■反抗期が減り、「素直ないい子」が増えている
【内田】ハッカーが生まれたのは、「なんでこんなルールがあるんですか?」という子どもたちのまっすぐな問いに、教師も親も世間の大人たちも、答えようとしなかったからだと思います。
【高部】自分の「取り分」を最大化させようということに心血を注いでいるような感じがしますね。
【内田】そうですね。大人たちは子どもたちに向かって「競争しろ」と言っています。競争というのは要するに他の子たちの足を引っ張ってでも押し退けてでも、前へ進んで、自分の取り分を増やせということですよね。それが人としての正しい生き方だと教師も親も教えている。
でも、これは根本的に間違っています。人間は他者と協働してゆくことでしか生きてゆけないからです。「競争すること」より先にまず「協働すること」を子どもたちには教えるべきなんです。協働のための作法を教えるのが学校教育の一番基本だと僕は思います。
競争させることで能力が開花するということはたしかに経験的には確かですけれども、それはあくまで能力を開花させるための「一つの方便」にすぎません。
【高部】疑問をもたずに他者を出し抜けるのが「スマート」という価値観を教えてしまっていますよね。似た観点として気になっているのが、反抗期の問題です。スマートさを重視する若い人のなかで、反抗期が減っているという調査結果もあるようですが、先生の周りはいかがですか?
【内田】減っています。特に男の子です。「素直ないい子」になっている。
■「親ガチャ」という言葉が流行するワケ
【高部】先ほどの分類でいうと「ぶつかる」わけでもなく、「ハック」するわけでもなく?
【内田】そうですね、静かに「従う」っていうことですね。
【高部】一方で、希望の兆しかなと思っていますのは、「親ガチャ」っていう言葉があって、この言葉には一筋の光を見ているんですけれど。
【内田】どうしてですか?
【高部】「親ガチャ」というのは、「なんでこんな親の元に生まれたのか」とか、「もっと良い親だったらいいのに」という希望の裏返しを「ガチャ」という言葉で言っているんだと思うんです。親と生活するライフ・スタイルっていつ誰が決めたの? だとか、父母と子2人の4人が標準家族と言われてきましたが、その「標準」って誰が決めたの? といった、先ほどの先生の分類でいえば3番目の「謎ルール」に対する正面からの問いを、彼らなりに発しようとしている手前の、プレの段階として「親ガチャ」っていう言葉が彼らのなかで流行っている。そういう側面があるかなと思うんですが。
【内田】なるほどね。
■「自分探しの旅」ってなんだよ
【内田】もうひとつの問題は「本当の自分探し」というイデオロギーですね。これは1997年の中教審答申から学校教育に導入された割と新しいアイディアなんです。その時に「自分探しの旅を支援する」のが教育の責務だという新しい言葉づかいが登場した。僕はその時点で強い違和感を覚えました。「自分探しの旅」ってなんだよって。「本当の自分」を早く見つけて、そこに「居着け」と教育するなんて、子どもにあまりに気の毒じゃないですか。前に高部さんが「ドリーム・ハラスメント」という言葉で適切に前景化してくれたように、それは子どもたちに「早く自分の入る蛸壷を決めて、そこから出てくるな」と強制するきわめて抑圧的なイデオロギーだと思います。
僕自身の小学校・中学校の時代を振り返ると、「本当の自分」なんて人に知られたくなかった。親にも家族にも先生にも友人にも知られたくないのが「本当の自分」だった。だって、思春期の「自分」なんてもうどろどろぐじゃぐじゃじゃないですか。
【高部】ぐじゃぐじゃですね。AともBとも限定的に言い尽くせない。
■「子どもを理解したい」という親への違和感
【内田】中学生くらいの時なんて本当に収拾がつかなかった。外から見るとまだ童顔の子どもなんだけれども、自分の中に込み上げてくる感情とか欲望とかって、もう統御できない、名前の付けようもない。これは「知られてはならじ」ですよ。
親に隠れて山田風太郎(※1)とか澁澤龍彦(※2)とか読んでいるわけです。見つかったら「どうして子どものくせにこんなものを読んでいるのか」と叱責されるに決まっている。こっちは表面的には「いい子」を演じているわけで、親を失望させたくない。だから「お願いだから僕のことを理解しようとなんて思わないでほしい」と思っていた。
だから、親が「子どものことをもっと理解したい」とか、子どもが「親にもっと理解してもらいたい」とかいうのを聴くと、いったい何言ってるんだろうと思うんです。子どものことなんか親はわかりっこないし、子どもは親には自分の本性をわかってほしくないというのが現実でしょう? 子どもの本性を知りたいと思うのは、親の「国境侵犯」だと僕は思うんです。いいじゃないですか、よくわからない人で。それでも、一緒にそこそこ愉快に暮らしているというだけで十分じゃないですか。
1:戦後日本を代表する娯楽小説家の第一人者。「甲賀忍法帖」「魔界転生」をはじめとする「忍法帖シリーズ」は舞台化・映画化・アニメ化。
2:幻想文学の代表者の一人として知られ、幅広いジャンルで執筆活動を展開した作家・翻訳家。
■「いい子」を演じていても、いずれ壊れる
【内田】今は親子の距離が近づき過ぎているんだと思います。
「抑圧されたものは症状として回帰する」というフロイト(※3)の名言がありますが、思春期の子どもたちの奥底にはさまざまな「社会的に承認しがたい欲動」がうごめいています。そういうものは「あるけど、ない」ことにして、そっとしておいたほうがいい。
「反抗期がない子ども」というのは、その欲動とうまく対応できないで、それを心の奥底に押し込めてしまっているのだと思います。その時は「いい子」を演じていても、いずれ壊れる。どこかで必ず壊れます。
■心の中には「暗部」があって当然
【高部】場合によってはハッカーになる可能性もあるわけですね。
【内田】ハッカーになったり、痴漢になったり、DV夫になったり、レイシストになったり……。抑圧されたものはより病的なかたちで発現してしまうんです。
だから、「公私の区別」というものが、個人の人格の中にもあるということを認めた方がいいと思うんです。
それを「本当の自分探し」というようなことを言い出して、心の中の私的な領域にまで、他人がずかずかと踏み込んでくるようになった。それは本来してはいけないことなんです。どんな子どもにも、心の中には誰とも共有できない「暗部」がある。あって当然なんです。そして、別にそれは少しも悪いことじゃない。心の中に何人もの自分がいて、一軒のアパートで共同生活をしているくらいのイメージで自分をとらえていればいいんです。住人の中には誰とでもにこやかに付き合える「いい子」もいるし、気難しくて誰とも口をきかない「頑固者」もいるし、部屋にこもって出てこない「怪しいやつ」もいる。それがみんな「自分」なんだと思っているほうがずっと生きやすい。
3:精神分析学の創始者として知られるオーストリアの心理学者・精神科医のジークムント・フロイト。
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内田 樹(うちだ・たつる)
神戸女学院大学 名誉教授、凱風館 館長
1950年東京都生まれ。東京大学文学部仏文科卒業。東京都立大学大学院人文科学研究科博士課程中退。専門はフランス現代思想、武道論、教育論など。2011年、哲学と武道研究のための私塾「凱風館」を開設。著書に小林秀雄賞を受賞した『私家版・ユダヤ文化論』(文春新書)、新書大賞を受賞した『日本辺境論』(新潮新書)、『街場の親子論』(内田るんとの共著・中公新書ラクレ)など多数。
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高部 大問(たかべ・だいもん)
教育思想家
1986年淡路島生まれ。慶應義塾大学商学部卒。中国留学を経てリクルートに就職。大学事務職員にキャリア・チェンジし、10年間従事。現在は社会福祉法人どろんこ会に所属。1年間の育休経験も踏まえ、幼児教育から高等教育まで教育現場のリアルを執筆・講演などで幅広く発信。著書に『ドリーム・ハラスメント』(イースト・プレス)、『夢想勒索』(真文化)、『サステナビリティ時代の会社(共編著)』(慶應義塾大学出版会)、『ファスト・カレッジ』(小学館)。NPO法人HSG理事、慶應義塾大学准訪問研究員。
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(神戸女学院大学 名誉教授、凱風館 館長 内田 樹、教育思想家 高部 大問)

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