なぜ、人間は勝手な思い込みをして判断を間違えるのか。オムデンケン理論(オランダ発のフリップ思考)の提唱者であるベルトルド・ガンスターさんは「ある情報にフォーカスすると脳は無関係な情報を締め出そうとする傾向がある」という――。

※本稿は、ベルトルド・ガンスター『ひっくり返す』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)の一部を再編集したものです。
■焦点を狭めるほどチャンスに気づきにくくなる
私たちの脳が観察を妨げるもうひとつのパターンは、トンネルビジョンだ。ひとつのことに集中しているときに、他のことを目に入れないようにする。これは猫にも起きる。猫に最も簡単に近づく方法は、猫が深く集中し、まさにネズミに飛びかかろうとする瞬間だ。
この現象は、ハーバード大学で行われた有名な研究実験で実証された。被験者たちは、人がバスケットボールでパスを回していく動画を見せられた。3人1組のチームが2つあり、片方が白いTシャツ、もう片方は黒いTシャツを着ていた。
被験者は、事前に、白チームが空中パスをした回数と、バウンドパスをした回数をそれぞれ数えるよう指示されていた。映像の真ん中あたりで、ゴリラの着ぐるみを着た役者が、ボールをパスしている人たちのあいだを堂々と歩いてきて、優雅に回転して見せ画面の反対側に去って行った。
被験者は、動画を見終わり、何か変わったことはなかったかと訊かれても過半数が「何もない」と答えた。さらに「黒いゴリラを見ましたか」と訊かれてさえも、ほぼ半数が「いいえ」と答えた。
しかしもう一度動画を見せられると、同じ映像であることを信じないほど驚愕した。
私たちは普段の生活でも、無意識のうちに注意力を狭めている。新米の親に、電車がガタゴトうるさい、駅に隣接するホテルの部屋を与えても、少し慣れれば、問題なく眠れるだろう。しかし、それだけの騒音の中でも、赤ちゃんがほんの小さな声を出したりすれば、即座に気づくはずだ。
私が以前、ユトレヒトのフリーマーケットにルービックキューブを探しに行ったときのこと。今でも売っている人がいるのか疑問だったが、驚いたことに、どのブースでもルービックキューブを売っているように見えた。まるで、その朝、国全体がキューブを処分したがっていたように思われた。だが、もし私がキューブを探すつもりでなければ、おそらくキューブが「目に入る」ことはなかっただろう。
このように、関連する情報にフォーカスすると同時に、無関係な情報を締め出そうとする脳の傾向を認識することが、フリップ思考には非常に重要となる。フォーカスを狭くすればするほど、可能性やチャンスに気づきにくくなるのだ。
このような「ずさんな観察」の事例は枚挙にいとまがなく、とかく厄介な結果を招く。法律心理学の専門家であるエリック・ラッシンは、著書『Why I’m Always Right(私がいつも正しいワケ)』で、人間の、自分がそこに存在すると思うものしか見ないという傾向が、いくつかの有名事件の犯罪捜査ミスの原因になっていると述べている。
捜査官はいったん犯罪の仮説を立てると、その仮説と矛盾する事実にはあまり目を向けなくなる。
では、トンネルビジョンを実際に体験できる課題に挑戦してもらおう。出題者があなたに「2、4、6」という3つの数字を示し、次のように指示する。「この3つの数字は一定の法則、すなわちパターンで並んでいる。あなたには、その法則を特定してもらう。それを確認するために何度でも、あなたが考えた法則に基づく3つの数字を私に伝えていい。私がその都度、その並びが正しいか正しくないかを教える。次にあなたが考えた法則がどんなものかを伝えてくれたら、私がまた正誤を教える」。
さあ、あなたも考えてみよう。
■「3、5、7」「10、12、14」…答え「2を足していく」は不正解
あなたなら、出題者にどんな数字の並びを示すか?
この小さなテストは、ロンドン大学のピーター・ウェイソンが考案した古典的な実験だ。この実験でウェイソンが発見したのは、ほとんどの学生が「n、n+2、n+4」、つまり「前の数に2を足していく」という法則だと思い込むという傾向だ。
学生らは、その仮説を検証すべく、たとえば「3、5、7」とか、「10、12、14」という並びを提示してきた。
そしてウェイソンは、その並びは「正しい」と告げた。そして学生らは、自分の推測が当たったので、答えは「2を足していく」という法則だと言う。
これに対しウェイソンは「不正解」だと答える。
学生たちは、また別の仮説を考え、ウェイソンに問いかける。たとえば、「真ん中の数字は、他の2つの数字のちょうど中間にある」という法則ではないでしょうか、というふうに。そして「13、16、19」とか、「10、15、20」のような数字の並びで確認すると、また、数字は合っていると言われるが、法則は間違っていると言われる。
次に何が起きたかというと、学生たちの数式がどんどん複雑になっていった。さて、正解はいかに?
正しい法則は、非常に単純だった。2つ目の数字は最初の数字より大きく、3つ目の数字は、それより大きい。したがって、「1、2、1412」という並びを提示したとしても「正しい」と言われたはずだ。
しかし、学生たちはそのような「非論理的」な並びは、ほとんど試そうとはしなかった。もし試していれば、とっくに正解を出していただろう。
では、なぜそのような並びを提示しなかったのだろうか?
それは、「法則がどのようなものであるべきか」という彼らの思い込みが、「法則がどのようなものであり得るか」という視点を邪魔していたからなのだ。
■瓶からハエは脱出できるのに、蜂はできない理由
横たわった瓶の中に、ハチが何匹も入っている。スイッチのついた電灯が瓶の上にぶら下がっている。瓶には蓋がなく、口が開いている。ハチはどうやって瓶から脱出しようとするだろうか? ハチは、光があるところに出口があるはずだと知っているため、ガラスの中の光に向かって飛び続け、最終的には疲れ果てて瓶の底に転がってしまう。ハチとは対照的に、ハエは、光の方向が出口だという知識を持っていない。
同様の瓶に入れると、狂ったように飛び回る。その結果どうなるかというと、(やがては)出口を見つけられる。
このハチの習性は、私たち人間にも当てはまる。情報を持っていることは、創造的思考においてはハンディキャップとなり得る。自分が問題の解決法を知っていると思えば思うほど、決まりきった型にはまるリスクが高まる。

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ベルトルド・ガンスター
オムデンケン理論(オランダ発のフリップ思考)の提唱者

1959年生まれ。
ユトレヒト芸術学校の演劇学部で学んだ後、長年、舞台演出家、脚本家として活躍。2001年よりオムデンケンの研修やワークショップ、ショー形式の啓発活動などを企業および個人向けに提供。オランダ国内のみならず、ドイツ、ベルギー、スペイン、イギリス、フランス、ギリシャ、スイス、シンガポール他、多くの国々で活動の場を広げ、導入企業は100社を超える。オムデンケン理論に関する13冊の著書を執筆し、オランダ国内で累計100万部以上の売上を記録。これらの著書は、多言語に翻訳されている。

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(オムデンケン理論(オランダ発のフリップ思考)の提唱者 ベルトルド・ガンスター)
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