※本稿は、稲垣栄洋『うまい酒はどのようにできるのか』(SBクリエイティブ)の一部を再編集したものです。
■種類が非常に多い麦類
私の目の前によく冷えた生ビールのお代わりが運ばれてきた。
ビールジョッキを見ると、麦の穂がデザインされている。
ビールは「麦酒(ばくしゅ)」と呼ばれる。ビールは麦から造られる。そんなことは常識だ。
ただし、麦にも小麦や大麦など、いろいろと種類がある。
麦はなじみのある穀物だが、その分類は意外とややこしい。
「ビール麦」と呼ばれる麦がある。
麦の仲間には小麦や大麦、ライ麦、エン麦、ハト麦などがある。
数ある麦の仲間のうち、世界で多く栽培されているのは、小麦と大麦である。
学生時代の苦い思い出がある。
植物の観察会に参加したときのこと、こぼれた種が芽を出したのだろうか。道ばたに麦が穂をつけていた。ある人が、方言なのだろう、これを「おのればえ」とカッコいい言い方をして指差した。
私は農学部の学生だったので、いっしょにいた大人たちが「この麦の種類は何?」と聞いてきた。
私は授業で習ったように、小麦には「かわ麦」と「はだか麦」があり、大麦には「六条大麦」と「二条大麦」があると説明した。また、お米に「もち米」があるように、大麦にも、もち性の「もち麦」があることも説明した。
習ったことをすべてしゃべり終えると、みんなは私に聞いてきた。
「それで、結局、この麦は何麦なの?」
私はわからなかった。麦の実物を間近で見るのは初めてだった。
今ならわかる。
今、思えば、それは小麦だった。
実地を伴わない座学で習っただけの知識では、何の役にも立たないと思い知らされた経験だった。
■小麦より“小さい”大麦
大麦と小麦は、見た目がまるで違う。
大麦は大きい麦と書くが、実際には、穂は小麦よりも小さい。
実際には、小麦は小さい麦ではなく、「古くからある古麦」や「粉にする粉麦」に由来するとも言われている。とにかく、小麦は小さくはないのだ。そして、小麦に対して、もう一方の麦は対になるように「大麦」と名付けられたと考えられている。
ビールは大麦から造られる。
小麦のみからビールは造られない。小麦と大麦は用途がまるで違うのだ。
私たちの食卓を見回してみると、多くのものが小麦から作られている。
パンも小麦から作られるし、うどんやパスタも小麦だ。お好み焼きやたこ焼きなども、小麦から作られる。
小麦から作られるものは、すべて小麦粉という粉から作られるのが特徴だ。
米は粒のまま食べるが、小麦は粒のままでは食べない。粉にして食べるのが普通だ。
小麦を粉にして食べるのには、理由がある。
■なぜ小麦をそのまま食べないのか
米は収穫した籾(もみ)の殻を剥(む)くと、中から玄米を取り出すことができる。
ところが、小麦は殻が実とくっついているので、殻を剥くことができないのだ。
そのため、殻ごと臼(うす)で挽(ひ)いて粉にしてから、篩(ふるい)にかけて、殻を取り除くのである。
ちなみに、殻を取り除かずにそのまま使えば「全粒粉」となる。
小麦粉には、強力粉、中力粉、薄力粉などがあるが、これは小麦の品種によって決まっている。
薄力粉は天ぷらやケーキなどに用いられる。グルテン含量が中間的なのが中力粉で、中力粉はうどんに用いられるので、うどん粉とも呼ばれる。
このように、小麦は粉にして食べられる。
それでは大麦はどうだろう。
■大麦の固い殻を破る方法
じつは、大麦は小麦よりもやっかいな穀物である。
大麦も小麦と同じように、殻と実がくっついているが、それに加えて、殻が硬くて、簡単に粉にできないのである。
どうにかして、この殻の硬い種子を利用することはできないだろうか。
一つの方法は、コーヒー豆と同じように、焙煎(ばいせん)して、お湯を注いで味や香りを抽出することである。
麦茶は大麦を原料として造られるのだ。
焙煎すると、殻を砕きやすくなるので、一手間かけて大麦を煎(い)れば粉にすることができる。こうして、作られる大麦の粉が「はったい粉」である。
しかし、もう一つ、硬い殻を破る画期的な方法がある。
それが、大麦自身に殻を破らせるという方法である。
大麦の粒は、大麦という植物の種子である。
そのため、芽が出るときには、種の硬い殻を破って芽が種の外に出てくる。人間にとって自ら殻を破ることはなかなか難しいが、大麦の芽は自分で殻を破ってくる。
そうなのだ。大麦は芽を出させて利用すれば殻を破ることができるのだ。
これが「麦芽(ばくが)(モルト)」である。
■ビールに必要なアルコールはどう生まれるのか
ビールジョッキを飲み干すと、よい感じで体にアルコールが回ってきた。
当たり前のことだが、ビールはアルコールを含む。
アルコールは、糖が化学反応して作られる。
すべてのお酒を造るためには、糖が必要なのだ。
ビールの原料は大麦である。
大麦の種子は、栄養分としてデンプンを含んでいる。
ただし、種子の中からデンプンを取り出したとしても、デンプンのままでは、アルコールを得ることはできない。
「植物の光合成から糖が作られる」という言い方をする。
あるいは、「植物の光合成からデンプンが作られる」とも言う。
これは、どちらも間違いではない。
デンプンは糖がつながってできた「多糖類」と呼ばれる物質である。
植物は、糖を貯蔵するために、糖をまとめてデンプンを作り出す。デンプンは貯蔵のための形態なのだ。
植物は光合成によって「糖」を作り出す。糖は植物の生命活動のエネルギーとなる。そして植物は、糖を貯蔵するためにデンプンという形にしておくのだ。
デンプンは糖が連なってできている。
しかし、アルコールを発酵させるときには、デンプンのままでは利用ができない。デンプンを分解して糖にすることが必要なのだ。
■麦芽を利用する理由
アルコールとデンプンの関係は、電池のパックにたとえることができるかもしれない。
たとえば、電池はエネルギーを生み出すものだが、売られているときは、バラバラだと扱いづらいので、何本もまとめてパックされている。パックされたままでは使えないので、電池を使うときには、パックされたものを一本ずつ外さなければならない。
同じように糖もまとめてデンプンという形で貯蔵されている。
そして、植物は必要に応じてデンプンを糖に分解してエネルギーとするのだ。
そうなのだ。
発芽を開始した「麦芽」は、貯蔵していたデンプンを糖に分解してエネルギーを得ている。
つまり、大麦麦芽は、アルコール発酵に必要な糖を持っているのである。
だから、「麦芽」はビールの原料とすることができるのだ。
温かなぬるま湯の中に浸(ひた)すと、大麦の種子はデンプンを分解して発芽を始める。こうして得られる糖を含んだ液が麦汁(ばくじゅう)である。ちなみに麦汁から、取り出した糖が、水飴(みずあめ)などの原料となる「麦芽糖」である。
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稲垣 栄洋(いながき・ひでひろ)
静岡大学大学院教授
1968年静岡市生まれ。岡山大学大学院農学研究科修了。農学博士。専攻は雑草生態学。農林水産省、静岡県農林技術研究所等を経て、静岡大学大学院教授。農業研究に携わる傍ら、雑草や昆虫など身近な生き物に関する著述や講演を行っている。著書に、『植物はなぜ動かないのか』『雑草はなぜそこに生えているのか『イネという不思議な植物』『はずれ者が進化をつくる』(ちくまプリマー新書)、『身近な雑草の愉快な生きかた』『身近な野菜のなるほど観察録』『身近な虫たちの華麗な生きかた』『身近な野の草 日本のこころ』『身近な生きものの子育て奮闘記』(ちくま文庫)、『たたかう植物 仁義なき生存戦略』(ちくま新書)など。
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(静岡大学大学院教授 稲垣 栄洋)

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