■SNSで話題の「昔ながらの本屋さん」
大阪メトロ・今福鶴見駅。府道沿いにはショッピングモールが立ち並び、その一歩奥には住宅街が広がる。そんな場所で1970年から家族一丸となって営業を続けるのが、「正和堂(せいわどう)書店」だ。
250坪の売り場に文庫本・新書・コミック・雑誌など約10万冊をそろえ、他の書店と大きな違いはない。一言で表せば1990年代ごろに郊外の国道沿いにあった「昔ながらの町の本屋」である。
だが、この書店はテレビやWebメディアにも取り上げられ、今やInstagramのフォロワー数は10万人を超える。その理由はオリジナルのブックカバー。この書店では本を購入すると、アイスキャンディー、ポップコーン、チョコレートなど、ポップで可愛いデザインのブックカバーを無料でつけてくれる。
また、可愛らしさだけでなく、アイスのカバーには棒のしおり、レモネードのカバーにはストローを模したしおりを合わせるなど、カバーと付属するしおりの組み合わせで世界観を完結させる設計も、同店のブックカバーが支持される理由の1つだ。
この取り組みを考案したのは、3代目店主の小西康裕さん。
ブックカバーで注目される正和堂書店。しかしその裏側には、数多くの試行錯誤と工夫が積み重なっていた。
■3代目のキャリアは「継がない」から始まった
「幼いころは、祖父に『継いでほしい』と言われていたんです。でもこの業界がずっと右肩下がりなこともあってか、次第に言われなくなりました。私自身もその頃は広告業界に興味があり、印刷会社で仕事をしていました」
小西さんは京都の美術大学で版画を専攻していた。卒業後は正和堂書店を継がず、印刷会社に就職。約14年間、そこで紙器設計や店頭販促の企画などの業務を担当した。この経験が、現在のSNSの発信やブックカバーの制作につながっていると語る。
「店頭販促は『洗練されているものほど埋没しやすい』というのがあって。綺麗なものと売り場でいいものは違うんです。
ブックカバーのデザインはすべて小西さんが手がける。毎月の新作を制作するにあたっては、SNSなどの画面で見られることを前提に陰影をはっきり出し、季節感の要素を意識的に織り込むなど、“映える”ように設計しているとのこと。
また、正和堂書店のSNSフォロワーは20~40代の女性が大半を占めるため、その層に響くモチーフの選定を重視している。題材の決定にあたっては、スタッフや家族、来店客の声も取り入れるようだ。
■「大喜利」で共感と反応を獲得
Instagramで10万人以上のフォロワーを抱える正和堂書店。しかし、フォロワー数を押し上げたのはブックカバーではなかった。
「2017年から正和堂書店を手伝い始め、そのころにInstagramを始めました。以前、読んだ本をFacebookでアップしていたんですが、それだと配信スピードも遅いし、セレクションも偏ってしまう。それでInstagramではフォロワーに寄り添うかたちで、スタッフのおすすめやランキングなどを紹介しました。
当時は読書アカウントが存在していなくて、まだまだブルーオーシャンな状態だったので、少しずつフォロワー数も伸び始めました。それに投稿を続けていると反応が良い本と悪い本が分かるようになってきて。良い方に寄せていったら、さらに増えていった感じです」
小西さんいわく反応が良かったのは旅やエッセイ、自己啓発系の書籍。
「投稿するときはレビューサイトを参考にしています。本の紹介で人気のものがあれば、読者がどこに共感しているのか、そのポイントを探ってから投稿するんです。大喜利みたいな感じですね」
しかし、それだけでは正和堂書店の売り上げにはつながらなかった。出版不況の影響で、1日の売り上げが最盛期の3分の1以下に落ち込むこともあったという。
■見てもらえる、でも買ってもらえない
「本を買う参考にはしていただいたんですが、購入先はネットというケースが多かった。読書推進という意味では役に立っていますが、小売店としては来店してもらえないと売り上げにつながらない。それで来店のきっかけになればと作ったのが、ブックカバーでした」
小西さんは2013年、大阪・梅田で開かれた展覧会「約100人のブックカバー展」に参加。そこで富士山のブックカバーを出展したところ大きな反響を得ることになった。その体験を思い出し、「これを自分の書店でもできないか」と考え、アイスキャンディーのブックカバーを作成した。当初はシークレットで100枚ほどを準備。
本格的にブックカバーを作り始めることとなったのは、全国の書店に大きなダメージを与えたコロナ禍の2021年だった。
「都道府県間の移動制限があった時に『書店に行けないから、オンラインストアでブックカバーを販売してほしい』という問い合わせが多くて。もともと無料で配布しているものなので、販売することに抵抗はありましたし、売るとなるとある程度の個数を作らないといけないので」
■「この場所を残したかった」
小西さんはコロナ禍で書店の売り上げが大きく落ち込むニュースを見て、「全国の書店に来店のきっかけをつくりたい」と考え、2021年にクラウドファンディングを企画。人気の高いアイスキャンディー柄のブックカバー約10万枚を、全国262書店に寄贈する取り組みは多くの支援を集め、全国メディアにも取り上げられた。それによって正和堂書店の知名度は高まったものの、売り上げは微増にとどまった。
「町の書店は雑誌の売り上げが元々半分を占めていて、習慣的に書店へ来てもらえる文化を作っていたんです。それが崩れてしまい、8割減ぐらいになりました」
そして正和堂書店はブックカバーという強みを得ながらも、閉業の危機を迎える。
「2023年に、家族間で正和堂書店を潰そうかという話になって。ブックカバーが注目されてもなかなか売り上げが下げ止まらないし、このまま経営していてもしんどいだけ。もう建て替えて、テナントに貸そうと考えていたんです。でもなくすとなった時、改めてこの場所への思い入れの強さに気づいて。
■ブックカバーに書店の活路を求める
小西さんにとって、正和堂書店は幼少期からの遊び場だった。3歳で父を亡くし、母子家庭で育った彼は、幼稚園から帰ってくると店内でいつも遊んで過ごしたという。書店存続の危機を目の前にして、店への思いは自然と強くなっていった。
2023年6月、会社を辞め、3代目店主として正和堂書店で働く道を選んだ小西さん。書店員一本で生活していくことに、不安はなかったのだろうか。
「転職するぐらいの感じで見られていたので、大反対はされませんでした。ただ親は自営すること自体に心配はあったみたいですけどね。あと子どももいたので、妻からは『数年以内にこのぐらいの売り上げを達成しなかったら、書店員を辞めて別の仕事をやってね』とリミットを決められました」
以降は毎月の新作ブックカバー制作に加え、企業とのコラボレーションにもこれまで以上に取り組むようになった。なかでも、2023年8月に文庫本購入者に配布した「牛乳石鹸をモチーフにしたブックカバー」は特に大きな反響を呼んだ。
■「牛乳石鹸コラボ」が転機に
牛乳石鹸を製造する牛乳石鹸共進社の工場は、正和堂書店と同じ大阪市鶴見区にある。ポップアップイベントで「カウブランド赤箱」を受け取った際、「石鹸のブックカバーってかわいいかも」とSNSに投稿したところ担当者の目に留まり、「一緒に地域を活性化させよう」という呼びかけからコラボが実現した。
「当初は正和堂書店だけでやったのですが、店を開けたら人が並んでいて。
書店への来店動機を生み、購買意欲も同時に高めた牛乳石鹸とのブックカバー企画。追い風となったこの取り組みは現在も続いており、2024年11月には全国591書店で配布し人気を博している。さらに、牛乳石鹸だけでなく、阪神電車、京阪バス、銀河高原ビールなど多様な企業と積極的にコラボレーションし、オリジナルのブックカバーを制作している。
■「古いまま」なのに文庫本は3年で4倍増
書店として売り上げを伸ばすなら、リノベーションやカフェを併設するといった手も考えられる。だが正和堂書店はそうした刷新を選ばず、昔ながらの町の書店をほぼそのまま保っている。当初、小西さんはこの古い感じが好きではなく、売場の縮小や店舗の一部賃貸化など時代に合わせてお店を更新したいと考えていた。しかしある時から「もう、これでいいか」と思い始めたと語る。
「3年前ぐらいから店は古くてもお客さんは来てもらえると、ブックカバーを通してわかって。それに『お家に帰ってきたみたい』『親戚の家に来たみたい』といった好意的な声が増えて、以前はあまり良い評価ではなかったGoogleマップのクチコミも、いつの間にか高評価の方が上回ったんです。それなら改築とかは考えず、もっと違う提案の仕方で店を盛り上げられるのではと気づきました」
正和堂書店は大掛かりな改装ではなく、アイデアを積み上げることで店の個性を保っている。その結果、客の評価だけでなく売り上げにもつながった。取材に訪れた際には、セレクト本・ブックカバー・コーヒーのドリップパックがセットで購入できる「おうち喫茶」コーナーなど、気軽に読書を楽しめる工夫があった。
「売り上げが下がっている分野もたくさんあるんですけど、3年前は1500冊程度だった文庫本が、今は1カ月に6000冊ぐらい売れています。全国の出版社さんが挙げてくれる書店の売り上げランキングで、名だたる書店が並ぶ中30位に入ることもあって。それにはすごく驚きました」
現在では台湾や香港などのアジア圏の客も来ることが多くなった。
■読書家ではない、だからこそ今がある
最後に今後、正和堂書店をどのような場所にしたいのか小西さんに伺った。
「本に対するハードルを下げたいですね。実は私、大の読書家というわけではないんです。だからこそ書店は本を売るだけじゃなくて、読書の楽しさも発信する場所でありたいと思っています。私自身が販促の仕事をやってきて『めちゃくちゃ売れています』と言われてもなかなか人には響かないと感じていて。そういう意味ではオリジナリティーのあるブックカバーが、気兼ねなく本を買ってもらうための1つの架け橋になればいいなと」
「今後はフォトスポット的な本棚を作ろうと思っていて。他にも子どもが座る椅子をちょっと変わったものにしたら、話題になったりするのかなと考えています。そういう仕掛けを通して本の魅力をいっぱい伝えていけたらいいなって」
■「こうあるべき」を変えたクリエイティビティ
一般的な書店が本の置き方や書棚全体のバランスを重視するのに対し、正和堂書店では体験などに重きを置く。また「ハードルを下げたい」という発想も、それまでの書店が抱えてきた「こうあるべき」という既成概念を崩すものである。
「やっぱり、書店にクリエイティブ業界系の方は少ないかなとは思います。『本質』の反対は『現象』なんですが、私のように広告の仕事をしていた人は現象を扱います。でも書店などの出版業界はどちらかというと本質を扱う方のほうが多いイメージがありますね」
この本質と現象の対比は、現代の読書にも当てはまる。書店に集まるのは本質的な「読書家」だけではなく、もっとカジュアルに関わりたい層も確実にいる。正和堂書店は、そのゆるやかな入り口を設計する店でもあるのだ。そういう意味でこの書店は、昔ながらのたたずまいでありながら、マインドは読書の多様性に即した令和の書店と言えるかもしれない。
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マーガレット安井(まーがれっとやすい)
フリーライター
大阪府出身のフリーライター。関西圏のインディペンデントカルチャー(インディーズバンド、ライブハウス、レコードショップ、ミニシアターなど)を中心に、現場の雰囲気やアーティストの背景、地域の文化的なつながりを文章として紡ぐ。過去にはAll About、Real Sound、Skream!、Lmaga.jp、Meets Regionalなどに寄稿。
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(フリーライター マーガレット安井)