韓国のスターバックスが、デスクトップパソコンやプリンターなどを店舗に持ち込まないよう利用者に呼びかけている。カフェで長時間勉強や仕事をする「カゴンジョク」と呼ばれる人々が、まるで自分のオフィスかのように店内の座席を占拠。
迷惑行為として問題視されており、韓国スタバは明確な禁止ルールの導入に踏み切った――。
■「ホームオフィスはホームに置いてきて」
韓国のスターバックス全店舗で今年8月、新たなルールが導入された。デスクトップコンピューターやプリンター、電源用の延長コード、大型パーティションなどの使用を禁止する内容だ。
店内に登場した注意書きには、柔らかな印象のイラストが添えられている。あくまで穏やかなトーンでの呼びかけとしているが、これまで同チェーンを含む韓国のカフェ店内では、まるで自宅やオフィスのように我が物顔で座席を占拠する事例が発生。こうした一部の客に対し、迷惑行為だとして批判が集中していた。
今回スターバックスが店舗に新設した呼びかけの掲示物はこのほか、複数人用のテーブルを1人で占拠しないことや、長時間席を離れる際は荷物で席を確保しないことなどを求めている。
この一件を、韓国最大の英字紙であるコリア・ヘラルド紙などが報道。同紙は「ホームオフィスはホームに置いてきて」とのコミカルな見出しで取りあげた。
■問題になっていた「カフェ勉強族」
同紙によると、今回の措置は韓国で近年良くも悪くも話題となっている「カゴンジョク(cagongjok)」と呼ばれる人々が主な対象だという。
これは韓国語で「カフェ」と「勉強する部族」を組み合わせた造語で、何時間も店内に居座り、仕事や勉強用の作業スペースとしている人々を指す。
もっとも、大半の客は社会的な良識の範囲内でカフェでの作業に当たっており、ノートパソコンだけを持ち込み短時間だけ作業している。
しかし、韓国スターバックスによれば、中には大型モニターやプリンター、さらにはキュービクル風の仕切りまで持ち込む客も現れていた。
韓国・中央日報は、ソウルから南東に約270キロメートル離れた安東(アンドン)で目撃された事例を写真入りで紹介。この客はパソコンだけでなくプリンターを持ち込んでいたという。
テーブルの下に隠すようにしてプリンターを設置し、店内のコンセントから電源を拝借。複数人掛けの大きなテーブルの一角に陣取ると、ノートPCの角度を調整できるスタンドとキーボードまで設置し、完全に自分のオフィスと化していた。
このほか、もはや自分の席に留まらず、プリンターを隣の椅子に置いて余分に座席を占領する客もいるなど、一部のカゴンジョクのマナーの悪さに非難が集中していた。
■パーティションを持ち込む客も
韓国のネット掲示板では、こうした迷惑行為を収めた写真が次々と拡散。コリア・ヘラルドは中でもひどい例として、テーブルの三方をパーティションでぐるりと囲み、個人専用のブースに仕立てる客もいたと報じている。これまで良識に任されていた、カフェ利用の在り方が問われている。
中央日報は、利用客が実際にパーティションを設置し、店内を我が物顔で占有している事例を報道。記事に添えられたキャプチャ画像では、客が目線以上の高さの大型パーティションを店内に持ち込み、大きな共用テーブルの一部を囲んで完全に“私有地化”している。その中には、作業用モニターとして使用するためのタブレットや、無線接続されたキーボード、マウス、ヘッドホンが点在。
もはやカフェとは言い難く、完全にオフィス空間の様相だ。
ソーシャルメディアに投稿された別の写真では、利用客が店内のコンセントを借用。スマホでも充電しているのかと思いきや、コードを辿った先にあるのは、あろうことか私物のデスクトップパソコンだ。この利用者はモニタ一体型のiMacを円い小さなカフェテーブルの上に堂々と鎮座させ、片脚を組んで悠々と、店内でのパソコン作業に没頭している。小さなテーブルはすっかりパソコンに占拠され、この客のフードとドリンクはソファの上に放置されている。
このようにマナーに反する利用法は、スターバックスなど大手チェーン以外の個人経営のカフェにも広がっている。店主はどう捉えているのか。BBCは、ソウルの高級住宅街の大峙(テチ)でカフェを経営するヒョン・ソンジュ氏の体験談を紹介している。
ソンジュ氏の店には最近、ノートパソコン2台と6口の延長コードを持ち込んで、開店から閉店まで居座った客がいたという。「仕方なく電源コンセントを使えないようにしました」とヒョン氏。「大峙の家賃(テナント賃料)は高いです。一日中席を占領されたら、とても商売にならない」と嘆く。

■「よくやった」禁止令はネットで大好評
こうした事態を受け、スターバックスは極端に大きなオフィス用品の持ち込み禁止に踏み切らざるを得なかった。採算性よりも公平性を重視した判断だという。
店側は、すべての客が快適に過ごせる環境づくりが目的だとしている。インディペンデント紙によると、韓国スターバックスの広報担当者は「すべてのお客さまに快適な店舗体験をしていただくため、方針を見直した」とコメント。
ノートパソコンなど小型の機器は今後も持ち込みを歓迎するが、デスクトップコンピューターやプリンターなど、座席を占領したり他の客の迷惑になったりする大型機器は遠慮してほしいと呼びかけている。
英BBCによると、韓国のソーシャルメディアでは、今回の発表に対して肯定的な反応が目立つ。
「よくやった。スターバックスが始めたんだから、他のカフェも続くべきだ」と歓迎する声がある。「カフェで仕事する人たちのせいでスターバックスに行かなくなった」という人もおり、やり過ぎたオフィス化は相当に嫌われていた模様だ。
「カゴンジョクのせいで席が見つからない」「(多くがパソコンで作業しており)静まり返った店内では話しづらい」といった不満が噴出していたという。
■1時間31分以上居座られると店は赤字に
韓国カフェ業界は現在、勢いに乗っている。
韓国統計庁の調査によると、2015年に約5万1500店だった韓国のカフェ店舗数は、2024年には10万店以上に。
9年間でほぼ倍増した。カフェ数を合計すると、韓国国内のコンビニ大手4社の店舗数を全部合わせた数のほぼ2倍にあたる。
日本でもカフェは気軽な休憩やおしゃべりの場として非常に人気が高いが、韓国はそれにも増してカフェ需要が高いとの分析もある。米フォーチュン誌は、韓国では人口が日本の半分以下であるにもかかわらず、スターバックスの出店数が2050店に達し、日本の2040店を抜いたと報じている。
だが、いくら盛況のカフェ業界とはいえ、長居する客は店にとって大きな負担だ。
コリア・ヘラルド紙によると、韓国外食産業研究院の試算では、4100ウォン(約430円)のコーヒー1杯で採算が取れる滞在時間は、2019年には1時間42分まで許容範囲だった。だが、2024年には1時間31分にまで短縮したという。テナント賃料の高騰などが背景にあるとみられる。
■「11時間居ます」禁止後も絶えない長居の実態
新ルールが度を越えた長居の歯止め役になれば良いのだが、実際のところ効果はあまり上がっていないようだ。新ルールで目に見える変化があったかメディアに問われた韓国スターバックスは、「確認は難しい」と返答している。
BBCは新ルール導入後のある木曜日の夕方、ソウルの江南(カンナム)地区のスターバックスを訪れた。するとそこには、相変わらずノートパソコンや参考書を広げた客たちがひしめき、黙々と勉強していたという。

中には学校を中退し、大学入試に向けて勉強中だという18歳の女子学生もいた。「朝11時に来て、夜10時まで居います」と彼女は取材に応じている。実に11時間の長時間滞在だ。
食事はどうしているのかと尋ねられると、店でフードを買っているわけではないという。「荷物を置いたまま、近くに食事に行くこともあります」と答えた。
韓国の求人プラットフォーム、ジンハクサ・キャッチがZ世代の求職者2000人以上に行ったアンケート調査では、週に1回以上カフェで勉強していると答えた人の割合は、回答者の70%に上った。
■寛容な店も…「追加注文してくれるなら問題ない」
韓国には歴史的に、喫茶店に集まって議論を交わす文化が根付いている。
米ジョージ・ワシントン大学のヤン=キー・キム=ルノー名誉教授は、フォーチュン誌の取材に対し、「どんなに貧しかった時代でも、人々は喫茶店に集っては文学や芸術、政治を語り合ってきました。そうすることで、自分たちが文明的だと実感できたのです」と話している。
こうした文化に深い理解を示し、カゴンジョクを歓迎するカフェもまだある。大峙で15年間カフェを営むヒョン氏は、電子機器を何台も持ち込んで作業スペースを作り上げる客もいたが、そんな極端な例はごくわずかだとBBCに話す。
「100人に2、3人くらいでしょうか。
ほとんどの人は気を遣ってくれます。長居するときは飲み物を追加注文する人もいて、それなら全然構わないです」
■なぜカフェで仕事をするのか
だが、カフェで本格的にパソコンや周辺機器を広げる光景は、本来のカフェ利用の在り方とは異なる。人々はなぜ、カフェで仕事をするのか。
カゴンジョクが生まれた背景について、フォーチュン誌はオーストラリアのカーティン大学で韓国社会と文化を研究するジョー・エルフビン=ファン准教授の分析を紹介している。
韓国では1997年のアジア金融危機後に非正規雇用が増え、そこへ新型コロナウイルスにより在宅勤務が広がった。これにより、安価かつ集中できる作業スペースを求める人々が増えた。
「実に安上がりな働き方です。コーヒー1杯で一日中働ける。ただ、最近は度を越す人が出てきましたね」とエルフビン=ファン准教授は同誌に語った。
賃料の高騰も深刻だ。フォーチュン誌は、パンデミックの収束を受けてオフィスへの回帰が進んだ一方、政府の再開発規制でソウルではオフィススペースの確保が困難になったと指摘。
商業不動産サービスCBREの4月のデータでは、ソウルのオフィス空室率はわずか2.6%と低い水準に留まり、賃料は前四半期から平均1.5%上昇したという。
■オフィスで働けない社会問題の縮図でもある
エルフビン=ファン准教授は、「在宅勤務が増えたことで企業は、必ずしも自前のオフィスがなくてもやっていけることに気づいた。それも一因でしょう」と語る。
韓国のカフェで広がる、デスクトップパソコンやプリンターの持ち込みは、一口にマナーだけの問題とも言い切れない。不安定な雇用環境や、オフィス賃料を抑えたい企業の意向など、社会的な複数の問題がリモートワークの労働者に押し寄せた結果でもある。
とはいえ、コーヒー1杯で1日中勉強やパソコン作業のため居座られたのでは、店側としてはたまったものではない。本来の用途でカフェを楽しみたい利用者からも、雰囲気の悪化や席の確保が困難になるなどの不満が上がっている。
カフェという半ば公共の空間を、いかに互いに心地よく利用するか。スターバックスが新ルールの導入にまで踏み切ったカゴンジョク現象の背景には、現代の韓国社会が抱える社会問題が潜んでいる。

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青葉 やまと(あおば・やまと)

フリーライター・翻訳者

1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。

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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)
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