お金に恵まれる人と苦労する人とでは何が違うのか。伊勢丹や鈴屋で海外事業などの立ち上げに関わった経験がある中野善壽さんは「お金に好かれるにはお金の使い方一つひとつに自分の意志を反映することが大切。
意志のないままお金を使うことは危険」という――。
※本稿は、中野善壽『お金と銭』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)の一部を再編集したものです。
■キャッシュレスに慣れてしまう危険性
今、世の中は急速にキャッシュレス社会へと進んでいます。
お金を一瞬たりとも触らずに、ピッとスマートフォンの画面をかざすだけで「支払った」ことになるシステムというのは、たしかに便利かもしれません。しかし、弊害も大きいというのが私の意見です。まず、「お金を使った」という実感を持ちにくい。ゆえに、いつの間にか必要以上にお金を使い過ぎることになる。
「自動チャージ」や「リボ払い」は特に危険です。キャッシュレス決済に慣れ過ぎた社会人に、お金の勘定ができるのだろうかと少々心配です。
浪費のリスク以上に私が懸念するのは、人に対する「感謝」が薄れることの弊害です。「大切なお金を、商品やサービスの代わりに渡す」という価値交換の行為を、ピッという機械音だけで済ませるのは、人間同士の接点を減少させていると感じてしまいます。
■お金の使い方一つひとつに意志を持つ
関連して、「老後のための資産づくり」としてにわかに注目を集めた運用についても、給料から「天引き」で済まそうとするのはおすすめしません。

運用、つまり投資とは、本来、その都度に明確な“意志”を持って行うべきですが、天引きで毎月自動で完了するとなると、その瞬間の意志がなにも反映されません。私は投資は、自分で考えて選んだ相手(個人や会社)にしか実行したことがありません。
コンビニで買い物をする。
老後のために投資する。
そうした一つひとつのお金の行為に、瞬間瞬間の自分の意志をきちんと反映できているか。意志が見えるお金の使い方ができれば、より一層「生きている」感覚が得られます。
■「みんながやっているから」で投資をしない
投資に関連して、私が気になるのは、どうも日本人は「流行りもの」に弱いということです。米国株が儲かると聞けば一斉に買い、国がNISAの一大キャンペーンを張ればすぐに流される。
ちゃんと自分で考えたうえでならいいのですが、「なんか皆がやっているから大丈夫、そして流行っているみたいだから」という理由だけなら、非常に危険です。私がやや敏感に反応するのは、戦後の記憶を鮮明に受け継いでいる世代だからかもしれません。日本が戦争に負けた後、昭和26年頃までに何が起きたか。
それまでさんざん「お国のために」と大勢が買った国債が全部紙切れになったそうです。
私はまだ小さな子どもでしたが、それまで1円で大きな飴玉が2つ買えたのが、あれよあれよという間に、10円で4つしか買えなくなった。20個買えたはずが、たった4つです。
では、何を信じて投資したらいいの?
■貧しいところに投資するのが流儀
私の流儀を明かすと、とにかく「遠く感じている地域」の「貧しい」ところに投資する。国内のような近所ではなく、はるか遠くの異国、それもうんと貧しいところへ投資するようにしています。
理由は二つあって、一つは、貧しいということは「成長するポテンシャルがある」ということ。これは、リスクが高いということではありません。そもそも日本や先進国だけではなく、遠く感じる国や地域にすることで、少額分散投資のメリットを享受できます。
もう一つは、貧しい国や地域では円の価値が高いからです。よって、少額でも感謝の心も大きくなります。日本では本100冊程度にしかならない10万円が、アジアの貧しい国や地域に送れば家が一軒建ったり、子どもが1年間学校に行けたりする。投資対効果がまるで違ってくるのです。
企業創生もしかり……です。

自分の手元にあるお金の価値を最大にするには、どこに使ったらいいのか。周りに流されるのではなく、一度よく考えてから、その行き先を定めたいものです。
■子どもには一円も残さないワケ
お金は人を幸せにするためにこそ使うべきで、結果的に人を縛ることになってしまうように使うべきではない、というのが私の考えです。また、お金を出すときは「役に立ててうれしい」という心からの喜びが伴ってこそ、そのお金がピカピカと生きる。
義務や押しつけ、見返りの感情が伴っては、せっかくのお金が死んでしまいます。ましてや「これだけ渡しているのだから、よろしく頼む…」と念を込めるようでは、それまで培った人間関係まで歪めることになるでしょう。
わが子に対しても同じで、子どもたちには前々から「お金は一円も遺さないよ」という話をしています。なぜなら、遺産というものは額に限らず多くの場合、諍いのもとになるからです。
きょうだい仲良くやっていたのに、親の遺産が原因で断絶してしまった例を、少なからず見てきました。むしろ何も遺さないほうが、彼らを不幸にしないだろうと考えるに至りました。お金に限らず、「親だからといって、何かしなければと義務を背負ってしまったように考えなくていい。私は私で勝手に元気でやっているから、君たちも勝手にやってくれたらいい」と伝えています。

■お金は「今」のために使うべき
仕事の話を聞き出すこともしないし、孫の顔を見せてとせがむこともしません。特に問題なくうまくいっている様子を風の噂で聞く程度がちょうどいい。かといって疎遠というわけでもなく、私は子どもたちと「こんな生き方や死に方がいい」「こんな仕事をしていきたい」という会話を電話などでよく交わします。
そんな会話の連なりが、一つの物語となって子や孫の心に残れば、それで十分だと感じるのです。
子孫に残さない分、手元のお金を何に使うのかというと、
いつまでも元気に仕事を楽しむための健康維持のためのお金。
自分では行き届かないさまざまな用事をサポートしてもらうためのお金。
仕事や生活で力を借りている方々に感謝を伝えるためのお金。
「今」の充実のためにお金をしっかりと使えば、子どもたちに要らぬ心配をかけなくて済みます。むしろ生活の不安は消えます。「いつか」のために大金をしまい込んでおくなんて、もってのほか。それは、お金ではなく「銭」です。
明日、何が起こるか分からない世の中で、「未来」ほど不確定で不安を増大させるものはありません。
年を重ねてこそ、お金は「今」のために使うべきでしょう。

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中野 善壽(なかの・よしひさ)

東方文化支援財団代表理事

1944年生まれ。伊勢丹、鈴屋を経て、1991年より台湾に渡り、中国力覇集団、遠東集団などの財閥系企業で経営者を歴任。2011年に寺田倉庫CEOに就任し、文化芸術分野との連携によるエリアリバイバルを実現。2018年、モンブラン国際文化賞受賞、東方文化支援財団を設立。2021年からは熱海の老舗リゾート「ACAO SPA&RESORT」の創生に携わった。現在は若手経営者のための私塾「中野塾」を主宰し、次世代に知見を還元する活動も行う。著書に『ぜんぶ、すてれば』『お金と銭』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『孤独からはじめよう』(ダイヤモンド社)など。物質的な豊かさにとらわれず、精神的・文化的価値に重きを置いた経営哲学や生き方が共感を呼んでいる。

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(東方文化支援財団代表理事 中野 善壽)
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