出世・昇進レースに異変が起きている。それにより給与にも格差が生じている。
■早慶MARCHも例外ではない「私文事務系」終焉の時代
今、企業内の昇進レースに異変が起きている。すでに先輩社員を後輩が追い抜く「年上部下」「年下上司」は珍しい光景ではなくなっているが、そのレースに途中から割り込んできたのが中途採用組だ。大手サービス業の人事部長はこう語る。
「ビジネスモデルの変革や新規事業への進出を目指し、優秀な中途を積極的に採用している。一方、35歳以上の在籍社員はいわゆる管理職適齢期に当たるが、ハッと気づいたら、専門性が高い優秀な中途にポストを奪われる事態も起きている」
大手企業を中心にこぞって中途採用数を拡大している。日本経済新聞の2025年4月時点の「採用計画調査」によると、2025年度の中途採用比率は過去最高の46.8%に達したと報じている(2025年4月14日)。
例えば、日立製作所の26年度の採用数は新卒815人に対し、キャリア採用は930人と新卒を上回る。またホンダも2025年度の採用数は新卒採用が約1000人、キャリア採用が約1500人と中途採用が新卒をはるかに上回っている。
中途採用の主な理由は新卒採用の減少の補填、新規事業やソフトウェア領域の即戦力獲得、社員の高齢化による歪な社員構成を補正などさまざまだ。しかしその結果、大量の中途採用者の流入は当然、在籍社員の出世を脅かすことになる。
食品加工業の人事担当者はポスト争いの状況をこう説明する。
「デジタル担当の新部署を立ち上げる際に、必要な能力を持つ中途採用を多数採用している。その結果、中途採用組が部長に就いた例もある。在籍社員からすれば採用時はがんばってドラフト1位で入ったのに、10年経ったらFA扱いになり、新入り選手にポストを奪われる。複雑な心境だろう」
既存の社員にとって不幸なのは、ビジネスの要請によって中途に高い専門性を求めていることだ。特にAIなどデジタル技術を活用するためITエンジニアなどのIT関連スキルのニーズは高い。
また、エネルギー業界では再生エネのエンジニア、医療業界では薬事申請、新薬効果の測定、販売後の副反応調査など申請から販売のプロセスに関わる専門家など業界ごとに専門性が違う。しかもこうした専門性の持ち主は概して理系人材だ。
逆に言えばニーズが低いのが文系人材だ。もちろん文系でも法務部で弁護士資格を持つ人や経理部に公認会計士の資格を持つ人、人事部でも人事データ分析を行うデータサイエンティストを採用する企業も増えている。
それに対して多くの企業の事務系社員は早慶MARCHを含む私大文系出身者が多い。入社後はジョブローテーションによって3~5年おきに違う部署を経験してゼネラリストとして育成された人が多いが、決して専門家ではない。
企業が望んで養成してきたわけだが、それは事業基盤が安定し、作れば売れるという時代に必要な管理型人材が求められていたからだった。
しかし今はそういう時代ではない。ビジネスの先行きが不透明で変化のスピードが速い状況ではゼネラリストよりも専門人材が求められるようになっている。
■「ソルジャー営業マン」もいらなくなりつつある
営業部門でもWebツールを使って契約に結びつけるインサイドセールス、ECビジネス、サブスク営業などの専門性が求められ、いわゆる体当たり型の「ソルジャー営業マン」もいらなくなりつつある。
企業もそれに対応するために新卒の職種別採用への転換をはじめ人事制度の変革を実施している。
ホンダは今年6月に役職者の給与・評価制度を大幅に改定し、専門性を高く評価する「トランスフォーメーション職」(以下、トランス)と「イノベーション職」(以下、イノベ)の2つを新たに設けた。
具体的には「トランス職は、役割と報酬がダイレクトに連動し、完全な脱年功・脱一律な制度です。実力によって特定のポジションにつけば、年齢に関係なく、実力に応じた報酬を得られます。イノベ職は、能力や専門性の発揮をダイレクトに処遇に反映します」(同社2025年1月17日リリース)と述べている。
トランス職は「能力・専門性の高まりに応じて獲得した役割と役割を通じて創出された実績に軸足を置いて評価・処遇」と説明しているように、明らかに従来のゼネラリスト人材からの決別宣言だ。
若手社員は専門性獲得の道が残されているが、35歳以上のミドルシニア社員のゼネラリストにとっては受難の時代といえる。
すでに年功賃金は崩れ、近年はジョブ型人事制度(職務等級制度)の導入企業が増えている。
とくに日本版ジョブ型の最大の特徴は、年齢に関係なく若い社員も管理職に抜擢できる一方、管理職であってもポスト不適格と見なされれば等級ダウン(降格)も発生する。ポストに見合う人材が社内にいなければ外部から採用する企業も増えており、中途採用者を高報酬で受け入れやすくなる仕組みともいえる。
専門性を持つ中途人材に出世の道を絶たれると、待っているのは給与が上がらない世界だ。係長まではなれても課長や部長のポストに就かなければ給与が上がることはない。住宅メーカーの人事担当者はこう語る。
「当社は係長クラスで600万円台、課長になると800万円になるが、課長になれない40代社員も珍しくない。部長になってはじめて1000万円の大台に乗るが、部長のボーナスは会社の業績連動の比率が高くなり、今は戸建てやマンションの需要が高く業績好調なのでボーナスを含めて2000万円近い年収をもらっている」
係長のままであれば40代でも600万円台のままだ。また、既存の課長、部長にしても外部採用の中途にいつ引きずり降ろされるかもわからない。
■「40歳年収400万vs1500万」いま昇進レースに起きている異変
6年前にジョブ型の賃金制度を導入したネット広告業の人事担当者はこう語る。
「年齢に関係なく給与はばらついている。30歳だと下は400万円弱の社員もいれば、800万円の社員もいる。
社内の年収格差は入社同期の間で拡大するだけではなく、同一役職者内でも広がっている。そもそも平均年収自体に意味がなくなっていると語るのはIT関連企業の人事担当者だ。
「平均年収では実態を把握できない。年収の幅が広く分布しており、中央値で見ないと傾向はわからない。当社の40歳の同年齢の年収分布を見ると、まず最低年収が400万円、最高が部長職の1500万円。600万円以下が3分の1、600万~800万円が3分1、残りは800万円以上と完全に分散している。すでに年齢による比較が無意味なほど給与の格差が広がっている」
同期でも年収格差があることについて社員から不満が出ないのか。前出のネット広告業の人事担当者はこう語る。
「職務等級ごとの基本給は社員に公開している。等級ごとに10万円程度の幅があるが、あの人がどの等級であるかは仕事内容を見ていればだいたいわかる。給与が低いと思えば、自分の職務スキルや専門性を上げるために努力すればよいだけの話であり、とくに不満があると聞いたことはない」
40歳で妻子がいて年収400万円では生活はきついのではないかと聞くと、こんな答えが返ってきた。
「どんな生活をしているのかわからない。ただ会社としては400万円に見合う価値の仕事をやり、本人もそれでよいと思っているのであれば追い出すつもりはない。ただ考えようによっては夫婦共働きで妻が年収400万円なら世帯年収は800万円になる。それもありではないか」
ゼネラリスト主流の時代から専門性重視の時代に大きく転換しつつあるなか、ミドル層以上の社員にとって生き延びるのは容易ではなくなりつつある。
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溝上 憲文(みぞうえ・のりふみ)
人事ジャーナリスト
1958年、鹿児島県生まれ。明治大学卒。月刊誌、週刊誌記者などを経て、独立。経営、人事、雇用、賃金、年金問題を中心テーマとして活躍。著書に『人事部はここを見ている!』など。
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(人事ジャーナリスト 溝上 憲文)
人事ジャーナリストの溝上憲文さんは「35歳以上のミドルシニア社員のゼネラリストにとっては受難の時代といえる」という。背景にあるものは何か――。
■早慶MARCHも例外ではない「私文事務系」終焉の時代
今、企業内の昇進レースに異変が起きている。すでに先輩社員を後輩が追い抜く「年上部下」「年下上司」は珍しい光景ではなくなっているが、そのレースに途中から割り込んできたのが中途採用組だ。大手サービス業の人事部長はこう語る。
「ビジネスモデルの変革や新規事業への進出を目指し、優秀な中途を積極的に採用している。一方、35歳以上の在籍社員はいわゆる管理職適齢期に当たるが、ハッと気づいたら、専門性が高い優秀な中途にポストを奪われる事態も起きている」
大手企業を中心にこぞって中途採用数を拡大している。日本経済新聞の2025年4月時点の「採用計画調査」によると、2025年度の中途採用比率は過去最高の46.8%に達したと報じている(2025年4月14日)。
例えば、日立製作所の26年度の採用数は新卒815人に対し、キャリア採用は930人と新卒を上回る。またホンダも2025年度の採用数は新卒採用が約1000人、キャリア採用が約1500人と中途採用が新卒をはるかに上回っている。
中途採用の主な理由は新卒採用の減少の補填、新規事業やソフトウェア領域の即戦力獲得、社員の高齢化による歪な社員構成を補正などさまざまだ。しかしその結果、大量の中途採用者の流入は当然、在籍社員の出世を脅かすことになる。
食品加工業の人事担当者はポスト争いの状況をこう説明する。
「デジタル担当の新部署を立ち上げる際に、必要な能力を持つ中途採用を多数採用している。その結果、中途採用組が部長に就いた例もある。在籍社員からすれば採用時はがんばってドラフト1位で入ったのに、10年経ったらFA扱いになり、新入り選手にポストを奪われる。複雑な心境だろう」
既存の社員にとって不幸なのは、ビジネスの要請によって中途に高い専門性を求めていることだ。特にAIなどデジタル技術を活用するためITエンジニアなどのIT関連スキルのニーズは高い。
また、エネルギー業界では再生エネのエンジニア、医療業界では薬事申請、新薬効果の測定、販売後の副反応調査など申請から販売のプロセスに関わる専門家など業界ごとに専門性が違う。しかもこうした専門性の持ち主は概して理系人材だ。
逆に言えばニーズが低いのが文系人材だ。もちろん文系でも法務部で弁護士資格を持つ人や経理部に公認会計士の資格を持つ人、人事部でも人事データ分析を行うデータサイエンティストを採用する企業も増えている。
それに対して多くの企業の事務系社員は早慶MARCHを含む私大文系出身者が多い。入社後はジョブローテーションによって3~5年おきに違う部署を経験してゼネラリストとして育成された人が多いが、決して専門家ではない。
企業が望んで養成してきたわけだが、それは事業基盤が安定し、作れば売れるという時代に必要な管理型人材が求められていたからだった。
しかし今はそういう時代ではない。ビジネスの先行きが不透明で変化のスピードが速い状況ではゼネラリストよりも専門人材が求められるようになっている。
■「ソルジャー営業マン」もいらなくなりつつある
営業部門でもWebツールを使って契約に結びつけるインサイドセールス、ECビジネス、サブスク営業などの専門性が求められ、いわゆる体当たり型の「ソルジャー営業マン」もいらなくなりつつある。
企業もそれに対応するために新卒の職種別採用への転換をはじめ人事制度の変革を実施している。
ホンダは今年6月に役職者の給与・評価制度を大幅に改定し、専門性を高く評価する「トランスフォーメーション職」(以下、トランス)と「イノベーション職」(以下、イノベ)の2つを新たに設けた。
具体的には「トランス職は、役割と報酬がダイレクトに連動し、完全な脱年功・脱一律な制度です。実力によって特定のポジションにつけば、年齢に関係なく、実力に応じた報酬を得られます。イノベ職は、能力や専門性の発揮をダイレクトに処遇に反映します」(同社2025年1月17日リリース)と述べている。
トランス職は「能力・専門性の高まりに応じて獲得した役割と役割を通じて創出された実績に軸足を置いて評価・処遇」と説明しているように、明らかに従来のゼネラリスト人材からの決別宣言だ。
若手社員は専門性獲得の道が残されているが、35歳以上のミドルシニア社員のゼネラリストにとっては受難の時代といえる。
すでに年功賃金は崩れ、近年はジョブ型人事制度(職務等級制度)の導入企業が増えている。
従来の年功的人事制度から職務要件を満たす人をポストにつける「仕事基準」の適所適材の人事を行うジョブ型は、まさに職務の専門性とスキルを重視した制度だ。
とくに日本版ジョブ型の最大の特徴は、年齢に関係なく若い社員も管理職に抜擢できる一方、管理職であってもポスト不適格と見なされれば等級ダウン(降格)も発生する。ポストに見合う人材が社内にいなければ外部から採用する企業も増えており、中途採用者を高報酬で受け入れやすくなる仕組みともいえる。
専門性を持つ中途人材に出世の道を絶たれると、待っているのは給与が上がらない世界だ。係長まではなれても課長や部長のポストに就かなければ給与が上がることはない。住宅メーカーの人事担当者はこう語る。
「当社は係長クラスで600万円台、課長になると800万円になるが、課長になれない40代社員も珍しくない。部長になってはじめて1000万円の大台に乗るが、部長のボーナスは会社の業績連動の比率が高くなり、今は戸建てやマンションの需要が高く業績好調なのでボーナスを含めて2000万円近い年収をもらっている」
係長のままであれば40代でも600万円台のままだ。また、既存の課長、部長にしても外部採用の中途にいつ引きずり降ろされるかもわからない。
■「40歳年収400万vs1500万」いま昇進レースに起きている異変
6年前にジョブ型の賃金制度を導入したネット広告業の人事担当者はこう語る。
「年齢に関係なく給与はばらついている。30歳だと下は400万円弱の社員もいれば、800万円の社員もいる。
40歳でも400万円の社員もいるが、1500万円の社員もいる。30代で年収600万円弱の社員はけっこういるが、それ以上の価値のある仕事をやらないと、600万円を超えるのは難しい」
社内の年収格差は入社同期の間で拡大するだけではなく、同一役職者内でも広がっている。そもそも平均年収自体に意味がなくなっていると語るのはIT関連企業の人事担当者だ。
「平均年収では実態を把握できない。年収の幅が広く分布しており、中央値で見ないと傾向はわからない。当社の40歳の同年齢の年収分布を見ると、まず最低年収が400万円、最高が部長職の1500万円。600万円以下が3分の1、600万~800万円が3分1、残りは800万円以上と完全に分散している。すでに年齢による比較が無意味なほど給与の格差が広がっている」
同期でも年収格差があることについて社員から不満が出ないのか。前出のネット広告業の人事担当者はこう語る。
「職務等級ごとの基本給は社員に公開している。等級ごとに10万円程度の幅があるが、あの人がどの等級であるかは仕事内容を見ていればだいたいわかる。給与が低いと思えば、自分の職務スキルや専門性を上げるために努力すればよいだけの話であり、とくに不満があると聞いたことはない」
40歳で妻子がいて年収400万円では生活はきついのではないかと聞くと、こんな答えが返ってきた。
「どんな生活をしているのかわからない。ただ会社としては400万円に見合う価値の仕事をやり、本人もそれでよいと思っているのであれば追い出すつもりはない。ただ考えようによっては夫婦共働きで妻が年収400万円なら世帯年収は800万円になる。それもありではないか」
ゼネラリスト主流の時代から専門性重視の時代に大きく転換しつつあるなか、ミドル層以上の社員にとって生き延びるのは容易ではなくなりつつある。
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溝上 憲文(みぞうえ・のりふみ)
人事ジャーナリスト
1958年、鹿児島県生まれ。明治大学卒。月刊誌、週刊誌記者などを経て、独立。経営、人事、雇用、賃金、年金問題を中心テーマとして活躍。著書に『人事部はここを見ている!』など。
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(人事ジャーナリスト 溝上 憲文)
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