医療費の増加が止まらない。2024年度の概算医療費は48兆円に達し、4年連続で過去最大を更新した。
総額である国民医療費は2022年度分まで公表されており、その額は46兆6967億円。国内総生産(GDP)に占める割合は8.24%と過去最大の比率に達している。10年前の2012年度は7.85%、20年前の2002年度は5.91%だったので、国民経済に占める医療費の割合が急ピッチで大きくなっていることが分かる。
医療費が膨らんでいる背景は高齢化だ。概算医療費を見ると、48兆円の医療費のうち40.8%を75歳以上の高齢者が使っている。2021年度は38.6%だったが、2024年度は4割を超えた。高齢者になると疾病罹患率が高まるのは当然として、終末医療に大きなお金がかかるなど構造的な要因もある。2024年度の概算医療費の伸びは1.5%だったが、75歳以上は4.1%も増えた。年間のひとり当たりの医療費で見ると、75歳未満は25万4000円なのに対して、75歳以上は97万4000円と4倍近い金額になる。
■健康保険組合の半数近くが「赤字」
問題はその負担が働いて健康保険料などを納める現役世代の生活を大きく圧迫していることだ。
企業などで働く人が企業と折半して支払っている健康保険料。
しかも、健康保険料は給与に対する保険料率で決まるため、名目給与が増えれば保険料も増える。昨今は物価上昇が著しく、これに対応するために賃上げが行われているが、これに連れて保険料も増えていくわけだ。給与の増加が物価上昇に追いつかず、実質賃金は増えていないとしても、保険料は上がっていくため、現役世代の負担感はますます大きくなっている。
年間の保険料の金額、10年前の2015年度の平均は48万4336円だったので、6万円近くも上がっている。特に2008年度以降は、75歳以上が加入する後期高齢者医療制度を支えるために、現役世代が支払った保険料から毎年拠出金が支払われることになっており、この負担が保険料を押し上げている。この結果、健康保険組合の支出のうち約4割が高齢者医療への拠出金になっている。結果、健康保険組合全体の48%に当たる660組合が赤字決算になっている。
■病院が利益を増やしているわけではない
少子高齢化で高齢者医療費が増えていくことは以前から指摘されてきた。このため、医療費圧縮の取り組みも行われてきた。一方で、医療が高度化しているため、薬剤が高額になるなど、医療費の増加に歯止めがかからない。
2024年度の概算医療費48兆円のうち、診療費が38.8兆円、調剤費が8.4兆円で、4年前の2020年度に比べて診療費が4.5兆円増加、調剤費も0.9兆円増加している。それでも医療現場の採算は厳しく、病院の経営状況は悪化している。2024年度は63.6%の病院が経常赤字で、前の年度の51.1%から大きく増えている。
医療費が増えていると言うと、医療機関が儲けていると批判されがちだが、決して病院が利益を増やしているわけではないのだ。
もちろん現役世代の負担を減らすための取り組みも行われてはいる。75歳以上の高齢者は、医療費の自己負担割合が原則1割だが、現役並みの所得がある人は3割負担になっている。さらに2022年度からは一定の所得がある層の負担を2割にする制度が作られた。
具体的には住民税の課税所得が28万円以上で年金収入と世帯所得を合わせて320万円以上の人(単身世帯は200万円以上の人)は2割負担となった。もっとも急激な負担増にならないように軽減措置が取られてきた。この軽減措置がこの10月から無くなったのだ。この結果、約310万人が2割負担に該当するようになったとしている。
■高齢者の負担増にも限界がある
医療費がかかっている高齢者自身に負担をしてもらおうという発想で、これによって現役世代の負担増を抑制しようというわけだ。健康保険組合の高齢者医療費負担もこれ以上増やすのは難しいため、やむを得ない措置とも言える。
もっとも、高齢者の負担増にも限界がある。現役世代に比べて収入が少ない高齢者の窓口負担が増えることで、高齢者自身が病院にかかることを躊躇するなど、国民皆保険制度の根幹を揺るがすという指摘も根強くある。
一方で、高額医療費制度の自己負担限度額を引き上げることが今年夏に予定されていたが、国民の間に猛烈な批判が噴出、石破茂首相の決断で引き上げが見送られた。難病などで高額医療の負担を強いられている人にとっては、自己負担の増加によって大きな影響を受け、場合によっては医療を受けること自体を断念せざるを得なくなるという批判の声が噴出した。その後も、制度の見直しが議論されているが、結論は出ていない。
■「物価上昇を上回る賃上げ」は必須
衆参両議院で自民党が少数与党となるなど、政治が不安定化している。そんな中で、増え続ける医療費への対応は待ったなしだ。結局は保険料か税金で賄うしか方法はないものの、その国民の負担感も限界に達しつつある。
財務省が毎年2月に発表している国民負担率は2023年度の実績で46.1%に達している。税金と社会保障費が国民所得の何割に達しているかという指標で、2022年度には48.4%に達していた。
岸田文雄内閣、石破茂内閣とも言い続けてきた「物価上昇を上回る賃上げ」を実現していかないと、医療費負担に国民が押しつぶされることになりかねない。そのためには、何としても経済を成長させ、パイを大きくしていくほかない。新内閣には経済成長を実現するための具体的な政策が求められる。
■日本の国民皆保険制度は経済成長に支えられてきた
万が一、国民皆保険が崩れることになれば、そのしわ寄せは弱者にいくのは米国社会を見ても明らかだ。米国では世界最高の医療が受けられる一方で、費用を懸念して体調が悪くなっても病院にかからない層が存在する。病院にかかった場合の医療費負担が大きいため、軽い症状の場合には病院には行かず、市販薬やサプリメントなどで自宅療養する人も多く存在する。
ただし、こうした病院に行かない層のためのセルフケアに関連する市場が大きく発展しているのも事実で、すべてを公的な医療制度でカバーすべきなのかどうかは今後、日本でも議論が起きてくるに違いない。誰でも同額の負担で高度な医療を受けられる日本の国民皆保険制度は世界に冠たる仕組みであることは間違いないが、それは経済成長が続いてきたことで維持ができてきたと言える。経済成長が止まったこの四半世紀も維持できたのは、過去の成長の蓄積を吐き出す格好で、国民負担を引き上げていくことで実現できたということだろう。
今後は、負担能力のある人には高い医療費を負担してもらいつつ、より高い医療を受けてもらう一方、中程度の負担ができる人にはそれ相応の医療を受けてもらうなど、受益者負担の考え方を徐々に入れていくことが必要になるだろう。その中で、医療を受ける費用負担ができない層には、生活福祉の一環として国費で医療を提供する枠組みを拡大する必要が出てくるのではないか。
社会保障に関しては与野党の枠を超えた議論の場を設けようという声が繰り返し上がる。いわゆる政争の材料に医療や福祉が翻弄されることは避けなければならない。
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磯山 友幸(いそやま・ともゆき)
経済ジャーナリスト
千葉商科大学教授。1962年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。日本経済新聞で証券部記者、同部次長、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、「日経ビジネス」副編集長・編集委員などを務め、2011年に退社、独立。著書に『国際会計基準戦争 完結編』(日経BP社)、共著に『株主の反乱』(日本経済新聞社)などがある。
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(経済ジャーナリスト 磯山 友幸)