■2025年の夏アニメで海外人気1位だったジャンプ発作品
世界中にいるアニメファン約2000万人が集う「My Anime List」は、アニメ好きのためのWikipediaのような存在だ。
3カ月ごとに60~70本放送される新作アニメのページが新設され、Members(アニメをリストインしている人、以下メンバー)、Score(アニメ評価、以下スコア)、Popularity(メンバー数の歴代ランキング)、Ranked(スコアの歴代ランキング)の4つがトップに表示される。当然海外のアニメファンのためのサイトであり、すべて英語。
ここはエンタメを研究する私のような立場の人間にとって宝の山だ。6~7割が10~20代の若者世代、5~6割が欧米ユーザー、あとはアジア・南米などで日本人はほんの1%未満、という純粋な「日本人以外のアニメファン」サイトだ。
ネットフリックスや海外における最大級のアニメ配信サイト・クランチロールによって世界中に配信されたアニメをどう受け止めているかのリアリティが、ここにある。
2025年夏アニメは一言、「超豊作」であった。このシーズン、全79本という本数の充実ぶりもさながら、メンバー数50万超えが5本だった。
上位から順に『ダンダダン(2期)』『その着せ替え人形は恋をする(2期)』『薫る花は凛と咲く』『ガチアクタ』『怪獣8号(2期)』と新規アニメもシリーズアニメもバランスよく大ヒットが並ぶ。
■電子マンガ連載→アニメ化→世界的ヒット
その上、高評価水準であるスコア8.0を超えるアニメが、トップ10のうち8本にも及んだのは、この数年他に事例がない。通常、スコア8.0は、各クールで3~5本でるかどうかだ。
8位の『よふかしのうた(2期)』が8.36、9位の『青春ブタ野郎はサンタクロースの夢を見ない(2期、以下:青ブタ)』は8.19。そして10位の『Dr.Stone(4期第2クール)』でもメンバー数が30万超えで、スコア8.5だった。他のクールであればトップ3に入るような実績値である。とにかく豊作、充実ぶりが際立ったクールであった。
こうした列強並みいる中でトップは『ダンダダン』だ。2021年からジャンプ+で連載を開始し、2024年10~12月にMBS×サイエンスSARU(2024年5月に東宝が買収したアニメ制作会社)によって鮮烈アニメデビューを飾り、半年後となる2025年7~9月の第2期でもまたさらに図抜けた成果を上げた。
電子マンガ連載→アニメ化→世界的ヒットは、2020年代における王道エリートコースをきれいになぞったかのような事例だ。
■大ヒットを期待させるマガジン発アニメ
『ダンダダン』のレビューには、ユーザーの賛辞が並ぶ。
「アニメとして最高レベル」「最初から最後まで面白い」「エキサイティングで、予測不能で、エネルギーに満ち溢れていました」「シーズン1の期待を越えた」など。
あるユーザーが「このアニメには、エイリアン、怪獣、妖怪、超能力、ティーンの恋愛、コメディなど、あらゆる要素が詰まっています」というように、海外ファンにとっても日本のアニメに期待する要素がいっぱい詰まっていた。
同時に「どのエピソードも演出は驚異的だ。テンポやトーンの変化を巧みに操りながらも、統一感を失っていない。
今期初のアニメ化となる『ガチアクタ』も似たように、スピード感や反骨性がウケていた。
「『呪術廻戦』のようなダークで呪われた世界の緊張感に、不条理なユーモアと混沌としたテンポが加わり、なぜか完璧に機能しています」「『俺だけレベルアップな件』が好きなら、本作はまさに次の大ヒット作となるかもしれない」などなど。
2期以降につながるポテンシャルを十分に感じさせる。
■海外ファン絶賛の「コスプレ」アニメ
『怪獣8号』もまた1期同様に「戦闘は迫力満点で、怪獣たちは素晴らしい」「いつもの(ヒット作品の)レシピを完璧に再現している」など高評価。
だがファンの見る目もまた、進化しているといわざるを得ない。
「世界観の構築はほぼ存在しません。怪獣は単純な数字(8、9、10)に還元され、何が彼らを区別するのかという説明は一切ありません。」「キャラクターの描写やストーリー展開が物足りない」など。
キャラクターの描き込みや背景の深堀りにたいしての不満が散見され、1期よりもスコアを落としている。
一方で、これぞ海外でヒットした作品、と顕著なレビューを得ていたのが『その着せ替え人形は恋をする』、通称「着せ恋」だ。
ギャルでコスプレ好きの女子高生マリンが、家業の雛人形師を目指す内気でオタク気質な男子高校生・五条と、コスプレ着を作る作業を通じて関係性を深めていくラブコメだ。人形師の視点を通じてコスプレ衣装づくりの制作工程や原作再現への苦労を伝える。
福田晋一氏がヤングガンガンで2018~25年にわたって連載してきた漫画作品が、2022年1~3月に放送されたアニメ1期での人気を経て、今回の2期につながった。
■登場する衣装への高評価
海外のコスプレイヤーの質があがっていることも「着せ恋」人気につながっているのだろう。
コメントを見ると「私自身もコスプレの世界に足を踏み入れた経験から、コスプレの描写は現実の姿、あるいはある意味あるべき姿に近いと感じました」「この番組は、鮮やかなディテールと衣装でコスプレの世界を真に尊重している」と、自らの体験と重ねながら、自分たちの世界を肯定してくれる着せ恋への愛情を表現することにためらいがない。
「全12話を通して絵のクオリティは完璧」「すべてのコスプレが本当に素晴らしい」「視覚的にも素晴らしいです。色彩、コスプレの細部、キャラクターの表情を通して表現される感情など、すべてが生き生きとして丁寧に作られている」とアニメだけでなく、コスプレ衣装のバラエティに注目する声も多い。
同じコスプレといえば1年前に配信された『2.5次元の誘惑』(以下、「2.5次元」)も類似ジャンルだが、スコアは7.24と「着せ恋」ほど高くはない。この評価の分かれ目は何だったのだろうか。
■「社会における自分を投影する」という見方
「2.5次元」はキャラごとの特性が明確で、ハーレム型に進む話の展開はむしろ各女性キャラのテンプレをバラエティ的に楽しむところがある。
「2.5次元」のコメントを見ると、「衣装製作のプロセスや関連スキルの向上には時間を費やさない(第一話ですでに心を掴む完璧な衣装をすでに完成させてしまっている)」「恋愛には化学反応がなく、ドラマは魅力的というよりは強引に感じられます」という声がある。
恋愛対象がハーレム型ゆえに分散されてしまい(それがゆえに“誰が嫁になるか?”の『五等分の花嫁』的な面白さもあるが)、なによりすでに「各キャラが完成されてしまっている」ところに成長を感じられないファンが多かったのではないだろうか。
欧米のゲームでは髪型、肌色、身体特徴などユーザー自身のアバターを事細かく選択するところから始まるものが少なくない。
“操作する”ゲームに比べれば受動性が高いアニメ消費だが、欧米ユーザーの場合は常に「今の社会のなかにおける自分を投影する/してしまう」という没入的な“読み方”をする。それは日本とは多少異なるようにも感じる。
彼らにとってアニメは自分たちの日常の差異や生き方を肯定も否定もする、「政治的なもの」なのだ。
その点で「着せ恋」は、コメントにあった「本作のテーマは趣味を楽しんで情熱を注ぎ、他人の言うことに耳を貸さず、ただ楽しむこと」のように、“自分らしくあるためのアニメ”というシンボル的に、崇拝されている。
象徴的なコメントを紹介しよう。
「軽快なラブコメアニメのように見えますが、すぐに私にとってずっと深い意味を持つ作品。これは単なる恋愛物語ではなく、受け入れること、励まし合うこと、そして自分の個性を本当に理解してくれる人を見つけることについての物語です」。
■「現代版ロミオとジュリエット」
ラブコメといえば『薫る花は凛と咲く』(以下、「薫凛」)も今回の人気作。三香見サカ氏によるマガジンポケット連載が始まったのは2021年。そこから日本のアニメ制作会社CloverWorks(クローバーワークス)によって2025年7月に初めてのアニメ化となった。
レビューには、「二人の恋に、なぜこんなにも心を打たれるのでしょう?」「私が一番好きなのは彼らがお互いに接する方法には尊厳があります」「地球がはじまり45億余年。今日目が覚めて、この時代に生まれ、アニメ『薫る花は凛と咲く』の公開を観ることができて本当に幸せ」と詩的な絶賛が並ぶ。
主人公の紬凛太郎が通う男子校の“底辺校”である千鳥高校と、そこに隣接する女子高の桔梗高校に通うヒロイン、和栗薫子が互いに憎しみ合う組織関係のなかで2人が障害を越えて結ばれていくからだ。
「厄介な三角関係、強引な嫉妬、ありきたりな決まり文句にうんざりしているなら、このアニメはまさにあなたが探していたものかもしれません。叫ぶ必要もなく、静かに心温まる物語です」「多くの恋愛アニメは三角関係、多くの誤解、痛々しいほどゆっくりとした展開、そして時に無理やりに感じられる過剰なドラマチックな展開に大きく依存しています。しかし、この作品は違います。ストーリーは単純明快で、不必要な三角関係も、もどかしいドラマもありません。この作品は、見る人に温かさと興奮を与えてくれる、心がときめき、笑顔が溢れるような恋愛です」
■全13話で118回謝った
丁寧さと温かさ、といったキーワードは「着せ恋」など他のラブコメアニメでもよく頻出する。これは特に近年の日本マンガ・日本アニメに顕著だが「過剰なほど強調されたキャラクター同士の対立や葛藤を克服して紡がれるストーリー」とは対極にある、「安心して楽しめ、脇役も含めて好きになれるキャラクター」ということなのではないだろうか。
ともすると地味だが、繊細で儚い。そういった部分が日本アニメが受け入れられている特徴ともいえる。
逆に日本人ならよくある風景が鼻につくといった声もある。
「薫凛」の場合は、ヒロイン薫子が“謝る回数”だ。
あまりに謝るので全部数えたというファンがいる。第1話の9回から全部目視で数えて、全13話で118回謝ったという……。これは確かに多すぎる。
今クールの「着せ恋」「薫凛」、そして「青ブタ」とトップ10入りでかつScore8超えの良作すべてがCloverWorksの作品。これは特筆すべきことである。
Aniplex(アニプレックス)が、子会社であるA-1 Picturesの高円寺スタジオを2018年に独立させて作ったのがCloverWorksだ。『青春ブタ野郎はバニーガール先輩の夢を見ない』や『約束のネバーランド』などのヒット作で知られ、WIT Studio(ウィットスタジオ)と“共同制作”という珍しい形で『SPY×FAMILY』を展開し海外でもそのプレゼンスを上げてきた。
■『光が死んだ夏』の特異性
「青ブタ」は、「ゆめみる少女の夢」(2019)「おでかけシスター」「ランドセルガール」(2023)など(海外のファンからはアクセスされにくい)劇場版アニメとしての展開が主で、興行に毎度足を運ぶ30万~40万人といったコアファンによって支えられてきた作品だった。だが、テレビアニメシリーズとしては8年ぶりという状況で再び覚醒している。
海外ファンは「アクション重視の番組に比べるとペースは遅いかもしれませんが、それが魅力です。感情の起伏は本物らしく、ロマンス、ドラマ、ミステリーが織りなす物語に、最後まで夢中になりました。」とコメントしている。
同じ文脈でいえば、取り上げたいのが『光が死んだ夏』だ。
モクモクれん氏が角川コミックス・エースで2021年から連載してきた漫画で、2023年ノベル化、2025年にCygamesPictures(サイゲームスピクチャーズ)によってアニメ化が実現した。
ラブはあるがコメディとは対極的な青春ホラー作品で、三重県の山間部の集落で生活する少年よしきと、行方不明になり死んだはずの親友ヒカルが無事戻ってきたものの“ナニカ”に乗り移られている、という話だ。これもアニメならではの暗喩的に雰囲気や音楽、空間をつかってのホラー描写が素晴らしい作品だ。
■「これはLGBTQアニメです」
本作で海外ファンのレビューはそのほとんどにLGBTQへの言及がある。
「彼らは今年最高のカップルの一つだということだけは覚えておいてください。彼らがリストに載らない唯一の理由は、彼らが男性2人組だからです。百合は最近になって受け入れられるようになったとはいえ、少なくとも西洋のアニメコミュニティでは、男性2人が恋愛関係になることには依然として大きな偏見があります」「セミの鳴き声は『ひぐらしのなく頃に』を思い出させ、ゲイの要素が少し加わることで、超自然的なミステリーホラーの側面に焦点を当てた、ゲイロマンスの要素が少し入った超常現象ホラーのようです」
欧米ファンにとって海外ドラマや海外(日本)アニメは、自分たちの嗜好を表現するとき、それは必ず自分たちの社会的環境での“政治的な立場”を表明することにもなるのではないか。
「『ボーイズラブ』という背景から視聴を見送る人が多いのは承知していますが、」という注釈がかならずつき、日本人の私からすると、本当にそれほど多くの人がゲイに嫌悪的なのだろうか? と疑いたくもなる。
実際に「このアニメは隠れBLです。ジャンルタグでそのことをはっきりと示していないのは残念です」というBadレビューもあったことから、プライベートな嗜好性に立ち入る可能性がある話題は常に冒頭で注意喚起が必要なのだろう。これが多くのレビュアーが「これはLGBTQアニメです」と書き出す背景だ。
■なぜ日本のアニメがウケるのか
もちろん少年同士の恋愛(?)は本作のなかでサブテーマにすぎない。『光が死んだ夏』が評価されている本質は、アニメとしての空間描写と濃密な人間関係の息苦しさと置き去りにしにくい愛情である。
「これほどまでに惹きつけるのは、その巧みなトーンコントロールにある。濃厚で、一貫性があり、没入感に溢れるムードが漂う。派手なアクションや、お決まりのホラー要素は不要だ。その代わりに、恐怖は超自然的であると同時に、感情を揺さぶるかのように、じわじわと忍び寄ってくる。静かな田園風景が、この不穏さを増幅させる。野原を揺らす風、交わす視線に宿る静かな緊張感、沈黙を埋める語られざる真実」
ラブコメにせよ、ホラーにせよ、「等身大の人間関係のなかで生まれる物語」を、誇張なく描写している媒体としての日本アニメが絶賛されている。それはアジア人だけでなく、アメリカ人もヨーロッパ人も中東・アフリカ人も共感ができる形式なのだ。
通常のアニメもドラマも、実は物語を物語らしくするためにさまざまな誇張が施されている。特にアニメは子供がみるもの、という長い歴史がゆえに、「大人から見た、安全安心なアニメ」というバイアスそのものが、アニメの可能性を閉じてきた。
日本アニメの「自分らしくあることを肯定してくれる」というストーリーが、当たり前のようでいて海外のアニメにはない唯一無二のものなのだ。
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中山 淳雄(なかやま・あつお)
エンタメ社会学者、Re entertainment社長
1980年栃木県生まれ。東京大学大学院修了(社会学専攻)。カナダのMcGill大学MBA修了。リクルートスタッフィング、DeNA、デロイトトーマツコンサルティングを経て、バンダイナムコスタジオでカナダ、マレーシアにてゲーム開発会社・アート会社を新規設立。2016年からブシロードインターナショナル社長としてシンガポールに駐在。2021年7月にエンタメの経済圏創出と再現性を追求する株式会社Re entertainmentを設立し、大学での研究と経営コンサルティングを行っている。著書に『エンタの巨匠』『推しエコノミー』『オタク経済圏創世記』(すべて日経BP)など。
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(エンタメ社会学者、Re entertainment社長 中山 淳雄)