秋になると気分が落ち込んだり、集中力が低下したりする人がいる。産業医の池井佑丞さんは「秋は日照時間の減少や気圧の変動により心身が揺らぎやすい時期だ。
気のせいだと思わずに、小さな工夫を重ねてみてほしい」という――。
■秋はメンタル不調が生じやすい
猛暑の夏がようやく終わり、涼しさを感じるようになると、「気持ちが沈む」「仕事への意欲がわかない」といった心身の変化を訴える人が増えてきます。多くの人は夏の疲れが残っているだけだろうと考えがちですが、実は秋特有の環境変化が影響している可能性があります。
秋は、メンタル不調が生じやすい季節です。国内の調査では、精神科疾患で救急外来を受診する患者数は9月から10月にかけて増加傾向を示し、さらに適応障害は10月以降から冬にかけて急増することが報告されています(大槻ら、2009日本システム技術、2023)。
その背景には、日照時間の減少に伴うセロトニン活性の低下や、気圧の変化に伴う自律神経の乱れといった生理学的要因が関与していると考えられています。こうした影響は「秋うつ」と呼ばれることもありますが、医学的には「季節性うつ病(季節性感情障害:SAD)」の一種として説明されることがあります。
今月は、秋に起こりやすいメンタル不調のメカニズムを整理しながら、日常生活に取り入れられる具体的な工夫について解説していきます。
■セロトニンが不足すると気分が落ち込みやすくなる
セロトニンは、脳内で分泌される神経伝達物質のひとつで、感情の安定や集中力に関与することが知られています(Bîlc et al., 2023)。十分に分泌されていると気分が安定し、集中力も高まりやすくなりますが、不足すると気分の落ち込みや不安感が強まりやすくなるといわれています。
セロトニンの分泌は、日光を浴びることで活性化すると考えられています。
網膜から入った光の刺激が脳に伝わり、セロトニンの合成が促されるためです。
このため、夏のように日照時間が長い季節にはセロトニンの活性が高まりやすい一方で、秋に入って日照時間が短くなると、脳内のセロトニン活性が低下すると考えられます。
実際に、成人男性の血液中のセロトニン代謝物濃度を調べた研究では、脳内のセロトニン産生率が、日照時間が長くなると上昇し、光の量の増加に伴い急激に高まることが明らかとなっています(Lambert et al., 2002)。
他の研究でも、日照時間が減少するとセロトニンの活動が低下し、季節性うつ病(SAD)を発症する可能性があることが報告されています(Tyrer et al., 2016Mc Mahon et al., 2016)。つまり、日照時間の減少は、メンタルの安定を左右する重要な環境要因であると考えられます。
■気圧の変化が自律神経に影響を与える
秋は日照時間の減少に加え、台風や前線などによる気圧の変化が起こりやすく、これが自律神経系の調整に影響を与えるストレス因子として作用する可能性も指摘されています。
自律神経は交感神経と副交感神経から成り、血圧や心拍、体温調整などを司っています。通常は外的刺激や体内の変化に応じて両者のバランスを取っていますが、急激な気圧の変化が生じると、この調整機能に負担がかかります。
約5万4000人の心拍データを解析した大規模研究では、通常よりも気圧が高くなると、男性では約3.8%、女性では約2.4%、交感神経優位となる人が増加することが報告されており、気圧変動と自律神経活動との関連が示されました(Komazawa et al., 2016)。
自律神経活動が乱れると、不安感や睡眠の質の低下、集中力の低下、慢性的な疲労感といった症状が現れやすくなることが複数の研究で示されており、こうした変化はメンタルヘルスの不調につながるだけでなく、仕事の効率や判断力にも影響を及ぼす可能性があります(Correia et al., 2023Thayer et al., 2009Escorihuela et al., 2020)。
■気圧が低下するとストレスレベルが上昇する
さらに、気圧変動とメンタルヘルスとの直接的な関連を示す研究も報告されています。ヨーロッパで行われた調査では、気圧低下が観察された2日後に男性の抑うつ症状が28%増加したことが示されており、気圧変動が抑うつの発症リスクに影響を与えることが示唆されました(Brazienė et al., 2022)。また別の研究では、気圧が低下するとストレスレベルが上昇することも報告されており、心理的ストレスとの関連性も明らかになっています(Fagerlund et al., 2019)。

このように、秋に特徴的な気圧の不安定さは、自律神経の働きに影響を及ぼし、心身のコンディションや気分の変化、さらには抑うつやストレスの増大にも関与し得る「見えにくいリスク要因」として作用しているのです。
■特定の季節にうつ症状が出現する「季節性うつ病」
秋から冬にかけて、毎年同じ時期に「気分が沈む」「やる気が出ない」といった不調を繰り返す場合、季節性うつ病(Seasonal Affective Disorder:SAD)に該当する可能性があります。SADは、特定の季節にうつ症状が出現し、一定の時期になると改善するという特徴を持つ気分障害です(Melrose, 2015)。
典型的なのは寒くなってくる時期に発症し、春先から夏にかけて回復するパターンです。発症の背景には、日照時間の減少による概日リズムの乱れ、セロトニンやメラトニンといった神経伝達物質の調節異常、遺伝的要因などが複雑に関与すると考えられています(Roecklein and Rohan, 2005)。
疫学的調査によれば、反復性うつ病患者の10~20%程度が季節性の経過を示すとされています(Roecklein and Rohan, 2005)。また、SADの有病率は地域差が大きく、北欧など高緯度地域では約3~10%と比較的高い一方、日本国内の調査では約0.4%にとどまるとの報告もあります(Magnusson, 2000Imai et al., 2003)。
一方で、国内で行われた別の研究では、日照時間の短い時期に気分が落ち込む人が増加し、とくに、緯度が高く日照時間の短い地域では、緯度の低い地域よりもその割合が約3~5%ほど多い傾向にあったことが示されました(白川ら、1993)。
これらのことから、診断基準を満たす「SAD」までは至らなくとも、秋から冬にかけて気分の落ち込みや活力の低下といった“季節性の気分変動”を経験する人は少なくないと考えられます。
こうした視点を持つことは、季節の変わり目に生じる「気分の波」を軽視せず、早めのセルフケアや周囲のサポートにつなげていくうえで重要です。
■日常習慣を整えることが大切
これまで述べてきたように、秋の気候変化は自律神経やセロトニン機能に影響を与え、気分の落ち込みや集中力の低下を招きやすくする可能性があります。ですが、難しい対策や特別な方法が必要なわけではありません。
まずは、日常生活の習慣を整えることが大切です。具体的には、次のような行動がおすすめです。
1.朝の通勤時に10分以上、自然光を浴びる
朝の太陽光は体内時計をリセットし、自律神経やホルモンのリズムを整えることが知られています(Buijs et al., 2003Moeller et al., 2022)。また、前述のとおり、日光はセロトニン合成を促すため、日中の気分を安定させる効果も期待できます。
■魚、大豆製品、乳製品を意識的に摂る
2.昼休みや帰宅時にウォーキングなど軽い有酸素運動を取り入れる
ジョギングやウォーキング、サイクリングといった有酸素運動は、セロトニンやドーパミンの働きを高め、ストレス耐性を向上させる効果が報告されています(Alizadeh, 2024)。週に数回、20~30分程度の運動でも有効です。
3.夜更かしを避け、7時間程度の睡眠を確保する
睡眠不足は自律神経を乱すだけでなく、感情をコントロールする脳領域(前頭前野や扁桃体)に悪影響を与えることが知られています(Frau et al., 2020)。なるべく夜更かしや不規則な生活は避け、7時間前後の睡眠を心がけましょう。
4.トリプトファンを含む食品を意識して摂取する
栄養面では、セロトニンのもととなる「トリプトファン」を含む魚、大豆製品、乳製品を意識的に摂るとよいでしょう(Kikuchi et al., 2021)。
さらに、気圧変化による体調の揺らぎを自覚したら、業務負荷や予定を調整し無理をしないことも重要です。
こうした小さな工夫の積み重ねが、秋の不調を未然に防ぐことにつながります。
ただし、気分の落ち込みや不眠などが数週間以上続く場合や、日常生活に支障をきたすほど強い症状がある場合には、早めに医療機関に相談することも大切です。

■不調を「気のせい」として片付けてはいけない
秋は過ごしやすい季節である一方、日照時間の減少や気圧の変動により心身が揺らぎやすい時期でもあります。セロトニン活性の低下や自律神経の乱れは気分の落ち込みや集中力の低下につながり、時に季節性うつ病(SAD)にまで発展することがあります。
大切なのは、そうした不調を「気のせい」と片づけないことです。環境要因による自然な反応であり、誰にでも起こり得る現象だからです。だからこそ、朝の光を浴びる、運動する、規則正しい睡眠を取る、栄養を意識するなど小さな工夫が有効です。
健康を守ることは、ビジネスパーソンが成果を出し続けるための基盤です。季節の変わり目を上手に乗り越えることが、仕事と生活の双方を充実させる第一歩になります。

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池井 佑丞(いけい・ゆうすけ)

産業医

プロキックボクサー。リバランス代表。2008年、医師免許取得。内科、訪問診療に従事する傍らプロ格闘家として活動し、医師・プロキックボクサー・トレーナーの3つの立場から「健康」を見つめる。自己の目指すべきものは「病気を治す医療」ではなく、「病気にさせない医療」であると悟り、産業医の道へ進む。
労働者の健康管理・企業の健康経営の経験を積み、大手企業の統括産業医のほか数社の産業医を歴任し、現在約1万名の健康を守る。2017年、「日本の不健康者をゼロにしたい」という思いの下、これまで蓄積したノウハウをサービス化し、「全ての企業に健康を提供する」ためリバランスを設立。

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(産業医 池井 佑丞)
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