大阪市長として府市政の改革に尽力。15年12月、政界引退。北野高校時代はラグビー部に所属し、3年生のとき全国大会(花園)に出場。
実行力』『異端のすすめ』『交渉力』『大阪都構想&万博の表とウラ全部話そう』など著書多数。最新の著作は『政権変容論』(講談社)。

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(元大阪市長・元大阪府知事 橋下 徹 構成=三浦愛美 写真=時事通信フォト)
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