メンタル不調の人には、どんな言葉をかければいいのか。精神科医・高橋倫宗さんと、臨床心理士・鬼頭智美さんの共著『』(ライフサイエンス出版)より、一部を紹介する――。

※本稿は、高橋倫宗、鬼頭智美著『うつのケツロン』(ライフサイエンス出版)の一部を抜粋・再編集したものです。
■「死にたい」と打ち明けられたら
Q1 うつ病の家族に掛けてあげたい言葉を教えてください
うつ病の治療には時間が必要です。遠回りなように感じても、何もしないでゆっくり休むことこそがうつ病を早く治すコツです。
しかし、「自分が休んでいる間に周りの人はどんどん先に進んでいる」といった具合に、焦って療養に専念できない人がいます。
うつ病になると、病気の苦しみだけでなく、世の中から置いてけぼりにされるような不安が増えるのです。
こんな時に重要になるのが、家族による言葉掛けです。
データによると「温かく見守ることと優しい言葉掛けによってもたらされる安心感は、うつ病の人の自然治癒の力を高めてくれる(※)」と言われています(図表1)。では、うつ病の家族にどういった言葉を掛けてあげるとよいのでしょうか?
※筆者註:神庭重信『家族のためのうつ病:知っておきたい声のかけ方、支え方』(NHK出版)
うつ病は普通にできていた仕事や家事ができなくなるので、自分は必要ない存在なんだと感じることがあります。もし、できないことで自分を責めているようならば、「病気で休んでいるのだから、できなくて当たり前」と伝えてあげましょう。
こうした無力感に加えて、「何でこんな病気になったのだろう」と自分を責めたり、症状のつらさから不平不満を言ったりすることがあります。そんな時に、「きっと頑張り過ぎたんだよ」と温かい言葉を掛けることで、自責の念を和らげることができます。
また、うつ病の人は、部屋の掃除、皿洗いといった当たり前の家事でも大変な労力が伴うものです。
どんな些細なことでも、「病気なのによくやっているよ」と、労ってあげるのもよいでしょう。
うつ病は自分の頑張りで治せるものではありません。むしろ「いつまでに治さないと」「早く会社に戻ろう」と焦ることは回復を妨げるものです。焦りで空回りすることも症状の一つなので、「焦らなくていいよ」と伝えてあげましょう。
■「死にたい」の本当の意味
また「時間がもったいない」と習い事などの新しいことにチャレンジする場合もあります。
そうした状況を見かけたら、「無理しなくていいんじゃないの?」「何もしなくていいんだよ」と声を掛けてあげるとよいでしょう。
うつ病が長引くと、周りから忘れられたり、置いていかれたりする不安がつきまとうようになります。いつ治るのかの保証はありませんが、家族は「良くなるまでいつまでも待っているよ」と伝えて安心させてあげましょう。
家族のように親しい間柄だと、「死にたい」と告白された時に、甘えているのではないかと腹を立てて「死ねるものなら死んでみろ」「命を粗末にするな」「死ぬ勇気があるなら頑張って生きろ」などと返してしまうことがあります。
「死にたい」という言葉は、「自分は役に立たない、いらない存在」という意味で言っていることが多いのです。
このような時は、ともかく「必要な存在である」「死んでほしくない」という思いをメッセージとして伝えましょう。
例えば、「大事な存在だよ」「生きていてくれるだけでいいよ」といった言葉は大きな安心感を与えます。

うつ病の療養期間は、出口が見えない長いトンネルを通っている状態に例えられます。このような時に家族が掛ける温かい言葉は、トンネルの出口の光のような存在です。時間はかかっても必ず良くなると信じ、このような言葉を掛けてあげてください。
A. 「よくやっているよ」などのような温かい言葉掛けが大切です。これによって安心感がもたらされ、うつ病の人の自然治癒の力を高めます。
■伝えてもいい「頑張れ」、ダメな「頑張れ」
Q2 うつ病の家族に掛けてはいけない言葉を教えてください
うつ病ほど誤解されやすい病気はありません。
元気がないのは、「気の持ちようだ」と思っている人もたくさんいます。
そもそも、うつ病とは、生きるエネルギーが枯れ果ててしまい、プラス思考になれない病気です。「努力が足りない」と説教されてもできるわけがありません。足の骨が折れているのに、「歩きなさい」と言っているようなものなのです。では、どのような言葉を掛けると良くないのでしょうか?
実際によく聞くのが、「気の持ちようなんだから、頑張れ」「考え方を変えたら治るよ」「薬に頼っているから治らないんだよ」「もっといい病院に変えなさい」という言葉です。
うつ病の人はますますふさぎ込んでしまい、針のむしろの状態になります。

言葉の背後には、発する人の動機がありますから、「努力不足だから、もっと頑張れ」という動機で発する言葉が良くないのです。同じ「頑張れ」でも、相手のつらい気持ちを汲み取って、「つらいけれど、いっしょに頑張ろう」ならばプラスに働きます。
この辺りの言葉の匙加減が最初のうちは難しいと思いますので、会話の中で返答に困ったら、直接答えないで、「先生に聞いてみたら?」と返すのもよいでしょう。
また、何カ月も療養していると、家族から「いつ治るの?」「学校どうするの?」「そろそろ仕事をしたら」という言葉が出ることがあります。心配ゆえの言葉ですが、一番焦っているのは病気をしている本人です。うつ病からの回復には数カ月、人によっては年単位の時間が必要な人もいます。
十分に回復しない状態で、焦って仕事や学校に戻れば、すぐに悪くなってしまいます。このように良かれと思った言葉であっても、それがうつ病の人を傷つけてしまうことがあるのです(図表2)。
A. 頑張りたくても、できないのがうつ病です。「頑張れ」「考え方を変えなさい」などと言うのはやめてください。症状を悪化させる可能性があります。
■必要なのは“いいアドバイス”ではない
Q3 家族から死にたいと打ち明けられたらどうしたらよいですか?
みなさんは家族から突然「死にたい」と打ち明けられたらどうしますか?
「死にたい」という言葉は簡単に出るものではありません。

きっとあなたなら相談に乗ってくれると思って打ち明けたのだと思います。こちらも真面目に受け止めてあげなくては、最悪な方法を選んでしまうかもしれません。
「死にたい」と言っても、今すぐに自殺したいという意味とは限りません。
漠然と「現状から逃げたい」「人生をリセットしたい」という意味で言っていることも多いのです。こうした場合には「死にたい」=「聞いてもらいたい」と考えて、焦らずに腰を据えて相談に乗りましょう。
また、すぐに問題解決のためのアドバイスをしてしまうことは良くありません。
唐突に解決方法だけを言われても、拒絶されたと受け止められることがあります。
まずは話を遮ったり、否定したりしないで、黙って一通り話を聞きましょう。一生懸命話を聞いてもらうという体験は、どのような名言にも勝ります。
心理学用語で「カタルシス効果」といって、人は言葉に出すだけで悩みが解消され、自然に問題が整理されることがあるのです。
■カナダ自殺防止団体が示す“4つの原則”
相手の気持ちが落ち着いてから具体的な話をしても遅くはありません。
アドバイスをする場合は、具体的な解決方法を教えたり、調べてあげたりするのがよいでしょう。
自分の能力を超えることならば、専門家を探してつなぐことも、一つの策です。
そうした場合に有用なのが「TALKの原則」(図表3)です。これはカナダの自殺防止団体が、自殺の危険性が高い人への対応の仕方として「Tell」(伝える)、「Ask」(尋ねる)、「Listen」(傾聴する)、「Keep safe」(安全を確保する)から成る4つの原則をまとめたものです。
まず、相手のことを心配していることを伝え(Tell)、自殺を考えているかどうかを尋ねてみます(Ask)。次に、最も大切な傾聴です(Listen)。危険と思うようであれば絶対に一人にせず(Keep safe)、早めに精神科に連れて行くことが重要です。緊急性がある場合は警察を呼んで、警察を経由して病院へ連れて行ってもらうのもよいでしょう。
A. 話を遮ったり、否定したりしないで、腰を据えて話を聞いてあげましょう。緊急性を要する場合は「TALK」の原則を取り入れてみるのもよいでしょう。

----------

高橋 倫宗(たかはし・のりむね)

精神科医

東京慈恵会医科大学卒業。医学博士・精神科専門医・高橋医院院長。個人や企業に心理カウンセリングやメンタルヘルス対策を提供するミーデン株式会社顧問。


----------
----------

鬼頭 智美(きとう・ともみ)

臨床心理士

昭和女子大学大学院卒業。臨床心理士・公認心理師。個人や企業に心理カウンセリングやメンタルヘルス対策を提供する、ミーデン株式会社統括心理士。

----------

(精神科医 高橋 倫宗、臨床心理士 鬼頭 智美)
編集部おすすめ