子供を健やかに育てる家庭はどんな環境なのか。塾経営者の矢野耕平さんは「仕事が多忙といった理由で、親の都合ばかり優先し、子供に無関心でいる、そんな親が少なくない。
これを私は『ネオ・ネグレクト』、新しい育児放棄と呼んでいる」という――。
※本稿は、矢野耕平『ネオ・ネグレクト 外注される子どもたち』(祥伝社新書)の一部を再編集したものです
■幼児を連れて飲み会に興じる親たち
【ネオ・ネグレクト〈名〉 衣食住に満ち足りた生活をしていても、親がわが子を直視することを忌避したり、わが子に興味関心を抱けなかったりする状態のこと。[――の行為に及ぶ]】
東京多摩エリアの北東部に位置する西東京市は、2001年に田無市と保谷市が合併して誕生した市である。市内には西武池袋線、西武新宿線が走っていて、主要道路として五日市街道、青梅街道が通っている。都心に比較的アクセスしやすい地域と言えるだろう。
その西東京市の認可保育園で園長を務める一人の女性に、保育園という現場から家庭のネオ・ネグレクト行為が観察されることがあるかを聞いてみた。園長は「ネオ・ネグレクト、ありますよ」と即答した。
「ウチの園の保護者でこれはどうにかしてほしいと思っているのは、ウチの園に子を預けている複数の保護者たちが子どもを同伴して、近所の居酒屋にしょっちゅう出かけていることです。土曜日や日曜日に限らず、平日に開催されることだってあるようです」
平日開催ということは、専業主婦もいるのだろうか。その点を尋ねると、かぶりを振る。親たちはみんな働いているという。
「仕事で忙しいはずなのに、いや、忙しくてストレスが溜まっているからかもしれませんが、3歳になるかならないかという子どもたちを居酒屋に連れていき、親たちが固まって盛り上がっている。
それも23時くらいまで会は続くらしいのです」
なるほど。でも、どうして保育園の園長がそのことを知っているのだろうか。
「それをよしとしない別グループの親たちから『チクり』が入ることがありますし、何といっても子どもたちは素直だから、こちらが聞いていないことをペラペラと話してくれます。3歳児が『昨日、飲み会だった』なんて口にするのですよ」
■飲み会参加で圧倒的に多いのがシングル家庭
わたしはさらに疑問を抱いた。深夜まで同じ保育園にわが子を託す親たちが集まって、そんなに場が盛り上がるような話題があるのだろうか。
「どういう話がメインかは知りませんが、子どもたちが教えてくれるのは園の悪口です。たとえば、『春までの○○先生はベテランで安心できたけれど、いまの○○先生は若くて頼りない』なんて親同士で話している。それを子どもたちがこちらに伝えてくるのですが、そういう会話によって園児たちが変に『感化』されてしまうことがあります。悪口の対象になった先生の言うことを素直に聞けなくなってしまうとか……。こちらとしては、それによって園児たちの扱いに困ってしまうことがあるのです」
その居酒屋には両親が揃って出かけているのだろうか。
園長曰く、飲み会に夫婦で参加するところもあるが、圧倒的に多いのはシングル家庭らしい。なるほど、仕事に子育てに普段から忙しく、パートナーにその愚痴をぶつけることもできないし、そういう鬱屈した気分を発散する場なのかもしれない……。

そんなふうに考え込むわたしに園長はことばを継いだ。
「まあ、仕事で疲れていて、憂さをどこかで晴らしたいという思いはよく理解できるのです。それでも、子どもたちの睡眠時間を削るようなことはしてほしくないですね。そういえば、ウチの園は基本的に18時15分までを平常の預かり時間としているのですが、最近は延長を希望するご家庭がぐんと増えましたね。そうすると20時15分まで預かるのですが、その時間になってもなかなかやってこない親が多い。わたしたちの業界ではこのようなときに『早くお子さんを迎えに来てください』と親を急かすのは半ば禁句となっているので、なかなか注意できないでいるのですが」
親が迎えに来ない……これによって保育園のスタッフたちは「残業」しなければならないし大変だろうが、それ以上に気掛かりなのはいつまでたってもやってこない親を待つ子どもたちである。彼ら彼女らはそのときどんな気持ちなのだろう。
■公園に一人ぽつんと残る男の子
「お迎えといえば……」
この園長は卒園した一人の男の子のことを思い出した。
「その男の子のご両親は、お子さんが園に通っている途中で離婚したのです。どういう事情があったのかは詳しくは知りません。いずれにせよ、離婚後は父親が親権を取ったのです。その方はお迎えが遅くなりがちでしたね」
そして、園長は男の子の卒園後の様子を耳にして心を痛めたという。

父親はかなり裕福だったようで、その男の子はいつもブランド物の良い服を着ていたらしい。卒園後は毎日父親からお金を手渡されて、小学校の授業を終えた午後は友人たちと公園で遊んでいたという。しかし、夕方になって三々五々と友人たちが帰途に就くも、その男の子は所在なく一人で公園に残っている……そういう日々が続いていたとか。そして、お腹が空くと近所のコンビニでお弁当を買ってようやく帰宅する……。
そういう様子を幾度か目にした近隣の大人たちから小学校に通報があったらしい。その後、その男の子がどう過ごしているかは定かでないと園長は語る。
親が家を不在にしている小学校の低学年の児童であれば、学童などを利用するのでないか。わたしはそう考えた。
しかし、その男の子は学童にすら入っていなかったらしい。園長曰く、父親があまりに忙しくて、学童の申し込みなどの情報をひょっとすると持ち合わせていなかったのが原因として考えられるということだった。

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矢野 耕平(やの・こうへい)

中学受験専門塾スタジオキャンパス代表

1973年生まれ。大手進学塾で十数年勤めた後にスタジオキャンパスを設立。
東京・自由が丘と三田に校舎を展開。学童保育施設ABI-STAの特別顧問も務める。主な著書に『中学受験で子どもを伸ばす親ダメにする親』(ダイヤモンド社)、『13歳からのことば事典』(メイツ出版)、『女子御三家 桜蔭・女子学院・雙葉の秘密』(文春新書)、『LINEで子どもがバカになる「日本語」大崩壊』(講談社+α新書)、『旧名門校vs.新名門校』』(SB新書)など。

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(中学受験専門塾スタジオキャンパス代表 矢野 耕平)
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