自民党の高市早苗総裁の取材をめぐり、時事通信社のカメラマンが「支持率を下げてやる」などと発言し、批判を集めている。元関西テレビ記者で、神戸学院大学の鈴木洋仁准教授は「『誰もがメディアになれる時代』になって久しいにもかかわらず、マスコミの人たちは『自分たちが記録・報道しないと世の中の人たちは何も知らない』と思い込んでいる。
その無自覚さが問題だ」という――。
■時事通信カメラマン「支持率下げてやる」発言が大炎上
時事通信カメラマンの「支持率下げてやる」発言が炎上している。「マスゴミは偏向報道」と言われて久しく、今回の発言は図らずも、世間の風潮にお墨付きを与えた。
きっかけは、日本テレビのライブ配信からだった。2025年10月7日、自由民主党本部で、高市早苗総裁のコメントの生中継に備えて早めに配信が始まると、マイクが音声を拾った。
「支持率下げてやる」「支持率下げる写真しか出さねえぞ」との発言が、日本全国、いや世界中に放たれたところ、ネット上で批判が殺到した。当初は、日テレのネット配信だったため、同社の記者やカメラマンによる発言かと疑われた。翌8日、同社は、「弁護士ドットコムニュース」の取材に対して、「弊社の関係者による発言ではありません」と答えたものの、ソーシャルメディア上では、なかなか疑いが晴れなかった。
■事態の深刻さを理解していない
さらに翌日の9日、時事通信社は、「本社カメラマンを厳重注意」と題したプレスリリースを出し、藤野清光取締役編集局長による「雑談での発言とはいえ、報道の公正性、中立性に疑念を抱かせる結果を招いた」とのコメントを明らかにした。
まさに、この「雑談での発言」に、同社の、そして、メディア全体の認識があらわれているのではないか。所詮は雑談、とか、どうせ冗談、といったかたちで、この編集局長も、さらには、通信社にかぎらず、新聞やテレビもふくめて、今回の事態の深刻さをのみ込めていないのではないか。
テレビ局出身の私もまたご多分に洩れず、はじめは針小棒大だとの直感を抱いた。
現場でしばしば見た光景だし、とりわけスチール=新聞社・通信社・雑誌社のカメラマンには、今回、処分された人と同じような振る舞いがあったからである。
■筆者が遭遇した「怒鳴るカメラマン」
まっさきに思い浮かべたのは、私が関西テレビ(カンテレ)時代に遭遇した、某新聞社のカメラマン(男性)である。某社に個人的な恨みは何もないし、もう16年も前の話なので、個人攻撃をしたいわけでもないから匿名にするけれども、いかにもスチールの人だったと、今回の「支持率下げてやる」発言を聞いて思い出した。
その日、取材先との行き違いが重なり、ダブルブッキングになってしまった。私たちのほうが先に着いたので、テレビカメラでのインタビューを続けていると、しびれをきらしたのか、某社のカメラマンが「カンテレさん、いい加減にしてくださいよー」と大声を出した。
動画取材のため、こうした声が入ると撮影をやり直さざるを得ない。そのカメラマンが、そうした事情を知っていたかどうかは、わからない。知っていたにせよ知らなかったにせよ、ともかく、自分が待たされている(と思い込んでいる)ことによる怒りを爆発させるほうを優先したのだろう。
■小さい子供が大勢いるのに…
取材場所は動物園だったため、まわりには小さい子供が多くいたけれども、そんな状況などまったくお構いなし、なのだから恐れ入る。テレビのカメラマンにも癖の強い人は多かったが、さすがに、ここまでではなかった。取材中に同業他社を怒鳴りつけている姿は、取材相手にも丸見えだし、某社の腕章もつけていたから、評判を落とす以外の効果はない。
それなのに、などという注釈は、いまこう書いていても、むなしい。
そのむなしさは今回、「支持率下げる写真しか出さねーぞ」と発言したカメラマンへの「厳重注意」にも通じる。たとえ、いくら「注意」したとしても、その注意した主(時事通信社の編集局長)からして「雑談での発言」と、高を括っているのだから、いささかも痛痒を感じていないのではないか。
■「記者クラブの馴れ合い」が原因なのか
なぜなら、スチールカメラを操る人たちは、これからも「雑談」を続けると思われるからである。私がテレビ局出身だから、ムービー(動画)とは違うのだと、身贔屓をしたいわけではない。また、今回の件への批判として、しばしば言われる「記者クラブの馴れ合い」とも違う。
たとえば、国会内を取材するテレビカメラスタッフは「映放クラブ」に所属しているが、そこには、彼ら彼女たちの矜持がみられる。日本テレビの関係会社「日テレ・テクニカル・リソーシズ」のサイトにある「報道・映放クラブのお仕事」というページには、「失礼のないよう、全員スーツなどの正装での取材」をしている点、また、「日本の代表クルーとして海外出張に行き、(中略)大変緊張」することが書かれている。
■だからカメラマンは「雑談」をする
いくら支持率が下がった総理大臣であっても、「疑惑」がもたれている政治家であっても、国会内でもみくちゃにされないのは、こうした人たちのマナーの賜物と言ってよい。スチールカメラマンが所属する「国会写真記者クラブ」と合わせて、政治家を追いかけるとしても、近づきすぎるのではなく、日本国憲法に「国権の最高機関」と定められている国会の品位を保っているのではないか。
こうした国会内の様子に比べて、自民党本部での撮影となると、いつも取材している人が同じとは限らない。処分された時事通信社のカメラマン個人ではなく、仕組みが問題なのではないか。その仕組みとは、スチールカメラマンは、往々にして、単発、つまり、その場限りで取材に赴く場合が多いところである。
このため、良く言えば「一期一会」、悪く言えば「旅の恥は掻き捨て」とばかりに「雑談」をするのではないか。
たとえ、こうした仕組みに難があったとしても、なぜ今、「支持率下げちゃうぞ」発言が、ここまで炎上したのだろうか。
■「報道機関としての中立性、公正性」
それは、マスコミの人たちが、自分たちの置かれている立場に、いまだに、いや、ますます無自覚だからである。問題の発言が「下げてやる」と、上から目線であるだけではない。また、「雑談での発言とはいえ」と、時事通信社の編集局長は弁明しているだけでもない。
同社の斎藤大社長室長が「報道機関としての中立性、公正性が疑われることのないよう」と言及しているところにある。すでに、「報道機関としての中立性、公正性が疑われ」て久しいにもかかわらず、その現状から目を背けているのではないか。だから、今回の炎上は大きくなり、いまだに止んでいないのではないか。
問題にされた発言は、日テレによるネット配信だったから、という理由だけで、当初、同社のスタッフではないか、と疑われたわけではない。同社が、自民党の総裁選挙の際の高市早苗氏による「奈良のシカを蹴り上げる外国人観光客がいる」との発言について、「本当なのか検証」した動画もまた、炎上していたからである。「中立性、公平性が疑われ」ていたから、まず同社に火の粉が降りかかったのではないか。
■日テレが批判を浴びた本当の理由
“シカ暴行は外国人観光客”高市氏の発言で波紋…現地へ【それって本当?】」と題された動画は、それ自体では公平に見えるし、ファクトチェックをする姿勢として評価できよう。
外国人政策も争点となるなかで、投票資格を持つ人たちにむけても、貴重な情報提供だと言えよう。
けれども、投票権のない、すなわち、自民党員ではないほとんどの視聴者にとって、こうした「検証」を、それも総裁選のまっただなかに出す態度が、高市氏を(不当に)貶めている(だけの)ように映ったのではないか。自民党の選挙とはいえ、いや、それだけに、「中立性、公平性」を疑わせる結果になったのではないか。
日テレで、この特集を企画した人たちは、自分たちが、そうした批判を浴びるとは思っていなかったかもしれない。あるいは逆に、批判を覚悟で放送したのかもしれない。どちらの立場にせよ、いまテレビをはじめとする「オールドメディア」に向けられる視線に、あまりに無自覚な姿勢にほかならない。
■なぜマスコミの人は偉そうなのか
その無自覚さが、マスコミ業界の外の人たちには、「偉そう」に見える。私自身も記者だったころから何度も、「あなたはなぜそんなに尊大なのか」ととがめられた。マナーの悪さにとどまらない。全身から滲み出る、選民意識というか、使命感のようなものが、マスコミの外部からは、「偉そう」としかとらえられない。
その「偉そう」なところは、ネットの登場以来、そして、ソーシャルメディアの普及に伴って、「誰もがメディアになれる時代」になって久しいにもかかわらず、マスコミの人たちが「自分たちが記録・報道しないと世の中の人たちは何も知らない」と思い込んでいる傲慢さに由来する。
老若男女が、全国どこでも、いつどんな時間でも、写真や動画を撮れば撮るほど、さらには、そうした「素人」が撮影した写真や動画を、メディアが使えば使うほど、現場には「プロらしさ」への誇りと焦りがあいまって、気合が空回りする。

■「芸術家としてのプライド」が空回りしている
たしかに、プロにしか撮影できない構図や瞬間はある。スチールであれムービーであれ、カメラマンは芸術家である。その芸術家としてのプライドが、いまや逆の効果を生み出している。「雑談」に興じながら、プロらしい画角を使いこなす職人芸は、もはや「偉そう」な態度の源泉にしかなっていないのではないか。
これまでは経験とセンスに裏打ちされた「プロらしさ」こそ、マスメディアの強みだったが、少なくとも報道部門には、もう求められなくなりつつある。トヨタ自動車をはじめとする多くの企業が「オウンドメディア」を持ち、みずから情報を発信したり、政治の世界でも、国民民主党の玉木雄一郎代表が「永田町のYouTuber」を名乗り熱心に動画を更新したりするのは、その最たる証左である。
今回の「支持率下げちゃうぞ」発言は、単に、「中立性、公平性が疑われ」たから、多くの人たちの怒りを買っただけではない。それ以上に、この発言をもたらした背景への自覚のなさであり、それに伴う尊大さに、うんざりしているのである。
そしておそらく、この記事を、マスコミの人たちが理解できないのだとしたら、まさにそこにこそ今回の発言の最大の問題が潜んでいる。

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鈴木 洋仁(すずき・ひろひと)

神戸学院大学現代社会学部 准教授

1980年東京都生まれ。東京大学大学院学際情報学府博士課程修了。博士(社会情報学)。
京都大学総合人間学部卒業後、関西テレビ放送、ドワンゴ、国際交流基金、東京大学等を経て現職。専門は、歴史社会学。著書に『「元号」と戦後日本』(青土社)、『「平成」論』(青弓社)、『「三代目」スタディーズ 世代と系図から読む近代日本』(青弓社)など。共著(分担執筆)として、『運動としての大衆文化:協働・ファン・文化工作』(大塚英志編、水声社)、『「明治日本と革命中国」の思想史 近代東アジアにおける「知」とナショナリズムの相互還流』(楊際開、伊東貴之編著、ミネルヴァ書房)などがある。

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(神戸学院大学現代社会学部 准教授 鈴木 洋仁)
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