JR東日本が2026年3月から運賃を値上げする。特に山手線内は普通運賃が16.4%、通勤定期は22.9%、通学定期は16.8%と2桁の上昇になる。
日本女子大学名誉教授の細川幸一さんは「物価高の影響があるのだろうが、利用者からは批判が相次いでいる。その根底にはみどりの窓口削減など、利用者の利便性や快適性を軽視する姿勢があるからだ。JR東日本の社員からも問題視する声が上がっている」という――。
■運賃の値上げとサービス低下のダブルパンチ
物価高を実感する消費者は多いだろう。ワンコインランチという言葉が一時はやり、500円でランチが食べられるという意味だが、最近、都内でランチを取ろうとすると1000円近くはかかる印象だ。立ち食いそばのかけそば一杯が500円近くする時代となった。
円安やウクライナ危機等による燃料費や資材の値上げ、人手不足、働き方改革による人件費の高騰など、経済環境の変化が背景にある。
そのために公共料金も値上げが続いており、鉄道も例外ではない。最近の大規模鉄道事業者の値上げとしては、JR東日本と西武鉄道の運賃値上げ申請が行われ、ともに運輸審議会の審議等を経て国交大臣が申請通りに認可し、来年3月からの値上げが予定されている。
■大幅に上がる山手線運賃
JR東日本は今年の8月1日に、2026年3月から運賃を改定すると発表した。鉄道の利用減少や保守作業、安全投資などの増加等を理由とするもので、平均7.1%の値上げとなる。24年12月に国土交通大臣に申請していたが、1日に申請通り認可された。

注目が集まっているのが、東京圏の運賃の値上げ幅が大きいことだ。他エリアより低廉としていた「電車特定区間・山手線内」の運賃区分を「幹線」に統合するためで、以下のような大幅な値上げが予定されている。
●幹線:普通手運賃 4.4%、通勤定期 7.2%、通学定期 改定なし

●地方交通線:普通運賃5.2%、通勤定期10.1%値上げ、通学定期 改定なし

●山手線区間:普通運賃16.4%、通勤定期22.9%値上げ、通学定期16.8%値上げ

●電車特定区間:普通運賃10.4%、通勤定期13.3%値上げ、通学定期8.0%値上げ
例えば東京駅から新宿駅は現在の210円(ICは208円)から260円(253円)、東京駅から横浜駅までは現在の490円(483円)から530円(528円)に引き上げとなる。
「電車特定区間・山手線内」は、国鉄時代に「競争力のある運賃設定を目的とした首都圏の運賃抑制策」として設定されたが、現在では他の鉄道事業者との運賃格差が逆転・縮小していること、安全性・利便性・快適性を向上させるための継続的な設備投資が必要となることなどを理由に見直しが行なわれた。
前述のように生活面での物価高が身に染みる消費者からすれば、JR東日本の運賃改定にも納得できる部分も多いと思われたが、批判が相次いだ。その理由は同社のサービス低下を感じている消費者が多いからだろう。
■みどりの窓口削減で批判殺到
もっとも不満が多いのが、みどりの窓口の一方的な削減だろう。何年か前になるが、勤務する大学の最寄り駅である山手線の目白駅のみどりの窓口が閉鎖され驚いた経験がある。
その後、きっぷの予約関係で同駅の指定席券売機での対応がなされず、改札係員に聞いたら、となりの池袋駅のみどりの窓口に行くように言われた。その池袋駅も閉鎖こそされてはないが、2023年6月に「南みどりの窓口」が閉鎖され、「中央みどりの窓口」1カ所のみとなり大混雑だ。
JR東日本は2021年5月、首都圏と地方圏で合計440カ所だったみどりの窓口を25年までに140カ所程度に縮小する方針を示し、順次廃止していた。24年4月時点で209カ所まで減らしたが、通勤定期の販売シーズンに外国人観光客の急増も加わり窓口に長蛇の列ができていた。

2024年5月になって、同社は縮小計画を凍結すると発表した。同日記者会見した喜勢陽一社長は「お客様に多大なストレスやご迷惑をおかけしたことをおわび申し上げたい」と述べ、既存の窓口は当面維持し、繁忙期には閉鎖した窓口を臨時で復活させるなどして混雑を緩和するとしたが、元通りになったわけではなく、混雑は続いている。
■「えきねっと」などの改良が先
デジタル化は時代の流れであり、利便性も向上する。航空券もネットで予約が当たり前になりつつある。搭乗券はQRコード、チェックインも事前のオンラインで可能なケースも増えた。当然、鉄道もその方向でかまわないが、JRのきっぷは複雑だ。
窓口なら、「○○までに一番早く着くルートできっぷがほしい」、「○○駅で途中下車するので、特急券は別々にほしい」などと要望を窓口で告げれば、熟知した係員が適切なきっぷを発券してくる。しかし指定席券売機では、要望を消費者自身が具体的なきっぷ購入の指示にしないと購入できない。その指示の仕方もよくわからない。東日本以外のJRの在来特急券を買いたい場合など、あきれるほどの分りにくさだ。
JR東日本もそのことは理解しており、オペレータと話せる指定席券売機も設置されている。しかし、オペレータが出るまで10分待ちということもざらで、オペレータが話し相手でも、やはり対面とは異なり高齢者等が操作に手間取っている場合も多い。
また、今年7月から新型機が登場しているが、それほど使いやすくなったようには思えない。以前からだが、操作に悩む利用者をよく見かける。
JR東日本のきっぷ販売ネットサイトは「えきねっと」だが、これも出来が悪く、評判はよくない。筆者自身も辟易したことが何度もある。対面窓口を大規模に縮小するのであれば、えきねっとや指定席券売機にAIを導入し、要望、希望を言うだけで、最適なきっぷを提示するような方策が必要だ。
■ダイヤ改正でも批判を受けたJR東日本
また、JR東日本はダイヤ改正でも大騒ぎとなった。京葉線の通勤快速電車の突然の廃止だ。
本サイトでも既報[突然の「通勤快速の廃止」で大炎上…「京葉線のダイヤ改悪」をゴリ押しするJR東日本に抱く強烈な違和感 ダイヤ改正の狙いは、速達電車の有料特急化|PRESIDENT Online(プレジデントオンライン)]したように利用者の利便性を無視した突然のダイヤ改正方針で、利用者、沿線自治体の大反発を招いた。批判を受け、その後ある程度ダイヤを戻す再改正が行われたが、同社への不満は多い。
大幅値上げが予定されている山手線も快適に利用できていると思う消費者は少ないだろう。平日の日中でさえ混雑を指摘する声が聞かれる。
大手鉄道会社の運賃改定にあたっては国交省・運輸審議会で公聴会が開催される。
公述人が公募され、だれでも自由な立場で賛成、反対の意見表明ができる。あらかじめ公述書を提出する。当日の持ち時間15分だけで、意見を言うことはできるが、質問はできないといった制約がある。それでも公述書で示された疑問などには事業者が回答を用意するのが通常だ。
今年2月27日、JR東日本の運賃改定(旅客運賃の上限変更認可)申請に関する公聴会が運輸審議会で行われた。ここで興味深いことがあった。
■公述人になったJR東日本の社員の訴え
公聴会には、JR東日本から、喜勢陽一代表取締役社長、木村法雄常務執行役員、熊本大誉執行役員鉄道事業本部モビリティ・サービス部門長、加茂義尚鉄道事業本部モビリティ・サービス部門運賃・運輸 収入ユニットリーダーが出席。公述人は3人で、いずれも反対の立場から公述した。(東日本旅客鉄道株式会社からの鉄道の旅客運賃の上限変更認可申請事案に関する公聴会――国土交通省)
興味深いのは弁護士1人、会社員2人の公述人の中にJR東日本の社員がいたことだった。社員は公述人として以下のように述べている。
「いくらサステナブルな事業継続のためとはいえ、過度な効率化によってみどりの窓口を相次いで閉鎖したり、利用状況を綿密に分析しないまま鉄道の運転本数や車両数を削減したり、複数名での対応が必要な列車に乗務員を配置しなかったり、非現業部門の業務を現場が抱えきれないほど持ち込ませたり、駅の電気時計を撤去したりと、経営陣ではなく従業者やその先にいる利用者に無理を強いるような「経営改善策」を敢行しています。それらを受け止めようにも受け止めきれず、従業員や利用者が疲弊しているような状況において、今回の上限変更認可申請は社会に受け入れられるのでしょうか? 日頃から利用者や地域の声に真摯に向き合い、資する改善を施していれば、今回の上限変更認可申請の理解も早く得られたことでしょうが、「経営改善策」もさることながら、それによって引き起こされた安全を脅かす事象の数々を「偶然」の一言で済ませ、安全を軽視したものととれる経営陣の姿勢を見て、到底理解を得られるとは思えません。」(抜粋)
■「三方よしとなる運賃改定を」
社員は、最近目立つJR東日本の事故も踏まえて、経営姿勢に疑問を呈した。
運賃改定申請事業者の社員が公聴会で認可反対の公述を行うのは異例だ。
また、社員は最後に以下のように結んでいる。
「私は今回の運賃の上限変更認可申請について、これに反対し、審議会において申請却下の答申をなされるよう申し上げます。相次ぐ部内要因の事故や事象に向き合わず、現場従業員の経験に基づく声を無視して輸送品質を低下させ、利用者の声を傾聴せず、公共交通機関であることを忘れて金の亡者になったともいえる申請者が、一般公述を機に今回の申請を再考し、社員とその社員で組織された労働組合、利用者、そして社会との丁寧な対話を通じて、真に三方よしとなる運賃改定を行うことを切に願います。なお、今回の公述の場では、私は自らの身分を明らかにして意見を述べていますが、この結果申請者による部内規定または国内法令に基づく処分は甘んじて受け、または訴訟等を受けて立つ所存です。私は相応の覚悟で公述の場に臨んでいますので、これまでに述べた意見を真摯に受け止め、ご対応いただくよう望みます。」
■利用者の理解を得られるのか疑問
消費者の権利のうち「安全である権利」は最も重要であり、今年のJR東日本のトラブルには、新幹線の上野―大宮間での架線垂れ下がりによる車両損傷(1月)、新幹線郡山駅での高速オーバーラン(3月)、走行中の新幹線の連結器分離(9月)が記憶に新しい。
2023年8月には、在来線大船駅構内で列車と電柱の衝突事故が起きている。新幹線事故では幸いけが人はいないが、大船駅の事故では、けが7人、体調不良12人の申告があった(JR東日本発表)。
こうした安全性や利便性に消費者が不安や不満を持つ中での運賃改定は消費者の理解を得られづらいだろう。
■西武鉄道も値上げへ
西武鉄鉄道も運賃改定申請を行い、申請通りに認可された。2026年3月に値上げを実施すると今年7月に発表している。普通運賃は11.9%、定期運賃は10.0%が引き上げとなる。
一方で、通学定期券は据え置き、小児運賃は一律50円と子育て世帯に配慮した。
主な区間の運賃改定の例(大人運賃、きっぷ購入の場合)

西武新宿―高田馬場(初乗り運賃):160円→170円(+10円)

池袋―練馬:190円→210円(+20円)

池袋―所沢:360円→410円(+50円)

池袋―小手指:390円→450円(+60円)

西武新宿―本川越:520円→600円(+80円)
なお、これまで運賃に含まれていた「鉄道駅バリアフリー料金」は、今回の改定にあわせて廃止される。バリアフリー整備費用は運賃全体に含まれる形で継続的に確保するとしているが監視が必要だ(JR東日本も同様)。
■値上げに見合ったサービスが必要
西武鉄道の運賃改定についても運輸審議会で公聴会が開かれた。沿線に住む筆者は公述人申請した。公述人は私ひとりだけで、公共料金に関する消費者の意識のなさを実感した。
公述する際には、申請内容に賛成か、反対かを表明して意見を述べるように求められている。しかし、私は賛成ではないが、やみくもに反対ではないので、選択肢を無視して、「条件付き容認」として申請したら、そのまま通った。(西武鉄道株式会社からの鉄道の旅客運賃の上限変更認可申請事案に関する公聴会の公述書について――国土交通省)
公聴会は2025年5月22日に運輸審議会で開催され、西武鉄道からは小川周一郎代表取締役社長、町田明取締役・常務執行役員・道本部長)、齊原潤鉄道本部計画管理部ジェネラルマネジャー)、保前保鉄道本部計画管理部鉄道計画課マネジャーが出席し、公述人は私一人だった。
運賃とはサービスの対価であり、運賃の値上げ理由が、良質かつ快適なサービス提供のためということをうたっているので、運賃改定に見合ったサービス等が提供されるのであれば認めたいという立場で公述した。
多岐にわたって現在の運行状況、サービスに対する不満を表明したが、2点だけここで紹介する。
■混雑に拍車をかける“直通取りやめ”
第一点は、トラブル発生時の西武有楽町線経由の東京メトロへの直通運転取りやめだ。現在、西武池袋線は練馬駅から分岐して東京メトロと小竹向原駅でつながっている(西武有楽町線)。これにより東京メトロ有楽町線、副都心線と直通運転を実施している。直通運転の取りやめは理解できるが、西武鉄道の場合、西武有楽町線を運休にしてしまうのだ。
結果として、東京メトロに繋がる小竹向原駅への電車が間引きされ、全ての乗客が本線経由で西武池袋駅を利用することとなり、混雑にさらなる拍車をかけるとともに、快適性が著しく損なわれている。同線経由の定期券所持者に対する債務不履行でもある。直通運転取りやめ時にも、練馬駅―小竹向原駅間を往復運転するなどの対応がなぜ取れないのか疑問を呈した。これに対して、小川社長は「設備の都合上困難」と回答した。
第二点は、西武鉄道は幹線として池袋線と新宿線を有するが、新宿線を軽視しているとの声をよく聞く中で、新宿線の複々線化工事をめぐる問題だ。池袋線では2015年に高架複々線化工事が完了している。新宿線での計画は池袋線に比べてかなり遅れており、かつ複々線化は予定されていない。
そもそも西武鉄道は、池袋線と同様に新宿線においても、特定都市鉄道整備促進特別措置法により運賃に特別加算する形(きっぷ購入で毎回10円)で、同線の複々線化の工事費用を利用者から7年間にわたり先取り徴収(総額155億円)していたが、住民らへの説明なしに突然工事開始の延長を申請し、運輸大臣は1995年3月に認可してしまっている。
結局、2019年になって正式にこの計画は廃止になった。JR新宿駅近くに新たに西武新宿駅を造る構想も幻になった。これは急行線のみを地下化して、地上線の通過電車本数を減らすことによって、沿線交通渋滞の緩和、運行電車本数増減を狙ったものだった。
現在進行中の新宿線の工事は、立体化・踏切の解消のみであり、複々線化は計画されていない。また、西武新宿駅の移転はせず、新たな通路の設置が計画されているだけだ。このように、西武鉄道の新宿線に関わる改良方針は迷走し、場当たり的な印象を持つ。
同線の複々線化計画がないこと、首都圏私鉄幹線で唯一東京メトロ等との相互乗り入れしていない問題を含め、新宿線の混雑緩和、利便性向上に関する西武鉄道の方針には納得できないと主張した。
■時刻表廃止、無人化に拍車
公述には含めなかったが、最近、西武鉄道の多くの駅でホームの時刻表がなくなってしまい、QRコードがあるだけになった。自分でスマホで確認しなければならなくなっていて、不便だった。これは多くの鉄道会社で試みはじめられていることで、ダイヤ改正時の手間、コストを省きたいのだろう。
駅の無人化も進む。西武鉄道は2024年4月から一部の駅で駅員の常駐をやめ遠隔対応に切り替え、無人化している。
■鉄道会社任せで本当にいいのか
コスト削減で、電車の車掌を廃して運転士一人のワンマン化が進んでいる。通常時はよいが、災害時は首都圏の混雑時だと1編成2000人近くが乗る電車に乗務員が一人だけで大丈夫なのかと不安になる。閑散地域だが駅のトイレを廃止したり、時計までも撤去するような事態も起きている。
一方、一般道路建設には赤字という概念がないなかで、どうして鉄道は運賃で収支を図る必要があるのかという社会インフラとして位置づけの問題がある。また、国交省には鉄道運賃をより廉価にする仕組みを構築する鉄道政策がない。事業者が申請してきた内容が鉄道事業法に基づいて、不当でないか検証するだけだ。[「東京の電車賃は安い」はウソである…乗り換えのたびに「初乗り運賃」がかかる首都・東京の大問題 相互乗り入れで移動は便利になったのに…|PRESIDENT Online(プレジデントオンライン)]
鉄道は日本社会では身近で重要な交通手段だ。この問題に真剣に向き合うべきだ。

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細川 幸一(ほそかわ・こういち)

日本女子大学名誉教授

米国ワイオミング州立大学ロースクール客員研究員等を経て、日本女子大学教授。一橋大学博士(法学)。内閣府消費者委員会委員、埼玉県消費生活審議会会長代行、東京都消費生活対策審議会委員等を歴任。専門:消費者法・企業の社会的責任(CSR)など。消費者保護の功績により内閣総理大臣表彰(2021年)。2024年3月に日本女子大学を退職。著書に『新版 大学生が知っておきたい生活のなかの法律』『大学生が知っておきたい消費生活と法律【第2版】』(いずれも慶應義塾大学出版会)などがある。歌舞伎を中心に観劇歴40年。自ら長唄三味線、沖縄三線を嗜む。

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(日本女子大学名誉教授 細川 幸一)
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