ウクライナとの戦争が長引くロシア。YouTubeチャンネル「大人の学び直しTV」を運営するすあし社長は「戦後、破壊された工場や使い果たした国家予算は時間をかければ回復できるかもしれない。
※本稿は、すあし社長『あの国の「なぜ?」が見えてくる世界経済地図』(かんき出版)の一部を再編集したものです。
■なぜ、大国ロシアの未来が見えないのか
ロシアのウクライナ侵攻がもたらした最も深刻で、そしておそらく最も回復不可能なダメージは、破壊された戦車や消耗した国家予算といった、目に見える損失だけではありません。
それは、国家の最も重要な長期的資産である「人的資本」――すなわち、国民一人ひとりが持つ知識、技術、そして活力――そのものの崩壊です。
戦場での若者の喪失、未来を担うべき才能の国外流出、そして、この国を長年蝕んできた根深い人口問題の深刻化。これら三つの破壊的な潮流が同時にロシアを襲い、その国力に、数世代にわたって癒えることのない「人的な傷跡」を刻み込んでいます。
戦術的な成果の一方で、将来の成長余地を失うコストが拡大しており、全体としての「勝ち」とは決して言い切れません。
本稿では、戦争がロシアの未来そのものをいかに蝕んでいるのか、この静かでありながら決定的な危機の実態を、多角的に分析していきます。
■IT・科学技術分野の空洞化
この国家の頭脳とも言える人材の大量流出で、特に深刻な爪痕を残しているのが、ロシアの未来の成長を担うはずだったIT・科学技術分野です。
侵攻開始後、ロシアのIT労働者全体の10%に相当する、約10万人が国を去ったと言われます。
ソフトウェア開発者が集まる国際的なプラットフォーム「GitHub」のデータを分析した調査では、ロシアの開発者コミュニティで中心的な役割を担っていた、最も優秀で活動的な開発者たちが、ごっそりと国外に流出してしまったことが示されています。
この人材流出は、ロシアのイノベーション能力に「死のスパイラル」とも呼べる、悪循環を引き起こしています。
まず、トップレベルの人材が失われたことで、ロシア独自の先進的な研究開発能力が、直接的に低下します。
そこに、西側諸国による経済制裁が追い打ちをかけ、先端的な半導体やソフトウェア、研究機材へのアクセスを遮断します。
その結果、ロシアは性能の劣る国産品や、必ずしも最先端ではない中国製品への依存を余儀なくされ、技術的な遅れは深刻化する一方です。
そして、この技術的な遅れが、国内に残っている有能な人材にとって、ロシアという国で働き続ける魅力をさらに低下させ、さらなる頭脳流出を加速させているのです。
このように、人的資本の流出と技術的な孤立が相互に作用し、ロシアを世界的な技術革新の潮流から完全に取り残していくのです。この現象は、孤立した環境で独自の進化を遂げた結果、国際競争力を失う「ガラパゴス化」として知られており、ロシアの産業全体がこの罠に陥るリスクに直面しています。
■「出生率」と「平均寿命」から見えてくること
戦争による若者世代の大量喪失という新たな危機は、ロシアがそれ以前から長年抱えてきた、より根深い構造的な人口問題の上に、重くのしかかっています。
ロシアの人口問題は、今に始まったことではありません。
ソ連崩壊後の社会経済的な混乱期から続く低い出生率は、改善の兆しを見せず、2023年時点でも女性一人当たり1.4人と、人口を維持するために必要とされる水準を大きく下回っています。
25年2月には、月間の出生数が、過去200年以上の記録の中で、最低を記録するという衝撃的な事態も起きています。
さらに、ロシア社会は、他の先進国とは異なり、慢性的な「男性不足」という問題を抱えてきました。アルコール依存症などに起因する男性の平均寿命の短さは長年の課題であり、戦争によって、その状況はさらに悪化しています。
つまり、現在のロシアは、二つの破壊的な力が同時に、国家の最も重要な人口層を襲う「人口動態の挟撃」とでも言うべき、絶望的な状況に置かれているのです。
■今も月に2万人から3万人の兵士を募集
一方では、戦争が、働き盛りの男性を戦場で物理的に消耗させ、もう一方では、頭脳流出が、同じ世代の最も教育水準の高い層を国外へと追いやっている。
これらは別々の問題ではなく、経済生産性と将来の人口増加の両面で最も重要な世代に、修復不可能な「人口の空洞」を生み出す、単一の壊滅的なプロセスなのです。
さらに深刻なのは、クレムリン(本来、モスクワ中心部の城塞であるモスクワ・クレムリンを指す。政治的な文脈では、ロシアの大統領府とその周辺の政権中枢を意味する慣用表現として使われる)がこの人口減少を、事実上、国策として推進している点です。
消耗の激しい戦術を維持するため、政府は毎月2万人から3万人の兵士を、巨額の契約金というインセンティブで募集しています。
これは、国家の長期的な人口動態の健全性よりも短期的な戦場での兵員確保を優先するという意識的な選択であり、自らの国の人口減少を加速させるために国家がプレミアムを支払っている「国家公認の人口動態的自殺」とでも言うべき、自己破壊的な行為なのです。
■人的資本の喪失が意味する国力
これら全ての要素――戦場での死、国外への頭脳流出、そして根深い人口構造の問題――が組み合わさることで、ロシアの国力は、その根幹から蝕まれています。
これこそが、人的資本の喪失が意味する、国家にとっての決定的な打撃なのです。
経済の視点から見れば、破壊された工場は再建でき、使い果たした国家予算は、時間をかければ回復できるかもしれません。
しかし、失われた一つの世代、特に、イノベーションを生み出し、社会を牽引し、次の世代を育てるはずだった最も優秀で活動的な層は、決して取り戻すことができません。
さらに、この人的資本の喪失は、ロシアの「社会契約」をも書き換えています。
戦前の「生活水準の向上と引き換えに、政治には口を出さない」という国民との暗黙の契約は崩壊しました。
■社会は分断され、さらに不安定に
代わりに現れたのは、戦争への忠誠が、巨額の報酬や社会的地位によって報われる一方で、それ以外の国民は、公共サービスの低下やインフレという形で戦争のコストを負担することを強いられるという、新たな契約です。
帰還兵による暴力犯罪の急増といった社会の不安定化も進んでいます。
国家は、戦争に直接関与した特権階級を形成することで、忠実な支持基盤を創出しようとしていますが、それは社会の分断を深め、長期的な不安定の火種を自ら蒔いていることに他なりません。
ウクライナの地で領土をわずかに得たとしても、その代償として、国家の未来を担うべき世代を丸ごと失うのであれば、それは果たして「勝利」と呼べるのでしょうか。
人的資本の喪失という「静かなる危機」は、ロシアの長期的な国力低下を決定づける、最も深刻な要因として、その歴史に重く刻み込まれることになるでしょう。
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すあし社長(すあししゃちょう)
知識・教育系YouTuber
YouTubeチャンネル「大人の学び直しTV」を2020年より本格稼働。神話や世界史といった世界の成り立ちから、経済・ビジネス・世界情勢まで世の中の仕組みを解説。2025年9月現在チャンネル登録者数90万人を突破。その他チャンネルのプロデュースも手掛ける。
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(知識・教育系YouTuber すあし社長)
しかし、それ以外の目に見えない損失がロシアの長期的な国力低下を決定づけるだろう」という――。
※本稿は、すあし社長『あの国の「なぜ?」が見えてくる世界経済地図』(かんき出版)の一部を再編集したものです。
■なぜ、大国ロシアの未来が見えないのか
ロシアのウクライナ侵攻がもたらした最も深刻で、そしておそらく最も回復不可能なダメージは、破壊された戦車や消耗した国家予算といった、目に見える損失だけではありません。
それは、国家の最も重要な長期的資産である「人的資本」――すなわち、国民一人ひとりが持つ知識、技術、そして活力――そのものの崩壊です。
戦場での若者の喪失、未来を担うべき才能の国外流出、そして、この国を長年蝕んできた根深い人口問題の深刻化。これら三つの破壊的な潮流が同時にロシアを襲い、その国力に、数世代にわたって癒えることのない「人的な傷跡」を刻み込んでいます。
戦術的な成果の一方で、将来の成長余地を失うコストが拡大しており、全体としての「勝ち」とは決して言い切れません。
本稿では、戦争がロシアの未来そのものをいかに蝕んでいるのか、この静かでありながら決定的な危機の実態を、多角的に分析していきます。
■IT・科学技術分野の空洞化
この国家の頭脳とも言える人材の大量流出で、特に深刻な爪痕を残しているのが、ロシアの未来の成長を担うはずだったIT・科学技術分野です。
侵攻開始後、ロシアのIT労働者全体の10%に相当する、約10万人が国を去ったと言われます。
ソフトウェア開発者が集まる国際的なプラットフォーム「GitHub」のデータを分析した調査では、ロシアの開発者コミュニティで中心的な役割を担っていた、最も優秀で活動的な開発者たちが、ごっそりと国外に流出してしまったことが示されています。
この人材流出は、ロシアのイノベーション能力に「死のスパイラル」とも呼べる、悪循環を引き起こしています。
まず、トップレベルの人材が失われたことで、ロシア独自の先進的な研究開発能力が、直接的に低下します。
そこに、西側諸国による経済制裁が追い打ちをかけ、先端的な半導体やソフトウェア、研究機材へのアクセスを遮断します。
その結果、ロシアは性能の劣る国産品や、必ずしも最先端ではない中国製品への依存を余儀なくされ、技術的な遅れは深刻化する一方です。
そして、この技術的な遅れが、国内に残っている有能な人材にとって、ロシアという国で働き続ける魅力をさらに低下させ、さらなる頭脳流出を加速させているのです。
このように、人的資本の流出と技術的な孤立が相互に作用し、ロシアを世界的な技術革新の潮流から完全に取り残していくのです。この現象は、孤立した環境で独自の進化を遂げた結果、国際競争力を失う「ガラパゴス化」として知られており、ロシアの産業全体がこの罠に陥るリスクに直面しています。
■「出生率」と「平均寿命」から見えてくること
戦争による若者世代の大量喪失という新たな危機は、ロシアがそれ以前から長年抱えてきた、より根深い構造的な人口問題の上に、重くのしかかっています。
ロシアの人口問題は、今に始まったことではありません。
ソ連崩壊後の社会経済的な混乱期から続く低い出生率は、改善の兆しを見せず、2023年時点でも女性一人当たり1.4人と、人口を維持するために必要とされる水準を大きく下回っています。
25年2月には、月間の出生数が、過去200年以上の記録の中で、最低を記録するという衝撃的な事態も起きています。
さらに、ロシア社会は、他の先進国とは異なり、慢性的な「男性不足」という問題を抱えてきました。アルコール依存症などに起因する男性の平均寿命の短さは長年の課題であり、戦争によって、その状況はさらに悪化しています。
侵攻開始前には68歳だった男性の平均寿命は、66歳へと低下しました。
つまり、現在のロシアは、二つの破壊的な力が同時に、国家の最も重要な人口層を襲う「人口動態の挟撃」とでも言うべき、絶望的な状況に置かれているのです。
■今も月に2万人から3万人の兵士を募集
一方では、戦争が、働き盛りの男性を戦場で物理的に消耗させ、もう一方では、頭脳流出が、同じ世代の最も教育水準の高い層を国外へと追いやっている。
これらは別々の問題ではなく、経済生産性と将来の人口増加の両面で最も重要な世代に、修復不可能な「人口の空洞」を生み出す、単一の壊滅的なプロセスなのです。
さらに深刻なのは、クレムリン(本来、モスクワ中心部の城塞であるモスクワ・クレムリンを指す。政治的な文脈では、ロシアの大統領府とその周辺の政権中枢を意味する慣用表現として使われる)がこの人口減少を、事実上、国策として推進している点です。
消耗の激しい戦術を維持するため、政府は毎月2万人から3万人の兵士を、巨額の契約金というインセンティブで募集しています。
これは、国家の長期的な人口動態の健全性よりも短期的な戦場での兵員確保を優先するという意識的な選択であり、自らの国の人口減少を加速させるために国家がプレミアムを支払っている「国家公認の人口動態的自殺」とでも言うべき、自己破壊的な行為なのです。
■人的資本の喪失が意味する国力
これら全ての要素――戦場での死、国外への頭脳流出、そして根深い人口構造の問題――が組み合わさることで、ロシアの国力は、その根幹から蝕まれています。
これこそが、人的資本の喪失が意味する、国家にとっての決定的な打撃なのです。
経済の視点から見れば、破壊された工場は再建でき、使い果たした国家予算は、時間をかければ回復できるかもしれません。
しかし、失われた一つの世代、特に、イノベーションを生み出し、社会を牽引し、次の世代を育てるはずだった最も優秀で活動的な層は、決して取り戻すことができません。
人的資本の喪失とは、国家がその未来そのものを失うことに等しいのです。
さらに、この人的資本の喪失は、ロシアの「社会契約」をも書き換えています。
戦前の「生活水準の向上と引き換えに、政治には口を出さない」という国民との暗黙の契約は崩壊しました。
■社会は分断され、さらに不安定に
代わりに現れたのは、戦争への忠誠が、巨額の報酬や社会的地位によって報われる一方で、それ以外の国民は、公共サービスの低下やインフレという形で戦争のコストを負担することを強いられるという、新たな契約です。
帰還兵による暴力犯罪の急増といった社会の不安定化も進んでいます。
国家は、戦争に直接関与した特権階級を形成することで、忠実な支持基盤を創出しようとしていますが、それは社会の分断を深め、長期的な不安定の火種を自ら蒔いていることに他なりません。
ウクライナの地で領土をわずかに得たとしても、その代償として、国家の未来を担うべき世代を丸ごと失うのであれば、それは果たして「勝利」と呼べるのでしょうか。
人的資本の喪失という「静かなる危機」は、ロシアの長期的な国力低下を決定づける、最も深刻な要因として、その歴史に重く刻み込まれることになるでしょう。
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すあし社長(すあししゃちょう)
知識・教育系YouTuber
YouTubeチャンネル「大人の学び直しTV」を2020年より本格稼働。神話や世界史といった世界の成り立ちから、経済・ビジネス・世界情勢まで世の中の仕組みを解説。2025年9月現在チャンネル登録者数90万人を突破。その他チャンネルのプロデュースも手掛ける。
著書に『世界の「なぜ?」が見えてくる 大人の世界史 超学び直し』(KADOKAWA)、『知的な雑談力の磨き方』(クロスメディア・パブリッシング)がある。
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(知識・教育系YouTuber すあし社長)
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