飲んだほうがいい薬、飲んではいけない薬はあるのか。東京科学大学病院総合診療科の石田岳史教授は「高血圧、糖尿病のような確実に老化が進む病気は薬を飲むべきだが、患者から頼まれても処方しない薬がある」という。
ノンフィクション作家の野地秩嘉さんが聞いた――。(第4回/全4回)
■「部長止まり」はボケやすい
【石田】大企業でも中小企業でも、出世レースに負けて役員になれなかった人ってチャレンジしなくなるんですよ。それが老化の元なんです。もう先が見えたから大過なく過ごしていこうという考えがいちばんダメ。
55歳を過ぎて役員になれなかった人間って、もう先が見えているから、何となく会社に行くわけです。来た仕事をそつなくこなして、大過なく自分の仕事を終える。大過なくって言葉、僕は大っ嫌いなんです。大過なくっていうのは、何もしてないから大過がないわけ。それに、大過なくという気持ちで仕事してもいい結果なんて出ませんよ。一か八かでチャレンジするから闘志が湧いて、結果が出るんです。
ただ、チャレンジしてぜんぶ成功する人なんていません。チャレンジしたら5回のうち、2回か3回は失敗するもの。
でも、5回のチャレンジをすることで、経験を得る。良いことも悪いことも経験するから、人間は学ぶ。それは脳を使っている証拠なんです。チャレンジしない人は脳を使っていない。
たとえば、僕が今、一流企業の部長になったとしましょう。だが、役員にはならない部長だと。そうしたら、一流企業の部長といえばエリートだから、定年まで部長でいようと思ってしまうんですよ。大過なく、事故のないように、穏やかにいこうじゃないかと思うに違いない。
■長生きの極意は「はい」と「イエス」
――それは確かにそうですね。役員になれないとわかったら、せめて、部長の地位は死守したいと思うでしょう。
ただ、それははっきり言うと、つまらない人生の選択です。もし、40歳で一流企業の部長だったら、どんどんチャレンジするでしょう。
そこで立ち止まるわけにはいかないから。だが、55歳プラスアルファだと周りも期待しない。自分も消極的になる。そうすると、人生の目標が定年になってしまう。定年までは大過なくいこうと考えてしまう。これが落とし穴なんです。
正解はね、57歳、58歳でも、役員になれないとわかってもそれでもチャレンジして生きていくんですよ。そうしたら、チャンスも生まれてくる。チャレンジしない人って、周りから見ていてすぐにわかりますよ。チャレンジしていたら、上司が今度はあいつを関係会社の社長にしてやろうと思うわけです。定年を目標にして生きていくなんてつまらないこと考えちゃいけません。
だから、もし、自分は部長止まりだな、あるいは課長止まりだなと思っている人はあきらめずにチャレンジしまくる。
何か頼まれたら、絶対にノーと言ってはいけません。できないと思わずに全部やる。イエスから入る。「はい」と「イエス」だけ答えることなんです。そうすればボケずに長生きできます。大過なくは老化の元と思ってください。ただし、過労で倒れては元も子もないので、頑張っているときは「ほどほどに」という言葉も大事にしてくださいね。
■“その道のプロ”よりも“何でも屋”がいい理由
――サラリーマン生活で50歳を過ぎてもチャレンジを続けたほうがいいということですね。
チャレンジといっても決して大げさなことでなくていいんです。同じ仕事をしないようにするだけ。たとえば、どんな仕事もそうだけど、たとえば海外事業部でずっとやってきた、と。ずっとフランス相手に仕事してきた。
では、次はアラブ相手にやってみるとかね。何か変えること。変えると心配事が増えます。そして、脳が働く。脳が働くように生きていけば老化はしません。
――そうですね。画家でもピカソみたいにいろいろなことをやって、しかも画風が変わってきた人は老化していません。女性遍歴も多数あり、でした。
日本だと「生涯一捕手」みたいに何かひとつの道だけをやってきた人が褒められやすいけれど、老化の観点からいえば、何でも屋のほうがいい。芸術家でも北大路魯山人がそうでしょう。書を書いたり、陶芸やったり、扁額(へんがく)を彫ったり、料理をやったり……。老化してない。
サラリーマンであっても、何でもやったほうがいいんです。
■超高齢化社会は怖くない
――今の日本人は少子高齢化で経済がシュリンクする、年金が危機になってしまうとばかり言っています。先生はどうお考えですか。そういう考え方をしていると、老化してしまうのでしょうか?
少子高齢化社会になって大変だと言われるけれど、それは思い込んで大変になっている側面があります。高齢になっても引退しなければ超高齢化社会なんて怖くないんです。死ぬまで働けばいいのに、勝手に定年を作るから働き手がいなくなるという。
だいたい今の70代は老人じゃないですよ。ユーミンだって、山下達郎だってステージに立っているし、若い人より売れている。経済を回しています。本来、生物に定年はないんです。かつての日本は一次産業をやっていたから、定年なんてなかった。80歳でも、「今日は船出して漁へ行くぞ」とか。
板前さんでもいくつになっても店を開けていたでしょう。
それが高度経済成長で、みんなが大学へ行くようになり、みんなが勤め人になってしまったから定年制が始まった。そして、定年以降は誰もが老人みたいに扱われる。それはもはや間違っています。今から30年前の65歳は老人だけれど、今の65歳は老人じゃない。
ユーミンも山下達郎も70歳を超えて活躍しているうえに納税者ですよ。日本に貢献しているわけです。
■大学病院の元病院長もアルバイト
これからは老人の定義を変えなきゃいけない。75歳まではみんな働いていいんです。もっと働ける人は死ぬまで働いて納税すればいい。年金、年金って言っている人ほど老化します。年金をもらいながら働いて、社会貢献したほうが長生きできる。僕も、手に職があるから、頭が働くうちは働こうと思っています。そのほうが、きっと楽しいので。
医者の先輩でも80代で診療している人、何人もいるんですよ。私の先輩で、83歳の大学病院の元病院長ですが、今でもアルバイト診療して働いています。金曜土曜だけ働いて、日曜から木曜までは暇だから、旅行へ行ったり……。そういう老後を過ごしたいんですよ、僕は。
年金プラスアルファで80代まで仕事をする。人のためになって、ちょっとの稼ぎがあって、稼いだお金で、3泊4日くらい、夫婦で毎月、旅行に行ければ最高の人生ですよ。年金もらって、うちにいるだけじゃボケるのを待っているだけでしょう。年金が足りないと嘆く前に、時間とエネルギーがあるなら働いて、いくつになっても納税しているほうが気持ちがいい。70代、80代が社会を回すのが超高齢化社会ってことでしょう。バイトでいいんです。正社員になろうなんて思わなければいくらでも仕事はありますよ。20代、30代のスタートアップの会社は70代の人をアルバイトで雇えばいい。気軽に相談できるベテランのおじさんみたいな役割で活躍すればいい。
■19番目の科目「総合診療科」とはなにか
――石田先生は総合診療科の専門医ですね。医者のなかの「何でも屋」みたいなものでしょうか?
これまで医療の専門科って内科、小児科、外科、整形外科、眼科など18個ありました。総合診療科というのは19番目の専門医なんです。それで、総合診療医というのはその通り、何でも屋です。僕の場合は自治医大を出て、昔から医者をやってるから、内科専門医であり、循環器専門医でもあります。2018年に総合診療科ができてからはそれを普及させるために総合診療医として診療しているわけです。
では、総合診療とは何か。何でも屋って何をするのか。たとえば、ある高齢者は糖尿病と心不全があって、主治医がふたりいる。これって、すごくもったいないんです。また、膝が痛くて、心不全があって、糖尿病があって、高血圧がある。そうなると、主治医が4人になって、病院へ行くと、4カ所を回らなければならない。患者にとっても不都合だし、医者にとっても不都合です。
■日本の医者は幅広い分野を勉強していない
海外ではこういったケースではひとりの医者が面倒を見るんです。たとえば、総合診療医が診療して、膝が痛い場合、白内障だったりする場合は手術の時だけ専門医が診る。それ以外は総合診療医が対応する。それでいいんですよ。ですが、日本では主治医を増やすから、それで医療費が高くなる。それよりも総合診療の医者を増やせばいい。開業医をしているかかりつけ医は専門科の医者ではなく、誰もが総合診療医になればいい。イギリスではそうやっているんです。だから、大病院に行くのは手術の時だけ。あとは自宅のそばのかかりつけ医が全部やる。
何もイギリスの医療が完璧とは言いませんが、日本の医者はあまり幅広い分野を勉強していない。難しい症状には対応しようとしない人が多いのです。イギリスはかかりつけ医になってからも資格を更新していかなきゃいけないから勉強します。日本の医師は狭い分野の専門医が多いのです。専門医といっても、かつて取得した資格だから、本当の実力があるかどうかはわからない。自分で言ったが勝ちみたいになっている。そして、ひとりの患者に狭い分野しかわからない専門医が3人くらい付いているのが今の医療の現状ですよ。
■総合診療専門医が「飲まない薬」とは?
――その3人の医師がそれぞれ薬を出すわけだから、高齢者はうちに薬をたくさん持っているわけですね。
そうです。それで、「薬を飲み過ぎるな」と言っても矛盾してますよね。
――結局、薬の飲みすぎはよくないんですか?
はい、よくないです。僕自身、なるべく薬は飲まないようにしています。高血圧の薬は飲みます。これは仕方がない。だが、解熱剤は飲まない。熱が出たら気合いで治す。コロナになってもインフルエンザになっても、風邪みたいな一過性の病気は、うちで休んで寝てるだけ。3日ぐらい寝ていれば治ります。
みなさんよく知っているロキソニンという消炎鎮痛剤があるけど、僕は57年の人生で、10錠くらいしか飲んでない。ほんとに困った時は飲むけど、それ以外は飲まない。どうしてかと言われたら、薬は症状を消すけれど、病気を直すわけじゃない。だから基本的には僕は薬を飲まない。
ただ、血圧の薬は飲みます。血圧が高いと血管を老化させて認知症を進めるからです。また、もし、僕が糖尿病だったら薬はしっかり飲みます。血糖値が高いのは確実に認知症が進む。高血圧、糖尿病のような確実に老化が進むとわかっているものは薬を飲む。もし、僕が糖尿病になったら、薬は飲みます。
■睡眠薬の常飲は認知症になりやすくなる
また、市販薬のビタミン剤は飲んでも飲まなくてもいい。咳止め薬も意味はないけれど、今、咳が出ると、周りが迷惑します。電車のなかでごほごほできない。医学的には困らないけれど、社会的に困るから咳止め薬は飲むしかない。
問題は睡眠薬です。高齢者からよく言われるのが、「私は5時間しか寝られないんです。でも、睡眠って8時間とらないとダメですよね。だから睡眠薬をください」ってこと。これは飲まないほうがいい。睡眠薬は、脳の活性を下げる薬なんです。つまり認知症になりやすくしているようなもの。日本の医者は高齢者に睡眠薬を出すし、高齢者も出してくれというけれど、僕は出しません。5時間の睡眠でも翌日はちゃんと眠れますよ。何もしないから眠れないだけで、運動したり、働いたり、料理したら必ず眠くなる。睡眠薬を飲むより運動することです。
――薬は症状の緩和なんですね。病気そのものを治すわけではない。
そうです。病気は患者が自分自身で治すもので、医者は手伝いをしてるだけ。
■いい医者は、黒澤明の名作を観ればわかる
僕は黒澤明の映画『赤ひげ』(1965年)が好きなんですが、いいシーンがあるんです。
ある性的虐待を受けている女の子がいて、その子が入院しているわけです。赤ひげが三船敏郎で、研修医が加山雄三。加山雄三が研修医として女の子に薬を飲ませようとするのですが、女の子は怖がって全然、受け付けない。ペっと薬を吐き出してしまう。
そこで三船敏郎が今度はやるのですが、最初は女の子は飲まない。5回も6回も飲ませているうちに、やっと飲むんです。その時、三船敏郎の顔を見ていると、男性の顔から父親の顔に変わっていくんですよ。女の子も最初は男だから嫌だったのが、父親だと思えば素直になる。医者ってそこまで近寄らなければ患者は信用してくれないんです。
■「父は苦しみましたか?」赤ひげ先生の答え
もうひとつ、見て感じ入ったシーンがあります。これには賛否両論あるかもしれないけれど、家族を捨てて愛人と逃げたおじさんがいて、彼がおじいちゃんになって、がんで死ぬんですよ。江戸時代だからモルヒネもないし、痛くて苦しんで死ぬわけです。痛がっているけれど、本人が「家族には連絡するな」、と。
そして、苦しんで亡くなるんですが、研修医の加山雄三が捨てた家族に連絡する。家族は仕方がないから遺体を引き取りに行く。そして、おじいちゃんの娘が来る。娘にとっては父親だから、涙を流すわけです。そして、「父は苦しみましたか?」と聞く。
三船敏郎は「安らかに亡くなりました」と。ただ横にいる加山雄三は全然安らかじゃないだろうと内心、思っていて表情に出ている。でも、三船敏郎は家族のケアのためにそう言った。僕は三船敏郎の意見に賛成です。医者はウソをついてはいけない。しかし、亡くなった人よりも、生きている家族のケアをする医者でありたいと僕は思う。『赤ひげ』という映画は、医者とは何かを考えさせられる映画です。

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石田 岳史(いしだ・たけし)

東京科学大学病院総合診療科教授

1968年生まれ。1993年自治医科大学卒業後、2006年に神戸大学大学院医学研究科内科学講座へき地医療学准教授。2009年、さいたま市民医療センター内科を立ち上げ、2016年に副院長に就任。現在、東京科学大学病院総合診療科に所属。総合診療専門医、総合内科専門医、循環器専門医、心臓リハビリテーション認定医(日本心臓リハビリテーション学会理事)としてプライマリ・ケアから急性期医療まで幅広く対応している。

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野地 秩嘉(のじ・つねよし)

ノンフィクション作家

1957年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家に。人物ルポルタージュをはじめ、食や美術、海外文化などの分野で活躍中。著書は『トヨタの危機管理 どんな時代でも「黒字化」できる底力』(プレジデント社)、『高倉健インタヴューズ』『日本一のまかないレシピ』『キャンティ物語』『サービスの達人たち』『一流たちの修業時代』『ヨーロッパ美食旅行』『京味物語』『ビートルズを呼んだ男』『トヨタ物語』(千住博解説、新潮文庫)、『名門再生 太平洋クラブ物語』(プレジデント社)、『伊藤忠 財閥系を超えた最強商人』(ダイヤモンド社)など著書多数。『TOKYOオリンピック物語』でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。ビジネスインサイダーにて「一生に一度は見たい東京美術案内」を連載中。

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(東京科学大学病院総合診療科教授 石田 岳史、ノンフィクション作家 野地 秩嘉)
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