ロシア国内で、ガソリン不足が深刻化している。9月までに激化したウクライナのドローン攻撃により、国内38カ所の製油所のうち少なくとも16カ所が損傷。
ガソリンの卸売価格は1月比で54%上昇した。暖房用の燃料が欠かせない冬が迫る中、ロシア国民は侵攻の影響を肌で感じている――。
■「並んでも買えない」ロシアの深刻なガソリン不足
ウクライナによるロシアの石油施設への攻撃が、8月から9月にかけて前例のない規模で行われている。
英BBCによると、8月だけで14カ所、9月も8カ所の製油所が攻撃された。今年1月以降の通算では、ロシア国内にある大規模製油所38カ所のうち21カ所が攻撃を受けており、攻撃に成功した回数は2024年全体をすでに48%上回っている。
ガソリン不足により、ロシア各地で市民生活に打撃が生じている。英ガーディアン紙によると、極東部の都市ダリネゴルスクでは、給油待ちの長い車列が発生。取材に応じた男性は、「何時間も待っているけれど、車に給油できるかどうかなんて誰にも分からない」とこぼす。
BBCは極東地域だけでなく、西部サンクトペテルブルクからモスクワに至る高速道路などにおいても、給油所に長い列ができていると報じた。ロシア占領下のクリミアでは当局がガソリンの配給制を導入しているほか、シベリアの独立系給油所のオーナーたちは、燃料が届かないため店を閉めるしかなかった、と語る。
英テレグラフ紙は、多くの地域で1回につき10~20Lの給油制限が発動していると報道。一部の地域では、もはやディーゼル燃料しか残っていない状況だという。

■ガソリン価格は54~70%上昇
価格の高騰も止まらない。ガーディアン紙によれば、ロシアで最も一般的に使われているA-95ガソリン(オクタン価95)の卸売価格は先週、1トン当たり約8万2300ルーブル(約14万7000円)で史上最高値を更新。1月と比べて約54%も値上がりした。
モスクワ・タイムズ紙は、パニック買いを抑えるための措置が導入され始めていると伝えている。一部の給油所において携行缶への給油が禁止となったほか、割安なプリペイド式の給油カードは使用を受け付けていない。
米フォーブス誌は、一部地域で1ガロン換算で4.52ドル(1リットル当たり約176円に相当)まで跳ね上がったと報じている。産油国でありながら、日本並みの価格設定だ。9月初旬に公示された平均価格が1ガロン当たり2.66ドルだったことを踏まえると、およそ70%の高騰となる。
モスクワから東へ440キロほど離れたニジニ・ノヴゴロド地域では、燃料不足のためスクールバスが子供たちの送迎を行えない事態に。にもかかわらず地域当局は、混乱など起きていないと主張している。
■1カ月石油を精製できない…次々と狙われるロシアの製油所
こうした混乱の発端となったのが、ウクライナ戦争だ。ウクライナ側は8月以降、侵攻への対抗措置として、ロシア石油施設をターゲットとしたドローン攻撃を本格化。
ドローンは飛躍的に航続距離を伸ばしており、内陸部といえど攻撃を免れない。
なかでも大きな損害を生じたのが、ウクライナ国境から1100キロメートル以上も離れた自治国家・バシコルトスタン共和国のガスプロム・ネフテヒム・サラヴァト製油所だ。9月下旬、ウクライナ保安庁(SBU)のドローンによる2度の攻撃を受けた。BBCによると、施設から煙が立ち上る様子が衛星画像で確認されている。
このほか、ロシア各地で攻撃が続く。テレグラフ紙によれば、ヴォルゴグラード近郊の製油所は今年すでに6回攻撃を受け、8月の攻撃で1カ月間の操業停止に追い込まれた。モスクワ近郊、日量34万バレルの生産能力を誇る重要施設のリャザン工場も、1月以降5回の攻撃にさらされている。
石油施設が機能不全に追い込まれる中、ロシア当局は被害の実態を認めようとしない。フォーブス誌によれば、地方当局者は燃料不足を「製油所での10日間の定期メンテナンス」のためだと説明している。
ドローン攻撃についても、ウクライナから飛来する攻撃用ドローンはすべて、ロシア空軍が撃墜していると主張。施設に実際に生じている被害は、「撃墜されたドローンの破片」によるものだと苦しい言い訳を続けている。
■石油施設を攻撃する2つの理由
製油所攻撃に力を入れるウクライナには、はっきりした狙いがある。

ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領は9月の演説で、ロシアの石油産業を叩くことが、ロシアを交渉の場に引き出すカギだと明言している。すなわち、ロシアの輸出収入を断ち、国内に不満を広げ、同国のウラジーミル・プーチン大統領を和平交渉のテーブルに着かせる戦略だ。
ゼレンスキー氏の試みは、現在のところ狙い通りに進みつつあるようだ。ロイター通信は攻撃の結果、日によってはロシアの石油精製能力が5分の1近く落ち込み、主要港からの輸出も減少したと報道している。
加えて、経済への打撃だけがウクライナの狙いではない。プーチン政権下で元ロシア副エネルギー相を務め、現在は亡命中の野党政治家ウラジーミル・ミロフ氏は、ウクライナの攻撃が2つの意図を持っていると語る。
英BBCの取材に対しミロフ氏は、民間への供給に欠かせない大規模製油所を狙うほかに、ウクライナで戦う部隊に燃料を送る国境近くの製油所をターゲットにしていると説明。市中のガソリンスタンドを枯渇させる以外に、ロシアの交戦能力を低下させるという2つ目の意図があると分析している。
■輸送がマヒすれば影響は計り知れない
燃料危機はすでに各地のガソリンスタンドで混乱を生じているが、早々にロシア経済全体が広く影響を受ける可能性がある。
モスクワ・タイムズ紙によると、農家は農業機械を動かせなくなるのではないかと懸念しているほか、輸送を担うトラック運転手たちも廃業の危機を口にしている。幅広い産業が機能不全に陥りかねない。
ガーディアン紙は8月からのドローン攻撃について、西側諸国による制裁との相乗効果でロシアに打撃を与えていると分析する。
通常であればドローン攻撃は、製油所の能力の一部を削ぐに過ぎないが、制裁でロシアは西側の技術を使えなくなっている。修理に通常よりも多大な時間を要するほか、修復作業のプロセスも複雑になっている。
石油・ガスアナリストのボリス・アロンシュタイン氏は同紙に対し、「攻撃は大規模かつ連携が取れているほか、何度も繰り返される。波のように押し寄せるため、製油所は前の攻撃の被害を直す間もなく、次の攻撃を受けている」と説明した。
■アメリカに技術提供拒まれ80%が「採掘困難」に
長期的にはロシアの石油産業は、さらなる苦境に立たされることになるだろう。
米ウォール・ストリート・ジャーナル紙は、すでに衰退傾向にあるロシアの油田だったが、戦争と西側の制裁によって石油の採掘が一層難しくなってゆくと指摘する。
ウクライナ戦争以前からすでに、西シベリアなどのソビエト時代の油田の多くは枯れ始めており、石油大手各社は北極圏やシベリアなど採掘が困難な地域にある原油に頼らざるを得なくなっていた。
そこで各社は、アメリカの技術を導入してシベリアのシェール層を開発しようとしていたが、戦争とその後の制裁で計画は破綻。採掘に必要な技術が使えなくなった。
ロシアエネルギー省によれば、ロシア国内の石油埋蔵量のうち、「採掘困難」に分類される割合は、現在の59%から2030年までに80%に増える見込みだ。
エネルギー産業を専門とするノルウェーのコンサルティング会社ライスタッド・エナジーのダリア・メルニク上流調査担当副社長は、ウォール・ストリート・ジャーナル紙に対し、「巨大だったロシアの従来型油田の黄金時代は、すでに終わっている」と指摘している。
記事によるとロシアの石油生産量は、今後5年間で少なくとも約10%落ち込む可能性があるという。
ロシアの予算収入の最大3分の1がエネルギー部門から得られており、国家予算への影響は甚大だ。
■ロシア国民はプーチン政権による生活の悪化を感じている
プーチン氏はかつて、エネルギー輸出を通じ、国際的な影響力を誇示してきた。しかし今や、国民が求めるガソリンすら満足に供給できない状況だ。
ロシア国民にとってこれまで、侵攻の影響を感じる場面は限定的だった。例えばレストランチェーンなどは、西側企業が撤退した以降も国内の類似企業が店舗を譲り受け、街中はこれまでと変わらず賑わっている。
しかし、ガソリンの配給制や高騰を受け、市民は戦争の影響を肌で感じ始めている。産油国ロシアの国民がガソリンを求めて何時間も並び、価格の高騰に怯えるという皮肉な現実が、ロシア自身が始めた戦争の影響を象徴している。
戦争開始から3年半以上が過ぎ、ロシアの石油産業は限界に達している。ソビエト時代の油田が枯渇しつつあったところへ、戦争により西側の技術が提供停止に。そこへ8月から9月、ウクライナのドローン攻撃が追い討ちをかけた。
ロシア国民はいつまで、この現実に耐えることができるか。極寒のロシアで暖房が必須となる冬の訪れとともに、その答えが見えてくるかもしれない。


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青葉 やまと(あおば・やまと)

フリーライター・翻訳者

1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。

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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)
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