なぜ膵臓がんは「最も難治のがん」と呼ばれるのか。大阪がん循環器病予防センターの伊藤壽記所長は「通常の検診でも、超初期であれば見つけられないことが多く、その結果処置が遅れてしまう」という――。
(第3回)
※本稿は、伊藤壽記『自然治癒力を引き出す』(幻冬舎新書)の一部を再編集したものです。
■「最悪のがん」と呼ばれる膵臓がんの恐ろしさ
最新のがん統計(2023年)によると、日本人ががんで死亡する確率は、男性24.7%(4人に一人)、女性17.2%(6人に一人)です。
死亡者数が多い順でいけば、1位が「肺がん」2位「大腸がん」3位「膵臓がん」4位「胃がん」5位「肝臓がん」となっていますが、中でも「膵臓がん」は最も難治のがんとして知られています。
5年生存率では、男性8.9%、女性8.1%と極めて低く、ほかのがんと比べても圧倒的に低いのがわかります。胃がんは男性67.5%、女性64.6%、大腸がんは男性71.7%、女性71.9%ですからかなりの違いですよね。
私は膵臓外科を専門にしていたこともあって、多くの膵臓がんの患者さんを見てきました。
ライフスタイルの欧米化に伴って、日本人の膵臓がん罹患率は増加傾向にあります。アルコールの過剰摂取や肉類の多い食事、糖尿病や肥満は特にリスクが高いとされています。
では、膵臓がんの何がそんなに怖いのか。それは、発見された時はすでにステージが進んでいて、もはやなすすべがない(手術ができない)というケースが少なくないことです。
■早期発見のために必要なこと
膵臓は、胃や大腸の後ろ(背中側)の隠れた場所に位置する臓器で、直接触れることもできない場所にあるため、腫瘍や異常が見つけにくいのです。
初期の症状も「なんとなくお腹が痛い」とか、「背中に鈍い痛みを感じる」といった漠然とした訴えが多いため、放置されがちになります。

通常の検診でも、超初期であれば見つけられないことが多く、その結果処置が遅れてしまうのです。
膵臓がんは、浸潤性タイプのがんで、腫瘍が小さな段階から悪さをしてしまうので(膵臓後面には大きな血管〈門脈・動脈〉が、また膵臓周辺には豊富なリンパ管網や神経叢が存在しているので、容易に周囲に広がりやすいのです)、とにかく早期発見が大切です。
画像検査で見つかるような大きさになった時はもうすでに進行していて、もはや手術が困難になっている。それだけ悪性度が高い、「キケン」ながんなのです。
検診では年に1回は、腹部超音波(エコー)検査に加えて、腫瘍マーカー(CA19-9など)を組み合わせてスクリーニングすることをお勧めしています。
■手術だけでは治らない
疑わしければ膵臓を専門にする医療機関で、MRCP(磁気共鳴画像法)という検査や腹部造影CT検査、超音波内視鏡(EUS)検査をします。膵臓の位置は胃の裏なのでEUS検査下に胃壁を穿刺し、細胞を採取して診断します。
治療法は、局所療法としての手術療法(腹腔鏡手術やロボット手術で侵襲を減らそうとする試みがなされています)がありますが、手術だけでは治らないと思った方がいいです。
ほかに、放射線療法(重粒子線療法も保険適用となっています)もあります。
全身療法では抗がん剤の多剤併用療法に加えて免疫療法もあります。どういう治療を選択すべきかは、ステージやがんの状態によりますので、専門医としっかりと納得いくまで話をしてから選ぶことが大切です。これが膵臓がん治療でとても大切な点です。

2021年に膵臓がんで58歳で急逝した直木賞作家の山本文緒さんは、その年の4月に突然膵臓がんと診断(ステージ4b)され、それから半年後の10月13日にお亡くなりになりました。発覚から僅か半年で命を落とされてしまいました。
ご主人とともに軽井沢の自宅で病と闘った日々の様子は著書『無人島のふたり 120日以上生きなくちゃ日記』(新潮社)に書かれていますが、治療になすすべがなく、抗がん剤に苦しまれたご様子が赤裸々に書かれていて、胸が痛くなるほどです。
■糖尿病ならリスクは2倍
体の中の細胞がエラー活動を起こすと、体のあちこちに時間をかけて不具合が起きて、これまでできたことができなくなり、体はむくんだり、微熱が出たり、眠くなったり、起きられなくなったり、ささいなことで疲れたり、意識もぼんやりしたりと……あらゆるところにエラーを起こしていきます。そういうものです。
とりわけ、突然がんと診断され、ものすごく速いスピードで体の状態が悪化していくご当人の思いは、その人にしかわからないものがあると思います。
特に働き盛りの方には、もう少し意識して、膵臓がん対策をしていただきたいと思います。
あなたの家族に膵臓がんに罹患した方はいらっしゃいませんか。日本膵臓学会によると、膵臓がんに関しては、第一度近親者(親、兄弟姉妹、子)に1人以上の膵臓がん患者がいれば、そのリスクは1.5~1.7(散発性)から4.5(家族性)倍になります。
糖尿病であれば、リスクは約2倍になります。
内臓脂肪型の肥満でBMIが30以上であればリスクが1.3~1.4倍増加するという報告もあります。
気になる方は「膵臓がんドック」で定期検査をしましょう。

■果物と野菜を積極的に摂る
がんの統合医療』(メディカル・サイエンス・インターナショナル)という本があります。
アンドルー・ワイルさんというアメリカの医学博士の著書で、私が監訳を行ったものですが、その中ではやはり、がんの予防治療には食事と運動と書かれています。
食事については果物や野菜を沢山摂取すること、と説いています。ブロッコリーやカリフラワー、キャベツやケール、白菜、芽キャベツ、ハツカダイコン、からし菜類などのアブラナ科の野菜を多く摂取すると、がんリスクを下げるとあります。
色鮮やかな抗酸化力の高い野菜や果物を積極的に摂取することは、がん予防だけでなく、健康増進のために何よりも有効です。
果物でいえば、トマトやザクロ、ベリー類などをとりましょう。うこんやショウガなどの抗炎症作用があるものもとても良いです。
がん対策には、野菜と果物を積極的に、お肉は控えめに。そして運動を積極的にというのが基本です。
ただ、がんごとに、リスクもアプローチも違うので、この著書では、がんの種類別のリスクファクターを説明していますので、そこから一部を抜粋、要約して紹介します。
■冷え冷え習慣もNG
【大腸】

①大腸がん家族歴 ②長期の喫煙(たばこ)  ③過体重、肥満、特に男性 ④運動不足と低栄養 ⑤加工肉や赤身肉の多い食事 ⑥野菜摂取の低下 ⑦アルコールの過剰摂取
【腎臓】

①喫煙(たばこ)②過体重、肥満
【肺】

①喫煙(紙巻きたばこ)②噛みたばこ ③嗅ぎたばこ ④ラドン被曝 ⑤喫煙者でβ-カロチンやビタミンAの過剰摂取
【口腔と食道】

①たばこ(紙巻きたばこ、噛みたばこ、嗅ぎたばこ)②アルコール ③たばことアル

コールの併用 ④熱い飲み物 ⑤過体重、肥満
【膵臓】

①成人発症糖尿病 ②耐糖能異常 ③喫煙(たばこ)④肥満 ⑤身体活動の低下 ⑥加工肉や赤身肉の多い食事
【胃】

①ヘリコバクターピロリ菌の慢性感染 ②高塩分保存食の摂取過多

結局、バランスの良い食事が、がん予防の王道なのです。さらには、体を温めるものも積極的にとって、体を冷やさないように。
冷え冷え習慣からは脱却です。
私が勤務する人間ドックの外来でもよく見かけますが、冷えが気になるという方の多くが、白血球の数値が低くなっています。白血球は免疫に関わる血球です。白血球が少ないと体の防御力が低下します。
夏にビールをがばがばと飲んでいらっしゃるアナタ。今は大丈夫かもしれませんが、過剰な摂取を長く続けていると、飲酒と冷えが相まって、体はじりじりと悪くなっていきます。
時々温かいお酒にするとか、飲酒量を減らすとか、休肝日を作るとか自分なりの工夫をして、体をいたわっていただきたいです。
■地中海料理は理想的な食事
運動不足と睡眠不足も避けましょう。高齢になるとトイレなどで中途覚醒も多くて、なかなか熟睡できなくなるものですが、それでも自分に合った睡眠時間を確保して、リズムをちゃんと作ること。リタイアした方で、生活リズムが一定していない方には、きちんと睡眠をとるよう心がけてください、と注意しています。睡眠障害は認知症リスクにも繋がります。
バランスのとれた理想的な食事をとりましょうとか、抗酸化力の高いものを……と言われたって、いったい何をどう食べたらいいかわからないよ……という方は、地中海料理をイメージしていただくのがよろしいかと思います。

いわゆるイタリア人やトルコ人が日常的に食べるようなお野菜たっぷりのお料理です。
イタリア人は、何にでも大量にオリーブオイルをかけますね。抗酸化作用が高い上質なオリーブオイルを習慣的に摂取しています。
地中海料理といえばオリーブオイルにナッツ類(アーモンドやくるみはビタミンEや鉄分が豊富で抗酸化作用あり)、トマトやホウレンソウ、ブロッコリーなどの緑黄色野菜、キノコ類、ニンニク、全粒穀物、魚が主な食材です。
味付けも食材本来の味を生かすために、オリーブオイルに塩・胡椒といったシンプルなものが中心となっています。
■避けたい肉の種類
こういう食事は心血管疾患予防だけでなく、がん予防にも良いとされています。一方、避けるべきは加工肉です。赤身肉もダメです。「脂肪分が少ない」という理由で赤身肉を選ぶ方が多いと思います。
栄養価も高く、ビタミンB12や鉄分も含み、良い面もあるのですが、赤身肉を食べると、飽和脂肪酸の多量摂取だけでなく、酸化作用のある鉄も摂取することになり、よろしくありません。
また、赤身肉を高温で長時間調理することで、発がん性物質が生成される可能性があるということが科学的な研究によって報告されています。
赤身肉と加工肉を食べることでリスクが大きくなるがんは「大腸がん」「食道がん」「肝臓がん」「肺がん」です。

だからといって、あれもダメこれもダメとなったら、食も楽しめません。控えることと、積極的に行うことを組み合わせて、体を動かしながらストレスを溜めない程度に長く習慣的に続けることが大切になってきます。
■長くストレスなく続けることが大切
例えば大腸がんが気になる方ならば、赤身肉や加工肉を控えつつ、食物繊維を一日25g以上摂取。お腹周りに脂肪がつかない程度に、体重を気にしつつ、美味しいものを食べて、食事を楽しみながら、栄養をとりましょう。
なお、くりかえしますが、便秘は禁物です。
膵臓がんが気になる方は、葉酸を多く含む青菜の野菜(ブロッコリーやホウレンソウなど)を一日1回以上摂取。それだけから始めてもいいでしょう。
長く続けることと、ストレスを溜めないことが何よりも大切です。正しい知識を持っ

て、正しく食べる。食べて予防する。がんは慢性疾患ですから。

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伊藤 壽記(いとう・としのり)

大阪がん循環器病予防センター所長・理事長

大阪大学医学部医学科卒業。大阪大学大学院医学系研究科特任教授、千里金蘭大学看護学部教授を歴任。専門領域は消化器(肝胆膵)外科で、特に膵臓外科、膵臓移植。臓器の移植に関する法律(1997年)施行後、2000年に本邦一例目の膵腎同時移植を大阪大学病院で実施し、これまでに70例の膵臓移植を経験。また、2013年には遺伝性膵炎に対して、慢性膵炎による膵臓摘出術後の残膵から膵島を分離・移植した、同疾患に対する本邦初の自家膵島移植を実施した。2005年から現行医療に補完代替医療の各種手法・手技を併用して、QOL(生活の質)のさらなる向上を目指す統合医療にも臨床試験を通じて取り組んでいる。

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(大阪がん循環器病予防センター所長・理事長 伊藤 壽記)
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