■老後の備えは「負担を減らす」こと
そろそろリタイアが見えてきた――そういう年代になると、お金との向き合い方も変わってくるもの。「いかに資産を増やすか」を目指してきた現役時代とは異なり、「いかに負担を減らすか」に軸が移ってくる。
そのためには、自分が持っているものを把握しなくてはいけない。貴重なお金を食いつぶす“負債”になりかねないものを洗い出すために。
この負債とは、処分・維持するのにお金や手間がかかるもの、家のスペースをムダに塞ぎ続けているもの、そうした生活負債を指す。それらを抱えたまま老後に入ると、整理されないものに囲まれ、常にストレスを感じながら暮らすことになる。
老後こそ前向きな気持ちでお金を使いたいと思う人は、体力や気力が十分なうちに生活負債を片付けたいものだ。余計なものを処分して暮らしがシンプルになれば、お金の使い方も変わってくる。
それ以上ものを増やすことがなくなり、その分お金が貯まり始める。そこからいい循環が生まれてくるだろう。限られたお金で豊かに暮らすためにも、取捨選択をスタートしたい。
■「判断に迷うもの」こそ早めに捨てる
「年齢とともに集中力が続かなくなった」という声を聞く。そのせいで一つ判断するにも時間がかかる。高齢者の家にモノがどんどん溜まってしまうのも、捨てるという決断がなかなかできないせいもあるだろう。「判断に迷う」次のようなものこそ、待ったなしだ。
① 数が多い金融機関の口座
年齢が上がるごとに保有する銀行口座の数が多くなっていくもの。マイボイスコムの2025年調査によると保有口座数は3つと答えた人が22.6%と最も多いが、5つ以上も全体の3割ほどいる。多く所有しているのは男性50~60代の比率が高いという。
例えば、ボーナス時期に高金利を打ち出すネット銀行やネット支店の定期預金に惹かれて口座を開いた経験はないだろうか。その後ほとんど出し入れしていない休眠状態の口座があるなら、早めに解約の手続きをしよう。ご存じの通り、最近の銀行は、2年間など一定期間稼働がなかった口座に1000円ほどの「未利用口座管理手数料」を課す方向だ。気づかないうちに預金が目減りしていたらがっかりだ。
特にネット銀行やネット証券は、本人しかログインパスワードを知らないケースが多く、人任せにはできない。
② 昔の写真や手紙
最も処分に迷うのが、思い出の品ではないだろうか。本人にとっては貴重な人生の一コマだが、昔のアルバムが収納をぎっしり塞いでいるとすると問題だ。思い出のために家賃や固定資産を払っていることになりかねない。
気力があるうちに、残す写真を取捨選択して、スリム化しておきたい。かつてやり取りした手紙やハガキが残っている人もいるだろうが、家族にも見られたくないものが混じっているかも。簡単に捨てられないものこそ、早めに手を付けたほうがいい。ややこしいことほど先送りは厳禁だ。
■「大きくて重いもの」を捨てると健康にもいい
体力が衰えると、捨てる作業自体が一大事になる。特に大きいものや重いものは手を付けにくい。しかし、あらゆる費用が値上がりしていく時代、処理にかかる費用もさらに上がっていくだろう。
③ 1人では運べない家具や家電
使っていないのに、自分で運び出せないサイズの家具があったりすると厄介だ。捨てるにも人手が必要だからだ。しかし、そのままにしていると思わぬトラブルのもとになりかねない。
シニア生活に入った人に聞いたが、部屋に家具や家電が置いてあると躓いて簡単に骨折してしまうのだそうだ。結果、医療や介護に費用がかかることになる。できるだけ部屋にモノを置かないほうが安全なのだが、大物は処分するのもタダではない。
これが年金暮らしとなると処分費用も気軽には出せなくなる。使っていない収納家具や家電、埃をかぶったままのエクササイズ器具など、一人では運べないような大物は今のうちに業者に頼もう。
④ 重い鍋や大皿
年齢とともに「重さ」が堪えるようになる。鋳物の重い鍋や、大皿、大サイズのホットプレートを出し入れするのも億劫だ。出番が減っていき、ただの場所塞ぎになっていく。
■「保有コストがかかるもの」は金食い虫
現役時代が後半に入り、収入が減っていく時期に差し掛かると、支出の見直しは避けられない。中でも保有しているだけでコストがかかるものは、真っ先にその対象だ。
⑤ 会員スポーツクラブやリゾート会員権、ステイタスの高いクレジットカード
これら契約しているサービスを十分に活用しているなら、むろん見直す必要はない。しかし「ステイタスのため」になんとなく保有を続けているなら、即刻解約すべきだろう。自治体が契約している保養施設やスポーツ施設で事足りるかもしれないのだから。
ゴールド以上の上位クレジットカードも、一度保有すると「格下落ち」のような気がして一般カードに戻れないもの。しかし、海外旅行の機会が減った人が海外での優待が充実しているカードを保有しても意味はない。
上位カードはポイント還元率が高いという傾向はあるが、ポイントは利用代金に応じて付与されるもの。消費を抑える人生フェイズに入った人のメリットとしては微妙だ。なお、カードは2枚以上保有している人がほとんどだというが、出番がないカードを持ち続ける意味はない。それどころか、不正利用されても気づきにくいだろう。
安全のためにも、そういうカードは速やかに引退させよう。
⑥ スマホアプリのアカウント
スマホの画面がアプリのアイコンでぎっしり……という人は多いはず。タイミングを見てアプリの整理も必要だ。使わないアプリでアカウント登録をしているものは退会して、削除しよう。
たとえ利用料がかからないアプリでも、定期的にクーポンが届いたり、セールのお知らせが届くと心が揺れるもの。保有しているせいで余計な出費をしてしまいかねない。
また決済アプリや電子マネーはスマホを変えるたびに、残高の移行手続きが必要だったりと手間がかかる。保有していることで心理的コストがかかり続けるようなものだ。
■「未練があるもの」が捨てられれば未来が変わる
銀行口座やクレジットカード、そしてスマホのアプリなど、「ほとんど使っていないし、これからも使わない」と明快に線引きできるものは処分に踏み切りやすい。しかし、この先も使わないだろうとわかっていても、捨てられないものもある。「未練があるもの」だ。
その多くは押し入れの奥や物置で永く眠りについている。が、いつか出番が来て、そこから引っ張り出されるかもしれないと考え、手放せない。あなたを過去に縛り付ける、こんなものはないだろうか。
⑦ 昔に夢中になったスポーツアイテムや習っていた楽器
それを目にしたとたん青春の一コマが蘇り、「懐かしい……」と口にしてしまうのが、これらではないか。人生の折々を思い出し、「引退して時間ができたら、もう一度挑戦しよう」と甘酸っぱい気持ちになってしまう。
しかし、手入れもされないまま収納の奥に突っ込まれていたものをメンテナンスして使うより、現在の新品を購入したほうがたぶん安価で楽しめるだろう。こうした専門グッズも、形状や素材によっては簡単に捨てられない。
場合によってはジャンク品として買い取ってもらえることもあるかもしれない。早めに手放して、今の自分に合った趣味に向かったほうがよさそうだ。
⑧ 高かったブランド品や、未使用の高そうな贈答品
青春の思い出はないが、もったいないとの未練が断ちがたいのが、これらだ。出番は来ないとわかっていても、金額の数字がちらついて簡単に手放せない。そして延々とクローゼットや収納庫の場所を占拠し続ける。
しかし、価値があると思うから手放せないのであり、第三者から見るとそれほどでもないこともある。中古品買い取り業者に持ち込んで、現実的な買い取り金額を教えてもらえば未練もすっきり消えるかも。使わないものはいずれは処分される運命なのだから、買値がつくうちに手放した方がよほど「もったいなくない」はずだ。
■未来の負担となるものを減らせばムダ出費も消える
実家じまいに関する調査を見ていると、処分費用が数十万円というのは珍しくないようだ。どんなに思い出深いものでも、他人にとってはゴミでしかなく、大きな負債になりかねない。
年齢とともに自分の持ち物を管理できる能力は衰えていき、何もしなければ新しいものが増えていく一方だ。モノが増えて掃除が大変になれば、家事代行などの有料サービスを頼むことにもなるし、躓いて転倒するなどの健康リスクも増える。
入院するはめになって契約していた保険の証券を探そうとしても、片付いていなければ探すのも一苦労だ。モノが多くて片付けきれない家は、余計な出費を生んでしまう。
ものが減れば小さな家に引っ越すこともでき、そのぶん住居費を減らせるかもしれない。金融機関や保険関係の書類も整理されていれば、請求や問い合わせもスムーズだ。資産管理や相続の相談もしやすくなる。何より、捨てる作業を続けるうちに、自分にとって大事なもの、残しておきたいものがはっきりしてくるだろう。
老後に向かって、自分は何をしたいのか、どんな人生の第二幕にしたいのか。その目標が定まれば、お金との付き合い方も変わってくるはずだ。時間もお金もムダに使っている場合ではない。
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松崎 のり子(まつざき・のりこ)
消費経済ジャーナリスト
『レタスクラブ』『ESSE』など生活情報誌の編集者として20年以上、節約・マネー記事を担当。「貯め上手な人」「貯められない人」の家計とライフスタイルを取材・分析してきた経験から、「消費者にとって有意義で幸せなお金の使い方」をテーマに、各メディアで情報発信を行っている。著書に『定年後でもちゃっかり増えるお金術』『「3足1000円」の靴下を買う人は一生お金が貯まらない 』(以上、講談社)ほか。
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(消費経済ジャーナリスト 松崎 のり子)